忘却管理局
今日も、無機質な白い部屋で、私は他人の記憶を処理している——まるで、感情を切り離したロボットのように。
「次は…ケース番号7743。『交通事故の目撃記憶』、申請者:匿名」
モニターに映し出された記憶データにアクセスする。雨が降りしきる交差点、ブレーキの悲鳴、そして鮮やかな赤——ああ、心の奥が少しざわつく。だけど、私は「忘却プロトコル」を淡々と実行する。記憶の断片を分断し、希釈して、最終的には無意味なノイズに変えていく。これが私の仕事。人々が忘れたがる記憶を、合法的に消去する仕事なのだ。
この管理局が設立されたのは十年前。過剰な情報とトラウマに悩まされる社会で、「選択的忘却」は基本的人権の一つとなった。私たち職員は「記憶の葬儀屋」と呼ばれ、感謝されながらも、心の底では軽蔑されているのを感じる。
「新人、調子はどうだ?」
背後から上司の佐久間が声をかけてくる。五十代の痩せた男、二十年もこの場所にいる。
「問題ありません。今日のノルマはあと三件です」
「そうか。君は適性があるな。感情移入しないで処理できる。それがこの仕事で長くやっていくコツだ」
彼は去っていく。確かに、私は適性があった。他人の悲しみや後悔を覗き見ても、心が揺らぐことはほとんどない。ただのデータ処理だ——そう自分に言い聞かせてきた。
深夜、業務が終わり、データベースのバックアップを実行している時、偶然、アクセス権限のない隠しフォルダを見つけてしまった。好奇心——この仕事で最も戒められる感情——が頭をもたげる。
パスワードを突破するのに一時間かかった。中には、単一の個人IDに紐づけられた膨大な記憶ファイルが保存されていた。ファイル名には日付と「バックアップ:オリジナル」のラベル。そして個人IDは、私のものだった。
冷たい汗が背中を伝う。私は自分の記憶を預けた覚えはない。ましてや、こんなに大量に。
最初のファイルを開く。日付は七年前の三月十五日。画面に映し出されたのは、大学の研究室だ。私は——少し違う。今の私より若く、目に輝きがある。白衣を着て、何人かの同僚と熱心に議論している。「この発見が認められれば、記憶科学は新しい段階に入る。忘却はもはや消去ではなく、編集可能な——」
映像はそこで途切れる。次のファイル。日付はそれから三ヶ月後。同じ研究室だが、様子が一変している。機材が散乱し、「私」は憔悴しきって壁にもたれている。目は虚ろだ。
「全部間違っていた…あれは発見じゃない。危険だ…あまりに危険すぎる…」
声には恐怖が滲んでいる。
ファイルを次々と開いていく。記憶の中の「私」は、何かを恐れ、逃避し、最後には——管理局の前に立っている。申請用紙に署名する「私」。そして、管理局の内部室で、上司の佐久間と話す「私」——ああ、何が起こったのか…






