テラーノベル
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風邪が治ったと報告を受けた日の夕方。
ターボーは、明らかにいつもより仕事が速かった。
「社長、こちらの決裁を——」
「ああ、置いていけ」
パソコンを打つスピードが異様に早い。秘書が一瞬だけ目を見開く。
「……今日は、随分とご機嫌ですね」
「別に」
短く返しながらも、口元がわずかに緩んでいる。
——ようやく、遠慮しなくていい。
あの日、熱に浮かされたちょんまげを抱きしめた時からずっと我慢していた。しかし弱っている相手に手を出すほど、ターボーは自制がきかない男ではない。
……だが、その分、反動は大きい。
定時前に全てを片付けると、さっさと席を立つ。
「先に帰る。あとは頼んだ」
その一言に、社員たちがざわつく。
「え、社長が定時で帰るの初めて見たんだけど」
「絶対羽立さんとこだろ」
「羽立さんとこか…いいなぁ…」
ひそひそ声が聞こえた瞬間、ターボーが振り返った。にこりともせず、ただじっと見据える。
——それだけで、全員が口を閉ざした。
家の前に着く頃には、陽が落ちかけていた。
インターホンを押すとすぐドアが開く。
「ターボー!」
ちょんまげが顔を出す。
念の為もう一日休ませたが、頬の赤みはもうなく、元気そうな笑顔。それだけで胸の奥がじんとする。
「もう平気か?」
「うん、完全復活!」
そう言って胸を張る姿は、相変わらず小さくて頼りない。けれど、それがいい。
部屋に入った瞬間、ターボーはドアを閉めると同時にちょんまげの腕を引いた。
「え、ちょっ——」
そのまま壁に軽く押しつける。
「……元気そうで何よりだな」
低い声。
距離が近い。
逃げ場はない。
「タ、ターボー……?」
戸惑う声を無視して、じっと見下ろす。
「……我慢してた」
「え?」
「ずっとだ」
言い終わる前に、抱きしめる。
強く、逃げられないくらいに。
「ちょ、くるし……」
「元気なんだろ」
「それはそうだけど…!」
言いながらも、抵抗は弱い。
寧ろ、少しだけ身体を預けてくる。
「……寂しかったか?」
耳元で低く問う。
「……うん」
素直な返事。
「俺もだ」
少しだけ腕を緩めて、顔を覗き込む。可愛い瞳が、まっすぐ見返してくる。
熱もなく、ちゃんと意識のあるその表情に、逆に理性が削られる。
「キス、していいか」
「……なんで確認するの」
「今日は遠慮しないからな」
その一言で、ちょんまげの顔が赤くなる。
「……いいよ」
小さく頷いた瞬間。
すぐに唇を重ねた。
今度は、あの夜のような軽いものじゃない。
ゆっくり、深く。逃げ場を塞ぐように。
ちょんまげの指が、ターボーのシャツをぎゅっと掴む。
息が混ざる。少し長めに触れたあと、ようやく離れる。
「……は、ぁ……」
ちょんまげが息を整える。
目がとろんとしている。
「まだ足りない」
「え……」
再び引き寄せて、今度は額、こめかみ、頬、首筋へとキスを落とす。
「ちょ、まって、くすぐった……!」
「我慢しろ」
「なんで!?」
笑いながら逃げようとするのを、逃がさない。
「元気になった分、付き合え」
「横暴すぎる……」
文句を言いながらも、嬉しそうに笑っている。
ターボーはベッド脇に座り、ちょんまげを引き寄せてそのまま対面で膝の上に乗せた。
「え、ちょっと!」
「軽いな、お前」
「失礼!」
文句を言いながらも降りようとはしない。
寧ろ、首に腕を回し自然に身体を預けてくる。
「……こうしてると落ち着く」
ぽつりと呟く。
「俺もだ」
背中をゆっくり撫でる。その度に、ちょんまげの力が抜けていく。
「なあ」
「ん?」
「もう無理すんなよ」
少し真面目な声。
「……うん」
「具合悪い時は、すぐ呼べ」
「呼んだら、仕事放り出して来るでしょ」
「行くに決まってる」
「それはダメでしょ……」
即答するターボーに呆れたように笑う。
「じゃあ終わらせてから最速で行く」
「それならいい」
くすくす笑う声が、心地いい。
ターボーはそのまま、もう一度軽くキスをした。
「これからも、ちゃんと甘やかす」
「もう十分すぎるくらい甘やかしてるよ」
「足りない」
きっぱりと言い切る。
「……じゃあ、もっと甘やかして」
少し照れながら言うその言葉に、ターボーは満足そうに笑った。
「いくらでも」
その夜、二人の距離は、風邪の前よりもずっと近くなっていた。
END
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#ちょんまげ