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ホッと息をついたのも束の間。アジア系の囚人が机の上に靴のまま乗り、見下すような視線から僕に吠えかける。
「おい、お前ら! ガルドはいなくなったが、まだこいつが囚人なのか看守なのか。はっきりしてねぇ! ケリをつけようぜ」
その言葉に合わせて、周りにいた囚人たちが野次馬のごとく黄色い歓声と熱烈な応援をし始めた。こうなれば逃げることができない。僕はジョナサンを殺さなければいけないのか?額と背中に汗が滲み、脚に重い鎖を繋がれているのか、全く動けない。
「よっし! やっぱりこいつは囚人に化けている看守ってことだな。俺様がガルドの代わりに潰してやるよ」
アジア系の囚人が机から降りて、僕に攻撃を仕掛けてきた。憎悪は溢れてくるが、狂気状態に入るよりもあいつの方が脚が速い。間に合わない。
目を瞑っても殴られることはなく、数秒経って目を開けた。目の前に白髪の長身の男が立っている。アルマだ。彼はあいつの握り拳を握りしめて阻止していた。背後しか見えないので表情はわからないが、ポーカーフェイスなのは明白。
「こんな争い見ていられない。やめろ」
迫力のある声で忠告した。そういうところが男らしくて、憧れてしまう。まるで僕が王子様を待つお姫様になったような気分だ。王子様は姫にとっての勇者となり、悪を殺す役目となる。
「なんだ、お前。俺様の邪魔をするつもりか! こいつは看守なんだ。殺して当然だろ!」
「何故そう思うんだ?」
「何?」
「看守も囚人も関係ない。どちらも生きている人間だ。こんな醜い争いに意味があるのか? こいつは弱い人間だ。弱い人間を殺そうとするのは、アンタの心が弱いからじゃないのか? 俺を殺してみなよ、できるんでしょ?」
「ぐっ……うるせぇ! 俺様が一番偉いんじゃ! 看守とお前を殺すのはこの」
「兄貴、やめましょうよ!」
「なんだと……」
アジア人らしい男が、背後から両腕を押さえつけて止めに入る。兄貴と言っていることから、仲間なのだろう。焦り具合から、アルマのことをひどく恐れているようだ。額には、びっしりと汗をかいていた。
「あいつ、アルマ・テイラーですってば! 白い狼(ウルフ)と言われて恐れられた悪の根源ですよ。敵いっこありませんって!」
「うるせえな! やらねえと分からねえだろ!」
アジア系の囚人は仲間の言いつけを無視し、腕を振り払う。仲間は後ろで尻餅をついた。それと同時に、右手で殴りかかる。彼はそれを瞬時に避けて腕を握りしめ、放り投げた。投げられた男は近くにあった机の脚に背中を叩きつけられ、グキっと骨の折れる音が響く。アルマは男の歪んだ表情に薄らと笑みを浮かべていた。
普通の人ならば、心配するか後悔するかの二択だろう。が、彼にはそのような選択肢は頭の中にないようだ。
しゃがんで男の太い腕を掴み、曲がらない方向に曲げ始めた。相手は大きな醜い叫び声をあげたが、誰一人助けることはしなかった。皆面倒くさい事に関わりなくないのか、見て見ぬ振りをしている。
アルマは曲げることをやめず、むしろ楽しんでいるように思えた。それどころか、脚も曲がらない方向に曲げ始めている。これ以上は流石に見ていられなくなり、彼を背後から切り離そうとする。
「アルマくん。それはやりすぎだよ!」
「やりすぎ? どこが?」
「相手は痛い痛いって喚き散らして助けを求めているんだよ。苦しそうだから……」
「どうしてそう思うんだ? こいつはお前を殺そうとしてきた奴だぞ。ただの正当防衛だ。こいつの腕と脚をダメにすれば、もう危害は加えてこない」
全くといっていいほど話が噛み合わない。何度もやめろというが、それを無視して首を締め始めていた。アジア系の囚人の顔から血の気が引いて、口から泡を吹いていた。それでも周りは助けることはせず、皆食堂から去ったり飯を盛りに行ったりしている。やはりまともなのは、アルマしかいないのかもしれない。
よく考えれば、僕を守るために実行した行為だ。あのまま狂気モードに入っていたら、この食堂が喧嘩の海に化していただろうし、殺される可能性も充分あった。やりすぎではあるが、彼なりの気遣いなのだと結論づける。内心ほっとした。
その後アジア系の囚人を殺す前に首から手を離し、僕の方に体を向ける。彼の茶色い瞳と視線が合ったら、心臓を掴まれたような激しい動悸がした。何かを見透かされている不思議な感覚に陥り、僕は身動きが取れない。背中に冷や汗をかいてしまう。
これがオーラというやつか。今まで見てきた比と、比べ物にならないくらい強烈だった。
とはいえずっと目線を合わせることはせず、彼は背後を向いてボソリと呟く。
「お前もこっち側だったんだな」
「それ、どういう意味?」
「なんでもない。独り言だ。俺は友達と食事するつもりだ。お前はどうする?」
話を逸らされてしまった。あんなことがあったのに飯へありつこうとする強欲っぷりに感心すると同時に、こっちがどちらなのか考えてみた。囚人なのか、看守なのか?