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宿の部屋に戻ると、まず鍵を二重にかけた。窓を確認し、カーテンを閉める。
追われてはいない。そう判断しても、胸の奥のざわつきは消えなかった。
あの男、気づくのが早すぎる。
蜘蛛ではない。
けれど、蜘蛛の周囲にいる人間を探している。
このまま黙って進めるのは悪手だ。
そう結論づけて、ベッドに腰を下ろし、携帯を取り出した。
迷いはなかった。
通話ボタンを押す。
二度目のコールで繋がる。
クロロ「……嗚呼」
(クロロの声。落ち着いていて優しい声色だったそれだけで 張り詰めていた神経がわずかに緩む)
「ヨークシンに着いたよ」
クロロ「聞いている」
「見せ物小屋の男に接触された」
(沈黙。
だが、切られない。)
「尾行は完璧だった。それでも最初から気づいてた」
クロロ「能力者か」
「分からない。情報がなさすぎる」
クロロ「……厄介だな」
(その一言が重く落ちた。)
「私が雇われてることまで踏み込んできた」
クロロ「どこまで話した」
「何も。逃げた」
クロロ「正解だ」
(即答だった。)
「夜八時に外に出るらしい」
クロロ「自分から言ったのか」
「うん。向こうから」
クロロ「罠だ」
「だよね」
(通話の向こうで、何かを考えている気配がする。)
クロロ「その時間には近づくな、 でも情報は取れる お前が餌になる」
冷たい言葉。
だが、突き放す温度ではなかった。
「ねえ、クロロ」
クロロ「何だ」
「もし私が捕まったら」
(一瞬、言葉を選ぶ。)
「……本当に、無かった存在にする?」
(沈黙。 今までで一番、長い。 切られない。)
クロロ「俺の指示に従え」
「それ、答え?」
クロロ「無事に戻れ」
「……了解」
それで通話は終わった。
暗くなった画面を、しばらく見つめる。
無事に戻れ、か。
優しいとは言わない。
でも、駒に向ける言葉でもない。
そう思ってしまった自分に、少しだけ苦笑する。
ヨークシンの夜は静かで、
そして、まだ終わっていなかった。