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「………なんか変ね…」
凶刃を避けながら、首をかしげて姉さんはボソッと呟いた。空を見上げ、目を見開いた。月の隙間。ポッカリ空いたその隙間から、誰かが姉さんを見下ろしている。
「っ!?」
ザシュシュシュシュ!!!!
何かを感じた姉さんは、手に持つ日本刀で二体の巨大な魔物を切り刻む。相手は何をされたか分からないまま屍と化した。魔物達を退け、戦いに勝利した僕達人類。それなのに姉さんからは、余裕が消え、緊張が体を覆っていた。
その違和感に気づいた僕も姉さんと同じように月を見上げた。
「なんだ…アレ」
側にいた一二三。望。六条院。その他の生徒も空を見上げた。
今も空に浮かんでいる人間(?)は、こちらを見ている。瞬きする一瞬で地上に降り立つと姉さんに向かってゆっくり歩き出した。ダメージジーンズに柄物のシャツを着ており人間かと思ったが、頭から小さな角が見え隠れしており、魔界の者だと分かった。
「いやぁ~お前強いな。ビックリしたわ」
「……あなた話せるの?」
驚きを隠しきれないのは、姉さんだけではない。最初に魔界のゲートが開いてから百年。今まで何万という魔物が地上に現れたが、一匹として人間の言葉を話せる魔物はいなかった。また姿形がこんなにも人間に酷似している存在も。
「そうやで~。覚えたんや、お前達の言葉をな。話せないのは不便やからなぁ」
下手な関西弁を話すこの男。先ほど姉さんに切られた魔物に触れるとマジックのように一瞬でその死骸は消えた。
「…………」
「あぁ、これか? これはな、コイツらを回収して後で調べるんや。体に残った情報すべてを分析する。その為にあっちに転送した」
「調べる?」
「そうそう。殺られ方を調べて、お前達の対策をする。だからな、もっともっと強い魔物が来るからお前らも覚悟しとけって話。次は負けへんで~」
笑いながら、珍しそうにビルの看板を見ている。指で文字を空中に書いていた。
学習しているのか?
「あなたは、何の為に来たの?」
「これは、ただの興味や。人間に関心がある。って言っても上の許可なしで俺の独断やから、この事はシィ~~やで」
完全に油断している魔物にこれ以上ないタイミングで日本刀を振り下ろす姉さん。
ガッ!!
その日本刀を親指と人差し指、二本で掴むと姉さんに向き直る。
「やめとき~。今のお前じゃあ、俺の相手にはならん」
魔物の男。その凍てつくような眼光。凄まじい殺気。遠く離れた僕達にまでその殺気が届くと、生徒の大半はこの場を離れ、走り去った。日中の姉さんの訓練の成果が、早速現れた。
【勝てない相手とは戦わない】
とにかく、逃げる。
姉さんの本当の実力は、こんなもんじゃない。まだまだ本気ではないはず。それは分かる。分かるけどさ……それでも姉さんと対峙しているこの男は、それ以上の何かを秘めていると分かる。実力は、未知数。
だから、僕は大切な者を守る為に。
「望……。早くこの場を去れ。一二三も」
ガッ!
ガガッ!
「痛っ!!? うえぇ? な、なんで」
望と一二三。二人に頭を交互に殴られた。
「一人で何カッコつけてんだ、お前は。未来の奥さん。ピンチの夕月さんを残して逃げれるワケねぇだろうが!!」
お、奥さん? どうか聞き間違いであってくれ。
「弱い天馬が一人で何出来るのよ。今のアイツ、見たでしょ? 人類にとって未知の脅威。足手まといの私達は、夕月さんの邪魔でしかない。早く、行くよ!」
左手を引っ張る望。
「身内を見捨てるのか? 失望しかないよ、腑抜けたお前には」
右手を引っ張りながら、僕を非難する一二三。ってか、お前。足がめっちゃ震えてるぞ。
「さっさと逃げるよ!」
「この卑怯者!」
「もうっ、どうすりゃいいんだよ!!!」
両手を違う方向に引っ張られている僕を見て、腹を抱えて笑っている六条院。
パキッ!!
その音で三人が振り返ると、日本刀を折られた姉さんがその首を魔物に掴まれていた。
「女……お前、本気じゃないんだろ? 折れたその刀で俺と戦うつもりか?」
「さぁ、どうかしらね」
怪しく微笑む姉さん。
一番早く動いた一二三。呼吸を止め、足音も完全に消し、サイレントムーブ。
魔物の背後に移動すると落ちていた日本刀の先端で男を刺した。
「大丈夫ですか? 夕月さん。俺が来たからにはもう大丈ブッ!」
喋り途中、その怪力で一二三を投げ飛ばす望。星になった一二三。望は、そのまま高速移動して、相手から距離をとった。
「あらら。一二三君。栗谷さんも」
「だから俺は、戦いに来たワケじゃないんだって! 話聞いてた?」
溜め息を吐きながら、背中に刺さった刃を抜く魔物。
「でも、お前達がその気なら仕方あらへん。ヤるしかないなぁ」
再び殺気が漏れた魔物。僕は、持参していたサングラスをかけた。
とりあえず、姉さんの首を掴んでいた憎たらしい相手の手をひねりあげた。
「天ちゃんもいたの? もうっ! あなた達は、まとめて後でお説教ね」
僕を見つめる魔物。品定めするような目線。
「へぇーー。これは、なかなか……。今回の一番の収穫かもなぁ」
魔物の男は嬉しそうに呟くと、手を振りほどき、高く飛翔した。
「近い内にまた来るから。ほな、さいなら~」
男と共に魔界のゲートは閉じた。何事もなかったかのように穏やかな夜が戻ってきた。