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高校二年の春、新学期が始まったばかりの教室には、少し湿った春風が吹き込んでいた。窓際の席でぼんやりと外を眺めていた純喜は、ふと教室のドアが開く音に気付いた。
そこに立っていたのは拓実だった。クラス替えで同じクラスになったばかりの拓実は少し控えめな雰囲気を纏っていた。純喜はその瞬間、胸がドキッと鳴るのを感じた。
「なんや、あいつ…めちゃくちゃ、いい。」
無意識に呟いた言葉は、純喜自身も驚くほど自然に口をついて出ていた。それからというもの、純喜の視線は拓実を追い続けるようになった。
翌日、純喜は思い切って拓実に話しかけた。
「おはよう!拓実くんやんな?俺、同じクラスになった河野純喜!」
「ぇ…ぁ、うん。お、おはよう…。」
拓実は小さな声で答え、どこか困ったように目を伏せていた。その反応に純喜は少し意外そうな顔をしたが、むしろ興味が増したように感じた。
「そんな顔してどうしたん?なんか困ったことがあったら言ってな!俺、頼りになるで!」
「う、うん…ありがとう…。」
それからというもの、純喜の猛アタックが始まった。朝の挨拶に始まり、休み時間ごとに話しかけ、昼休みには「一緒にご飯食べよう」と誘う。だが、拓実は人見知りが激しく、突然距離を詰めてくる純喜に戸惑いを隠せなかった。
「なんでそんなに話しかけてくるん…?」
「なんでって…そりゃ拓実くんと仲良くなりたいからに決まってるやん !」
まっすぐな答えに、拓実はますます困惑するばかりだった。
純喜の猛アタックは日を追うごとに激しさを増した。最初は朝の挨拶や昼休みの誘いだけだったが、今では放課後にまで声をかけてくる。
「拓実くん、今日一緒に帰らへん?」
「え…あ、でも…寄り道とかしないし。」
「いいやん、途中まででもええからさ。ちょっと話したいこともあんねん!」
断るのも気まずいし、かといって相手にするのも疲れる――そんな気持ちで拓実は曖昧に頷いた。純喜はその瞬間、嬉しそうに笑って「じゃあ行こ!」とリードしていく。
二人きりで帰る道。純喜が一方的に話し続け、拓実はたまに相槌を打つだけだったが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「そういえば、拓実くんって趣味とかあるん?」
「趣味…?あんまりないけど…カメラくらいかな。」
「へぇ、どんな写真撮るん?」
「空とか…まあ色々。」
拓実が初めて自分のことを話してくれたことに、純喜は内心ガッツポーズをしていた。
「そうなんや、俺もたまに空の写真とか撮るねん!見てみる?」
「え…それは、どっちでも…。」
少しずつ、ほんの少しずつ、拓実が純喜に心を開いているのを純喜は感じていた。そしてそれは、拓実自身も気付いていない小さな変化だった。
月日が流れ、季節は初夏に差し掛かろうとしていた。気づけば、純喜と拓実は周りから「仲がいいね」と言われるほどの友人関係を築いていた。拓実も以前ほど純喜の言動に困惑することはなく、少しずつ自然に接することができるようになっていた。
ある日の放課後、純喜がポツリと言った。
「拓実さ、最初に比べて全然冷たくなくなったよな。」
「冷たいって…別にそんなつもりじゃ…。」
「でも今は、俺と話してる時の拓実、すごくいい表情してるで。」
拓実は顔を赤らめて視線を逸らした。純喜の言葉がどこか真剣で、ふざけているようには聞こえなかったからだ。
それからも、純喜は変わらず拓実に寄り添い続けた。時には一緒に笑い、時には静かに寄り添うだけの日々。それが、拓実にとって心地よいものに変わりつつあるのを感じていた。
夏の終わり、夕焼けが校舎の窓を赤く染める頃。純喜は決意していた。
「今日、絶対に拓実に気持ちを伝える。」
放課後、部活で賑わう校内を抜けて拓実を探す。教室にいないかと覗くと、窓際の席で一人ぼうっとしている拓実の姿があった。
「拓実!」
突然声をかけられた拓実は驚いて顔を上げる。純喜はまっすぐに彼の前まで歩いてきて、真剣な目で見つめた。
「ちょっと話あるんやけど…ええ?」
「あ…うん。」
二人は屋上へ向かった。心地よい風が吹き抜ける空間に、拓実は少し緊張しながら立ち尽くす。純喜はそんな拓実の隣に立ち、しばらく何も言わずに景色を見つめていた。
「拓実、最初にお前を見たとき、すごく気になってん。」
「…うん。」
「それで、ずっと一緒にいたいって思うようになってん。毎日話して、拓実のことを知れば知るほど、もっと好きになってもうて。」
その言葉に拓実は息を呑んだ。純喜の表情はこれまで見たことがないほど真剣だった。
「俺、拓実が好きや。友達とかそういうのやなくて、恋愛として。本気で好きやねん。」
純喜の告白に、拓実は目を見開いた。そして、ぎこちなく視線を落とした。
「ごめん…俺には無理や。」
「……なんで?」
「……俺、男の人と付き合ったことあんねん。でも、その人に酷いことされて…信じられへんねん、誰かを。」
拓実は過去の記憶を思い出して苦しそうに顔を歪めた。それを見た純喜は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「…拓実がそんときどんな思いしたか俺には分からへん。でも、俺は絶対にそんなことせえへんよ。」
「…でも…また同じようなことになったら…。」
「無理やと思ったら、すぐに別れてええから。俺は絶対拓実のことをずっと大事にする。」
真剣な瞳でそう言い切る純喜に、拓実は戸惑いながらも少しずつ心が揺れていくのを感じていた。
「…考える時間、ちょうだい。」
「ええよ。でも、俺の気持ちは変わらへんから。」
そう言って、純喜は柔らかく微笑んだ。その笑顔に、拓実はこれまでの不安が少しだけ和らぐのを感じた。
拓実が純喜の告白を受けた数日後、二人はいつものように並んで帰り道を歩いていた。しかし、いつもと違ったのは、拓実の中で一つの結論が出ていたことだった。
「純喜くん。」
「ん?どうしたん?」
拓実が立ち止まり、小さな声で続けた。
「その…付き合ってみても、ええよ。」
一瞬、純喜は何を言われたのか理解できず、ぽかんとした表情を見せた。しかし次の瞬間、拓実の言葉の意味を理解し、目を輝かせた。
「ほんまに!?マジで!?拓実、ありがとう!」
「でも…無理だと思ったら、別れるから。」
「もちろんや!でも俺、拓実に無理なんてさせへんからその心配はいらんで!」
純喜の嬉しそうな顔を見て、拓実は少し照れくさそうに視線を逸らした。そして、二人は改めて一緒に歩き出した。
付き合い始めた二人、拓実は最初こそ不安が拭いきれなかった。純喜がどこかで裏切るのではないかという恐怖心が心の奥にずっとあったからだ。それでも、純喜の行動は拓実の不安を少しずつ溶かしていった。
純喜はどんなときも拓実を尊重した。無理に手を繋ごうともせず、拓実の気持ちを優先して接した。そんな純喜の態度に、拓実は少しずつ心を許していく自分を感じていた。
「純喜くんって、本当に変わってるよな。」
「え、なんで?」
「俺みたいなのにこんなに優しくする人、あんまおらへんで。」
「拓実が好きだからやで。それ以外に理由なんてあらへん。」
純喜はためらいもなくそう言い切る。その言葉に拓実は胸が少しだけ暖かくなるのを感じた。
ある日の放課後、純喜は拓実のためにお気に入りのカフェを提案した。
「たまにはどこか寄り道せえへん?俺、すごくええ場所知ってんねん!」
「寄り道すんの…めんどくさい。」
「まあまあ、一回だけやって!きっと拓実も気に入るから!」
半ば強引に連れて行かれたカフェは、静かで落ち着いた雰囲気だった。純喜は拓実の好きな苺 をたっぷり使ったスイーツを注文して
「これ、絶対拓実好きやと思ってん!」
と笑顔を見せた。その細やかな気遣いに、拓実は思わず心が和らいだ。
季節は秋から冬へと移り変わった。拓実の中で純喜への信頼は日に日に大きくなり、気づけば不安に押しつぶされるようなことも少なくなっていた。
純喜は相変わらず明るく、まっすぐで、そしてとても優しかった。その優しさが拓実にとっては心地よく、少しずつ純喜と過ごす時間が楽しみになっている自分に気づいていた。
ある日の放課後、二人は図書館で一緒に宿題をしていた。
拓実がふと顔を上げると、純喜が真剣な表情でノートを眺めている。普段の明るい表情とは少し違うその姿に、拓実は思わず見とれてしまった。
「…ん?どうしたん?」
突然顔を上げた純喜に声をかけられ、拓実は慌てて視線を逸らした。
「…別に、何でもない。」
「そっか。…拓実って、たまにじっと俺のこと見てるよな。」
「えっ!?」
「いや、別に悪いことじゃないねんで。なんか、そういうん嬉しいなって思っただけ。」
軽く笑う純喜に、拓実は言葉を失ってしまった。胸の中がくすぐったいような、不思議な感覚に包まれる。
その夜、布団に潜り込みながら、拓実はずっと純喜の言葉を思い出していた。
「俺、純喜くんのこと…好きになったんかな……。」
その思いが、はっきりと自覚に変わるまで時間はかからなかった。そして拓実は、次こそこの気持ちを伝えようと決意した。
翌日、放課後の帰り道。拓実はいつもと同じように純喜と並んで歩いていたが、心臓が早鐘のように鳴っているのを感じていた。
「純喜くん」
「なに?」
「その…ちょっと、話があるんやけど。」
純喜は立ち止まり、拓実をじっと見つめた。拓実は一度深呼吸をして、勇気を振り絞った。
「俺、純喜くんのことが好き。」
突然の告白に純喜は一瞬驚いた表情を見せたが、次の瞬間には満面の笑みを浮かべた。
「え、ほんま!?やばい、俺今世界で一番幸せかもしれん!」
「そんなに大げさに言わんくても…。」
「いや、大げさじゃないって!拓実から好きって言われるの、いつかなぁってずっと待ってた。」
純喜の無邪気な言葉に、拓実は自然と笑顔がこぼれた。そしてその瞬間、純喜が自分に注いできた「好き」が本当に温かいものであると、心から感じることができた。
拓実が純喜に「好き」と伝えたあの日から、二人の関係はさらに深まった。互いに気持ちを確認し合いながら過ごす日々は、それまで以上に穏やかで幸せなものだった。
純喜はこれまでと変わらず拓実にまっすぐな「好き」を伝え続け、拓実も少しずつ自分の気持ちを言葉にすることを覚え始めた。
冬休み直前のある日、純喜が突然言い出した。
「拓実、明日ってちょうど俺たちが付き合い始めて3か月の記念日やで」
「…そんなん覚えてたん?」
「もちろん!大事な日なんやから当たり前やろ!」
翌日、二人は街のイルミネーションが綺麗な場所に出かけた。夜空に輝く無数の光を見ながら、拓実はふと純喜に聞いた。
「純喜くんって、どうしてそこまで俺に優しくしてくれるん?」
「なんでって…いつも言ってるけど拓実が大事やから。ただそれだけ。」
純喜の答えはいつもシンプルで、まっすぐだ。それが拓実の心をさらに温かくする。
時は流れ、高校最後の日が訪れた。教室では写真を撮り合う声や笑い声が響き、卒業証書を手にした生徒たちが未来への期待を語り合っていた。
純喜と拓実も校庭で記念写真を撮ったあと、二人で校舎の屋上に向かった。あの日、純喜が初めて拓実に好きを伝えた場所だ。
「なんか、懐かしいな。ここで俺、拓実にフラれたんよな。」
「フラれたなんて言い方わる…。ちゃんと付き合えたんやからええやろ。」
二人はお互いに笑い合った。そして純喜が真剣な表情で言った。
「これからも、ずっと一緒やで。」
「…うん。よろしく、」
卒業後、二人は同じ大学へ進学した。新しい環境に戸惑うこともあったが、二人で一緒にいることでどんな困難も乗り越えることができた。
純喜は相変わらず拓実に「好き」を伝え続け、拓実も少しずつ自分の気持ちを表現するのが上手くなっていった。
そしてある日、大学のキャンパスの片隅で、拓実が小さな声で呟いた。
「俺…純喜くんのこと、ほんとに好きだよ。」
その言葉に純喜は驚いたような顔をし、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「拓実からの好きとかいつまで経っても慣れへんわ、いちばん嬉しい。」
二人は手を繋ぎながら、未来への道を歩き続けた。どんな困難が待っていても、二人なら乗り越えられる。そんな確信が胸の中にあった。