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龍馬と一刀斎
「おい、起きろ爺さん・・・」
一刀斎は慈心の耳元で囁いた。昨晩志麻の帰還祝いで飲み過ぎた慈心は、正体もなく眠りこけていた。
「ガ、ンガ・・・?」鼾で返事をしている。
「おい、俺ぁ坂本って奴のところに行ってくるぞ、お前ぇも行きたいって言ってたからこうやって起こしてやってるんだ。行かねぇんなら俺一人で行くが文句はねぇな?」
「ガ、ガガ・・・」
「そうか、本当にいいんだな?」
「ガガガ・・・」
「よし、言ったぞ。俺はちゃんとお前ぇさんを起こしたからな。後で文句垂れるんじゃねぇぞ」
「ンガガガ、ガガガガガ・・・・・・・!」
「なになに、うるせぇから早く行け!・・・だと」ニンマリと北叟笑む。
「ふふふ、これで言質は取れた。さて、横浜までそぞろ歩きと洒落込むか」
一刀斎は珍しく袴を着けると、腰に刀を差し土間に転がっている下駄を突っ掛けて外に出た。
二日酔いの目に朝の光が眩しい。長屋の木戸を出ると南に向かって歩き始めた。
*******
横浜に近づくにつれ、大砲の音が風に乗って聞こえて来た。
横浜開港後に築かれた神奈川砲台からのものだ。砲撃の為の砲台ではなく、外国船を歓迎する空砲を撃つ為だけに築かれた砲台である。
「無駄なことをしやがる・・・」一刀斎は憎々しげに吐き捨てた。
波止場には黒船見物の人だかりが出来ており、外国船専用の荷揚げ場では沖中仕の艀はしけが忙しく動き回っている。
日の丸の旗を掲げたいろは丸は、その隣の桟橋の沖に停泊しており、荷揚げ作業も終わったのか静かな佇まいを見せていた。
一刀斎は人だかりを避けて、桟橋の方へと歩いて行った。
「ちっ、誰もいねぇのか・・・」
いろは丸は沖の方に停泊しており、直接乗り込む事はできそうも無い。
船頭でもいれば、頼み込んで船まで乗せて行ってもらうところだが・・・と、いろは丸からボートが下されるのが見えた。乗組員と思しき侍が四人、縄梯子を伝って降りて来る。
「どうやら、上陸するみてぇだな、ここで待ってりゃそのうちやって来そうだ」
暫く見ていると、一刀斎の読み通りにボートがこちらに向かってくる。
やがて桟橋に着くと三人が上がってきた。
「新谷、ご苦労じゃった、今夜は帰ってこんき船長にそう伝えちょってくれや」
ボートを漕いでいた若者に上陸した一人が言った。
「いいなぁ関さん達、今夜は吉原泊まりですか?」
「ああ、津の仇ば討って来いち坂本さんが小遣いばくれよったんじゃ」
「今度おまんも連れち行くき、今日のところはちくっと辛抱しとけ」
「忘れないでくださいよ」
「おお、武士に二言はないきに」
「怪しいなぁ・・・じゃあ、ま、気をつけて行って来てください、あまり呑み過ぎないように」
「当たり前じゃ、呑み過ぎて大事な目的を果たせんじゃったら一生の不覚じゃき」
「ちえっ、せいぜい僕の分も楽しんで来て下さい」
「そうするぜよ」
ボートの若者が船首を巡らそうとした時、一刀斎が声を掛けた。
「待ちねぇ、あんた達あの船の者か?」
四人が一斉に一刀斎を見た。
「そうじゃが、おはんは何者んじゃ?」
「別に怪しい者じゃねぇよ、坂本って御人に会いてぇだけだ」
「なんじゃと、坂本さんに一体何の用じゃ?」
「てぇした用じゃねぇ、知り合いがちっとばかし世話んなってな、その礼を言いに来た」
「礼じゃと?」
「おい関、こいつなんか怪しいぜよ。一昨年坂本さんが伏見の寺田屋で襲われてから、坂本さんの身辺には変な奴らがうろついちょる、こいつは気をつけた方がよか」
「ほうじゃな・・・今井、高松、そいつの退路を断て。とっ捕まえて坂本さんに報告じゃ!」
「応!」
今井と高松が刀の鯉口を切りながら、素早く一刀斎の背後に回った。
「新谷、おまんも手伝え!」
関がボートの若者に声を投げた。
「分かりましたよ、その代わり今度絶対に吉原に連れて行って下さいよ」
「わかっちょるって!」
新谷がロープを杭に結び始める。
やれやれ、話のわからねぇクソガキどもだ・・・一刀斎が呟いた。
「なに?何か言ったか!」
「お前ぇら、ちゃんと相手見て噛み付かねぇと怪我するぜ?」
「ほたえな!」
#その他
つが
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#最後の投稿
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みあ🪐💫
3
詠の癒月 EN
51
「元気だけは一丁前だ、そんだけ元気なら腕の一本や二本折れたって文句はねぇな?」
「うるさい、抜け!」
真っ先に正面の関が刀を抜くと、桟橋に上がってきた新谷も刀を抜いた。背後からも鞘走る音が聞こえる。
「お前ぇら相手に刀は要らねぇよ」
「なにっ!!!」
一刀斎の言葉に逆上した関が真っ向から斬り込んできた。
ひょいと往なすと勢い余ってタタラを踏んだ。その後ろ襟を掴まえて新谷に向かって投げつける。
二人は団子になって、今上がって来たばかりのボートの中に転がり落ちた。
背後の二人が同時に斬り込んで来るのを、大きく飛び退いて躱すと今井が勢いに乗じて突いてきた。
反転して懐に飛び込み、柄を取って足払いで蹴倒した。
残る高松が振りかぶるところへ下から肘を押し上げるように入り込み、右拳を鳩尾に叩き込んでやった。
あっという間の出来事だった。多少手加減したので大した痛手は負っていない筈だ。
それでも四人は戦意を失って、その場にへたり込んでいる。
「つ、強ぇぇ・・・」
「とても敵わんき・・・」
「誰じゃ、こいつをとっ捕まえようなんち言うたんは・・・」
「関さんですよ、僕はとんだとばっちりだ・・・」
その時、沖のいろは丸の方から風に乗って声が流れて来た。
『おお〜ぃ、何しゆうがじゃ〜!』
甲板で、男が双眼鏡を覗き込んで手を振っている。
「あっ、坂本さん!」
『そんお人ばここまでご案内申し上げろ〜!』
「坂本さんはああ言いゆうが、えいがやろうか?」
「こがん素性もわからん男ば・・・」
「そうは言うても、坂本さんの命令じゃき・・・」
「僕は乗せて行きますよ、上司の命令は絶対です!」
新谷の一言で決まった。一刀斎はボートに便乗していろは丸へ行く事になった。
三人の吉原行きが、またもお預けになった事は誠に気の毒ではあったが・・・
*******
坂本は甲板の上で待っていた。にこやかに笑んで一刀斎を迎える。
「ようこそ、いろは丸へ」右手を差し出した。
「お前ぇさん、剣術使いのようだが、よくそんな挨拶が平気で出来るな」
「互いに右手を握りあっちょけば、刀は抜けんぜよ」
「手を握った途端、柔で投げられたらどうする?」
「そんときゃ、逆手で脇差を抜いて、投げられながら斬っていくき」
「ふん、やれるかな?」
「試してみるか?」
一刀斎が坂本の手を握った。暫く睨み合ったが、ややあって手を引いた。
「なるほどな・・・」
ニヤリと笑う。
「そんだけ出来りゃ、シェイクハンドも悪かねぇ」
「背中に冷たい汗がつたいゆう」
「俺も、久々に手のひらに汗をかいた」
「儂を斬りに来た訳ではなさそうじゃの」
「もしそうなら、とっくに斬ってる」
「おまんなら冗談に聞こえんきに」
「あながち冗談でもねぇのさ」
「・・・!」
坂本は一瞬一刀斎を睨みつけた後、弾けるように笑い出した。
「ワハハハハハハ!斬られる前に船長室にご案内するぜよ!」
坂本は先に立って歩き出した。背中を見せたのはいつでも斬られる覚悟は出来ている、と、言うことであろう。
一刀斎は坂本の器の大きさに、腹の中で舌を巻いた。
*******
「そうやったか、おまん、お紺さんと志麻さんの知り合いやったがか?」
「ああ、志麻に事情を聞いて礼を言いにやって来た」
「とてもそんな風には見えんやったがのぅ?」
「あいつらが人の話を聞かねぇからだ」
「許いちゃってくれんね、根はいい奴らじゃけ」
「ああ、分かってるよ」
船長の千屋は、坂本と一刀斎がテーブルにつくと、ギヤマンのグラスに赤い葡萄酒を満たして部屋を出て行った。坂本の気持ちを察した行動だが、部屋の外には何人もの気配がする。いつでも部屋に飛び込める態勢が整っているようだ。
「ところで・・・」坂本が一刀斎を見据えた。「本当の目的はなんぞね?」
「今言った。礼を言いにやって来た、と」
「そいはもうよか。伊勢ではお紺さんにまっこと世話になったがじゃけ」
「それじゃ俺の気がすまねぇ。だから一つだけ忠告に来た」
「忠告?」
「今、京に行くのは止せ。お前ぇさんは狙われている。新撰組、見廻組、それに幕府の役人どもがお前ぇさんの現れるのを手ぐすね引いて待ち構えているんだ。今行ったら命は無ぇ・・・」
「そがなんを言いに、わざわざここまで来たがか?」
「そのつもりだった・・・さっきまではな」
「さっきまで?」
「お前ぇさんが俺に背中を見せて歩き始めるまでだ」
「ふ〜ん」
「もう、何を言っても無駄だな」
「おまん、何者んじゃ?」
「さあな、お前ぇさんの味方じゃねぇ事は確かだ」
「やったらどいて・・・?」
「だから言ったじゃねぇか、一言礼が言いたかったんだよ。伊勢の港じゃ志麻を救ってくれたそうじゃねぇか。おかげで志麻が無事帰ってくる事が出来た。礼を言う、ありがとう」
一刀斎はテーブルに額がつくほど頭を下げた」
「おまさんこそ、そがに頭を下げたら剣術使いらしくないぜよ」
「いいんだ、俺が人に頭を下げるのは、もう金輪際無ぇだろうから」
「なら忠告は有り難う受け取っちょこう」
「そうか、ありがてぇ・・・ところで」一刀斎が坂本を見た。「その右手、もう剣は持てねぇんじゃねぇのかい?」
「わかるか?」
坂本は一昨年寺田屋で幕吏に襲われた時、右手に深傷を負っている。
「そんな手で襲われたらどうするんだ?」
「これがあるき・・・」坂本は懐に手を入れて何かを取り出した。「メリケン製の回転式六連発、この前もこれを撃ちまくって逃げおおせたきに」
「弾が尽きたら・・・」
「死ぬだけじゃ・・・後は誰ぞがやってくれる」
一刀斎は黙ってグラスを取り上げた。
坂本も同じように取り上げると、一刀斎に向かって差し出した。
「人生はいつも道の途中じゃけ・・・」
一刀斎が軽くグラスを当てると、夏の終わりを告げる風鈴の音色がした。