「自分勝手で自信過剰、その上眼鏡を外すとドSになる|神楽《かぐら》グループの御曹司?」
「そう思っていたとしても、そこまでハッキリと口にした奴は|鈴凪《すずな》が初めてだ。その度胸は認めるが、もちろんタダで済むとは思ってないよな?」
しまった! と気付いた時にはもう遅かった。私が彼に対して不満に思っていた部分まで、ついペラペラと言葉にしてしまっていたらしい。
神楽 |朝陽《あさひ》はパッと見は微笑んでいるが、醸し出すオーラは怒りそのもので。この人は大企業の御曹司よりもどこかの組の若頭とかの方が似合うんじゃなかろうかとまで考えてしまう。
「タダで済むと思ってるかって、もう私はちゃんと朝陽さんの恋人役を演じてるじゃないですか! これ以上、私にどうしろというんです?」
「……そうだな、追加で条件を付けても面白そうだ。鈴凪はどんなのが良い?」
その問いかけに私は首を横にブンブンと振る、そんな事を聞かれても答えれるわけがない。どうせこの人が追加する条件なんて碌なものではないはずだから。
ただでさえ、難易度の高い演技を求められているのだ。それ以上の事を簡単に増やしたりしないで欲しい。
「そんな無茶を言う前に、朝陽さんだって少しは協力してくれたっていいんじゃないですか? これっぽっちも朝陽さんに愛されてないのに、世界一の愛され花嫁って無理がありますし」
「……へえ? じゃあ鈴凪が俺に望む協力ってどういうのかを聞かせてもらおうかな?」
えええ? 予想もしなかった切り返しに、私はまた返事に困ってしまう。まさか|神楽《かぐら》 |朝陽《あさひ》がそんな事を聞いてくるとは思わなかったから。
私は話題が変えれればいいくらいの気持ちで発した言葉だったから、そんな詳しくなんて考えてはいない。それなのに彼はなぜか楽しそうに私の答えを待っているのだ。
待たせれば不機嫌になることは分かってる、それならば最初から無理難題でそれを誤魔化してしまえばいい。そう思って……
「そりゃあ愛され花嫁なんですから、朝陽さんに愛されるしかないんじゃないでしょうか? 何ていうのかな、幸せオーラ? みたいなのも、それなら出ると思うんですよね」
思い切り笑い飛ばしてくれるか、それとも呆れた顔で一蹴するのか。そのどちらでも構わないから、さっさとこの話題を終わらせてしまおう。そのつもりでいたのに。
「……幸せオーラ、か。確かに、今の|鈴凪《すずな》から感じるのは真逆の薄幸オーラみたいなものだからな」
「誰が薄幸の花嫁ですか!」
カチンときてそう反抗すると、神楽 朝陽は「ブハッ!」と吹き出してそのままベッドで笑い転げている。揶揄われてるのは分かってるのに、こうして過剰反応するから玩具にされると分かっているはずなのに。
なんだか負けた気がして、こちらも言い返してみせた。
「私が薄幸に見えるのなら、あと一ヶ月でそれを愛され花嫁に見せる必要があるってことです! それに朝陽さんが協力するべきなのは当然でしょう?」
「そうか? まあそれも面白そうだな。俺を楽しませてくれるのなら、協力してやってもいい」
……もともとは私が迷惑料の代わりに、貴方に協力してる形なんですけれどね。そう言ってしまいたかったが、それはとりあえず我慢した。
「じゃあ、早速ですが|朝陽《あさひ》さんはどんな協力をしてくれるんです? その内容もしっかり契約とやらに付け加えておいてもらいたいんで」
「そこまで信用されてないのか、俺は? まあ、そうだな。挙式までの残り一ヶ月間で、俺が|鈴凪《すずな》に十分過ぎるほど愛されるということを実感させてやればいいんだろう」
朝陽さんは簡単そうに言うけれど、どう考えても愛される側の彼にそんなことが出来るのだろうかと疑いたくなる。私に話す時だって命令形で、誰かに尽くすとは程遠いところにいそうな彼が。
それでも自信満々でそんな事を言うから、このまま朝陽さんに任せるべきなのか悩んでしまう。
「それって本当に朝陽さんに出来ますか? 挙式まで時間もないし、失敗すれば後々朝陽さんが大変な事になるんですよ?」
「鈴凪はもう少し俺を信頼するべきだろ。新婦となるアンタが未来の夫である俺を信じていなければ、この先上手くいくはずのこともそうでなくなるだろうが」
そう言われても、お芝居だといったのは朝陽さんだし。急に新婦とか未来の夫とか言われてもピンとこないから無理がある。だけど、朝陽さんがどんな方法を考えているのかは少し興味があって。
元カレの|流《ながれ》とも、一緒にいて愛されていると実感することはそう多くなかった。そんな私にどんな手を使ってそんな風に思わせてくれるのか、想像すると少しドキドキもしてて。
余裕たっぷりの|朝陽《あさひ》さんの発言に、こっちだって負けてなるものかという気持ちになってくる。学生時代の部活とはいえ、真剣に演技をしてきたので私にもそれなりの自信はあった。
それに少しだけ狡いのかもしれないけれど、こうして朝陽さんと向かい合っている時間だけは元カレに裏切られた辛さを誤魔化せる気がして。
……だからかもしれない、偽りでも「愛され花嫁」という立場が悪くないと思ってしまったのは。
「そう簡単にいくでしょうかね、私だってペナルティーなんて受けるつもりはないので。そう言う朝陽さんこそ一か月後に計画通りの結婚式を上げれなくても、私に文句は言わないでくださいよ?」
暗に「愛され花嫁」になれるかどうかは貴方次第なのだと伝えると、朝陽さんはますます楽しそうに口角を上げて見せる。私と同じように血の気が多いタイプなのか、勝負が好きなのはお互い様らしい。
もちろん借りがあるのは私の方だから、それ以外の事については全力でやるつもりではいる。彼に協力してもらうのは、私が誰よりも愛されているという実感を得ることだけ。
そのつもりだったのだけれども……
「そこまでいうのなら、|鈴凪《すずな》としてはどこまでOKなんだ?」
「どこまでって、何がです?」
朝陽さんの質問の意図が分からずそのまま聞き返すと、何故か彼は何ともいえない微妙な表情をしてみせた。馬鹿にされているのか、可哀想なものを見るような目つきというのか。とにかく私にとって気分が良い物ではなかったので、文句を言おうとしたのだけど。
「鈴凪は俺に愛されていることを実感したいんだろう? その幸せオーラとやらのために。だからどんな風に愛していいのかと聞いている。抱きしめたりキスは可能なのか、その肌にどこまで触れていいのかという事だ」
「……は、肌⁉」
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