テラーノベル
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死期の近い人は、思いもよらぬことをいう。僕は仕事柄それを、知っていた。
予定された死。
ベットの上で、今、静かに横たわる彼は、
若くして迫る時間を前にしても、まるで終わりなど知らぬかのように、はつらつとしている。
「死を恐れないのか」と、僕は尋ねてしまう。
それも必然のように思えるほど、馴染むようで。
「ああ、もちろん、怖いさ。なぜなら──」
彼の死生観は、さらりと語られた。
「君、死というのはね、失くすことなのだよ」
「…ふふ、変な人ですね。失くす?失くすって、何を?」
「ああ、全てのことだよ。
君、最大のなくし物をするってことさ。
そして、誰1人としてそれを止められない。
ある意味、人っていうのは、『忘れ物』なのかもしれないね」
そうしてまた、彼は咳をひとつするのでした。
そして、きっと──
「君も、僕を忘れるのだろう」
そう言った彼の横顔に、赤い斜陽がぼんやりと差しているのを見て、
僕はもう、そんな時間なのかと思わずにはいられなかった。
まるで、それまでは、
時間が息を潜めていたかのようで。
一つの病室の中の2人。
彼は、まだ何も知らないみたいな顔をしていた。
彼も、また、何も知らないみたいな顔をしていた。
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