テラーノベル
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私は、可愛いものが好きだ。
淡いピンクのリップを塗った唇が、鏡の中で少しだけ微笑む。
指先に乗ったキラキラのネイルは、角度を変えるたびに小さな星のように光る。
朝、鏡の前でヘアピンを留めるとき、リボンの先がふわっと揺れるのを見るのが好きだ。
新しいコスメを買った日は、それだけで胸の奥がふわふわと軽くなる。
世界が少しだけ、優しく見える気がするのだ。
さくら「……よし」
今日もいい感じ、と自分に言い聞かせて、教室へ向かう。
廊下を歩く足音が、どこかよそよそしく響く。
───でも。
「また男子と喋ってたよね」
「しかも上目遣い使ってたよ〜?」
「へぇ〜?誰とでもいいわけ?」
教室の後ろから、わざとらしく聞こえてくる声。
笑い声が、針のように刺さる。
私は教科書を開いたまま、指先のネイルをじっと見つめた。
キラキラが、急に冷たく感じる。
まただ。
男子と話す。
笑う。
それだけのことなのに、気づけば
「ぶりっ子」
「調子に乗ってる」
「誰でもいい」
─ ─そんな言葉が、いつの間にか私の後ろに張り付いている。
好きな服を着て、好きな髪型にして、好きなものを身につける。
ただ、それだけなのに。
最近は、それすら少し、疲れてきた。
朝、鏡の前で「よし」と言いながら、本当にそう思えているのかどうか、自分でも分からなくなることがある。
放課後。
チャイムが鳴り、教室が一気にざわめく。
私は誰にも声をかけず、荷物をまとめて席を立った。
友達の視線が、背中に軽く引っかかる。
無視して、廊下へ出る。
向かったのは、学校の端っこだ。
校舎の一番奥、普段は誰も寄りつかない小さな空間。
窓から差し込む夕方の光が、床に長いオレンジ色の帯を引いている。
埃が舞う中、蝉の声だけがやけに大きく聞こえる。
ここは、私だけの秘密の場所。
誰にも邪魔されず、ただ座って夕焼けを眺められる場所。
息を吐くと、少しだけ肩の力が抜ける気がする。
扉に手をかける。
さくら「……え?」
いた。
先客がいた。
窓際の古い机に腰を下ろした男の子が、こちらを振り返る。
逆光の中で、輪郭が少しぼやけている。
涼「……さくらちゃん?」
さくら「……竜星くん?」
クラスの人気者。
休み時間になれば笑い声の中心にいて、いつも誰かに囲まれている、あの竜星くんが。
なんで、こんな場所に。
さくら「……」
涼「……」
気まずい。
めちゃくちゃ気まずい。
蝉の声が、急に大きくなった気がする。
風が窓の隙間から入り、カーテンの端をわずかに揺らす。
私はドアノブを握ったまま、動けなくなっていた。
竜星くんも、視線をすぐに逸らし、窓の外を見つめる。
夕焼けが校舎の壁をゆっくりと染め始めている。
涼「……ここ、来るんだ」
竜星くんが、ぽつりと言った。
声が意外と低めで、教室で聞くのとは少し違う。
さくら「うん」
涼「そっか」
さくら「竜星くんは?」
涼「俺?」
さくら「うん」
涼「……俺も来る」
さくら「いや、それは見たら分かるけど」
涼「確かに」
竜星くんが小さく笑った。
私も、つい口元を緩めてしまう。
でも、まだ気まずい空気は消えていない。
二人でいるこの空間が、妙に狭く感じる。
さくら「なんでここにいるの?」
涼「なんとなく」
さくら「なんとなく?」
涼「うん。……なんか、教室がうるさいときあるじゃん」
さくら「……ある」
涼「で、ここに来ると、ちょっと落ち着く」
さくら「ふーん……」
それ以上、聞けなかった。
竜星くんも、特に続ける様子はない。
しばらく二人とも、窓の外を見ていた。
夕焼けが壁をオレンジ色に染め、遠くの電線に止まる鳥の影が、ゆっくりと動く。
沈黙が、重くて、でも不思議と不快ではない。
……やっぱり気まずい。
私が帰ろうと立ち上がった、そのときだった。
涼「さくらちゃん」
さくら 「ん?」
涼「それ、新しい?」
竜星くんが、私の手を見る。
視線が、指先に落ちる。
さくら「これ?」
涼「ネイル」
さくら「うん。昨日買った」
涼「可愛い」
さくら「……ほんと?」
涼「うん。めっちゃ似合ってる」
思わず指先を見つめる。
キラキラが、さっきまで冷たく感じたのに、今は少しだけ温かい。
涼「竜星くんって、こういうの好きなの?」
さくら「好き」
即答だった。
意外すぎて、目を丸くしてしまう。
さくら「意外」
涼「なんで」
さくら「だって、教室ではそんな感じしないし」
涼「教室でネイルの話してたら変でしょ。『お前ネイル好きなん?』って言われたら、俺が困る」
さくら「まあ……それはそう」
涼「でも、可愛いもの好きだよ。わりと」
さくら「へぇ〜」
涼「さくらちゃんのヘアピンも可愛い」
さくら「これ?」
手で触れると、リボンがふわっと揺れる。
涼「うん。朝からつけてたじゃん」
さくら「見てたんだ」
涼「そりゃ見るよ」
さくら「なんで?」
涼「……可愛いから?」
さくら「ふふっ」
涼「何笑ってんの」
さくら「いや、なんか面白くて。人気者の竜星くんが、ヘアピンずっと見てたと思ったら。」
涼「ひど!」
竜星くんわざとらしく傷ついた顔をする。
眉を下げて、口をへの字にして、まるで漫画から出てきたような表情だ。
思わず、また笑ってしまう。
涼「俺、結構褒めたのに」
さくら「ごめんごめん。ありがとう。……嬉しい」
本当に、少し嬉しい。
さっきまで重かった気持ちが、ふわりと軽くなった気がした。
涼「……ここ、いいね」
竜星くんが窓の外を見ながら言う。
夕焼けが、少しずつ薄くなり始めている。
さくら「うん」
涼「静かだし」
さくら「落ち着くでしょ?」
涼「うん。俺、ここ好き」
さくら「じゃあ、秘密ね」
涼「もちろん」
竜星くんが小指を立てる。
子どもじみた仕草なのに、真剣な顔をしている。
涼「約束」
さくら「子どもじゃん」
涼「こういうの大事でしょ。破ったらバチ当たるから」
さくら「……仕方ないな」
私も、仕方なく小指を絡めた。
指先が触れた瞬間、少しだけ温かい。
窓の外では、蝉がまだ鳴いている。
夕焼けは、ゆっくりと紫がかった色に変わっていく。
涼「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」
さくら「うん」
竜星くんが扉へ向かう。
そして、出ていく直前、振り返った。
涼「さくらちゃん」
さくら「ん?」
涼「俺、明日もここ来るから」
さくら「……分かった」
涼「じゃ、また明日」
さくら「また明日」
扉が静かに閉まる。
私は一人になった。
静かな部屋。
さっきまで竜星くんが座っていた場所に、まだ少しだけ体温が残っているような気がする。
なんとなく、その場所を見つめる。
さくら「……変なの」
そう呟いたのに。
胸の奥で、小さな何かが、くすっと笑った気がした。
明日が、少しだけ楽しみになっていた。
プロフィール↓↓↓
佐倉 さくら
学年|高校2年生
性格|明るい・おしゃれ好き・ちょっと繊細
好きなもの|コスメ、ネイル、可愛い服、カフェ巡り
苦手なもの|人混み、気まずい空気
好きな季節|夏
特技|メイク、ヘアアレンジ
ひとこと|「可愛いものは、可愛いだけで正義でしょ?」
竜星 涼
学年|高校2年生
性格|明るい・優しい・ノリがいい・人気者
好きなもの|可愛いもの、音楽、甘いもの
苦手なもの|静かすぎる場所
好きな季節|夏
特技|人を笑わせること
ひとこと|「まあまあ、そんな怒んなって!」
── この夏、二人は出会った。
※プロフィールは物語の進行に合わせて更新されます。
作者より
はじめまして。
そして、この作品を見つけてくださってありがとうございます。
今回が初投稿です。
まだまだ未熟なところもあると思いますが、
この物語を最後まで一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。
この物語は、高校生の二人が出会った、ひとつの夏から始まります。
何気ない会話も、くだらない笑い声も、
きっと全部、二人にとって大切な時間です。
……ただ、今はまだ。
二人がどんな夏を過ごすことになるのか、
私からは何も言わないでおこうと思います。
最後まで読んだあとに、
もう一度この第1話を読み返してもらえたら嬉しいです。
それでは、第2話でお会いしましょう。
この夏が、あなたの心に残りますように。
コメント
1件
うわあ、第1話めっちゃ良かった…! 「可愛いもの好き」「ぶりっ子って言われる」って、さくらの内面の描き方がすごくリアルで、教室の針みたいな笑い声の描写、めっちゃ刺さったわ。 そこにクラスの人気者・涼が現れて、ネイルを「可愛い」って言ってくれた瞬間の、あの空気の変わり方。キラキラが冷たく感じたのに温かくなるっていうのが素敵すぎた。 小指の約束とか子どもっぽいのに真剣な涼のギャップも可愛い。 初投稿でこのクオリティはやばい。続き、めっちゃ気になる🔥