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アリスは北斗を探して、ぐるりと野外ステージの裏を回って歩いていた
まだ心臓がドキドキして、体じゅうが震えている、ぎゅっと握るこぶしに力が入る
まだ正を全面的に許したわけではない、でもあの男は選挙で北斗さんに投票すると言った
そのことだけは彼に伝えなければ、いけないような気がした、彼はどんな反応をするだろう、もうこの事は彼に任せよう
北斗さんが許すと言えば私も許すし、彼が許さないと言えばこれで関わらずに済む、とにかく北斗さんを見つけなきゃ
アリスは知り合いに出会うと肩越しに会釈しながら、急いで北斗を探した
ステージのすぐ下まで来ると、ここからはスタジアム全体が良く見えた
親をお福達がきりきり舞いしている、綿あめブースへ引っ張っていこうとする子供
直哉のビールを配っているテントは、酒好きの連中と騒音で溢れかえっている
そしてその周りをレオと明が、ホッピングを脚に挟んで、飛び回っているのが見える
まぁ・・・あの子達ったらお福さんのお手伝いに、飽きちゃったのね・・・
その代わりに綿あめブースにはお福とレオママがいた、後でレオママにもお礼を言わなければ
アリスは周囲を見渡して、消防団の群れの中にいる北斗を見つけてホッとした、彼の姿を見て胸骨の奥が不意に熱くなる
彼は地元消防団の制服を着た正勝達に囲まれて、優雅に友人や関係者の挨拶を受けている
ふと北斗がアリスが歩いてくるのに気づき、アリスの視線を受け止めて異変にすぐに気づき、アリスの方へ来てくれた
「どうした?何があった?」
「ちょっと・・・大したことではないのかもしれないけど・・」
アリスはそう言って手を差し伸べた、多分今の自分は顔は笑っていても、目は先ほど感じた恐怖の影があったのだろう、彼はアリスの手を取り言った
「君のその顔は大したことだと言ってるぞ?」
「実は・・・本部テントに正が来てるの」
アリスは単刀直入にズバリ言った
「正が?あんの・・・ヤロウ・・・また君に何かしたのか?」
彼は心から正を嫌ってそう言った
「違うの!違うの!彼・・・反省したんだって!誤ってくれたわ・・・・申し訳なかったって・・・ずっと謝りたかったって・・・・ 」
「本当に? 」
彼はどこか腑に落ちない様子だったが、アリスの話の続きを聞いた
「・・・・わかった俺に投票すると言ったのもまだ信用できないが、アイツの両親とはずっと以前から、仕事で取引きがあったからな、アイツはクソだがアイツの両親はとても良い人でね」
アリスもコクンと頷いた、正はどうしても好きにはなれないが、彼の両親はとても親切で北斗さんが学生時代に、世話になったと言ってた話を思い出した
アリスは芝地に不安げな視線を向けた
「君に対する謝罪を君が受け入れたならそれでいいけど、俺は今後もアイツと君を合わせたくない、できるなら一生 」
やっとここへきて安心した、ああ・・・彼はいつも私の欲しい言葉をくれる
「正に会うよ、それで謝罪は受け入れるが、やはり俺達にかかわらないでほしいと話す」
不愉快だが仕方がないという口調だ、これで彼がこの問題を解決してくれると、ありすは心底ホッとした
二人で本部テントの場所へ戻ったのは、もう彼のスピーチ20分前だった、正の謝罪は手短に済ませて彼は、ステージの舞台袖へ急がなければならない
「・・・・?・・・・正は?どこにいるんだ? 」
本部テントを二人で見渡してみても誰もいない、関係者はみんな忙しく、それぞれの持ち場で仕事をしている
「たしかに待ってるように言ったのだけど・・・きっと待ちくたびれて何処かへ行ったのね」
キョロキョロとあたりを見渡してみても、正の姿はなかった、なんとなくアリスは心が軽くなった、これで本来の仕事へ戻れる
「ああ・・正はまたいつでも機会があるよ、あっと・・・俺もうそろそろ行くよ・・・10分前にはカメラテストするからステージへ来てくれって頼まれてるんだ、行こう!アリス 」
「ええ!行きましょう! 」
アリスは自分の会議用テーブルの、ノートパソコンが置いてある場所へ行って、虎の巻バインダーを取りに行った
「ない!」
「なにが!」
北斗が反射的にアリスの叫びに応えた、アリスはもう一度、テーブルの物をあちこちどけて叫んだ
「虎の巻バインダーがないっっ!! 」
どうしよう・・・どうして?
私・・・どこかへ持って行った?
ううんどこにも持っていくはずなんかない、ずっとここで作業してたし
恐怖でみぞおちがギュッと固まった、ああ・・・どうしてこんなことに
正に盗まれたんだ、それしか考えられない、記憶が蘇らせる恐怖に支配され一刻も早く、あの場を離れたくて大切なものを持って出る余裕がなかった
あのバインダーには北斗さんの命より大切な、スピーチ原稿が入っているに・・・アリスはあまりの腹立たしさに、手をぎゅっと拳にして握った、関節が白くなるほど
「本当にここに置いてあったのか?」
「ええ!間違いないわそして正が来て無くなった・・・・それの意味が分かる? 」
胸に石が詰まっているような感覚だ、今から正を追いかけてスタジアム中を探し回っても、もう時間がない
憤りという言葉ではすまされないものが、アリスの中に溢れる
ああ・・・あの原稿―
あれは二人のすべてだったのに
どれほどの日々を二人で夜通し語って
どんな言葉が聴衆に響くか検討に検討を重ねて
それほどの単語を探して
どれほどの表現を調べて―
一気に体におしよせる奇妙な感覚
二人の理想を侵害された感覚
残りは恐怖と怒り
屈辱
不安
パニックなどの塊だ
だめよ!動揺してもなんの役にも立たない、もう時間がないのに
それなのにここへきて体が固まったように動かない、思考が停止する
..:。:.::.*゜:.
「ちょっとこっちへおいで」
北斗は咄嗟にアリスの異変に気付いて肩を抱いて、パーテーションの裏に連れて行った
周りに誰もいないのを確認して、アリスの顔を覗き込む
アリスの顔は青ざめ、目の焦点が定まっていないことがわかる
北斗が出馬すると宣言して以来、彼女はしゃかりきに頑張って来た
頑張りすぎたぐらいだ、自分の夫を勝たせようと、まさに死ぬ思いでやってきた
今まさにその誰よりも誇らしくて賢い妻が、キャパオーバーになっている
こんなひどい状態の彼女を見るのははじめてだ、感情の爆発や涙のほうがまだましで、これではまるで抜け殻だ
「ハイ!ハイ!奥さん!」
ブツブツ・・・・「どうしよう・・・どう・・・・」
北斗が声をかけても、アリスの視点は定まらない、北斗はしゃがみ込んでアリスを覗き込み、アリスと賢明に目を合わせようとする
「ねぇ!奥さん!アリス!アリス!俺を見て・・・ほら・・・俺はここにいるよ! 」
アリスの両手が震え呼吸が浅くなっている
パニック発作が迫っている兆候にあるのだと北斗は気づく
夕べもよく眠れていないのは知っている、アリスは疲労と恐怖とでパニックになっている
両手でアリスの手首をつかむと、親指の下に速まった脈動を感じる、ようやくアリスの目が北斗をとらえる
「・・・いやよ・・・ 」
アリスは言う
「こんなのは嫌・・・」
「わかってる」
辛抱強く北斗は言う
「以前は・・・なんとか・・・我慢できたわ・・・ 」
「うん・・・・ 」
アリスは話し出す
「何もなかったから―居場所なんてどこにもなかった・・・・ああ・・・これはダメよ・・・二人の夢なのよ・・・ 」
「うん・・・・・ 」
ヒック・・・・「私のミスのせいで北斗さんが、悪く言われるわ・・・私が北斗さんの・・・・原稿を・・・牧場を・・・もう・・・おしまいよ・・・・・ 」
滝のようにポロポロアリスの目から涙が落ちる、その勢いはますます激しくなる