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この街には、止まない雨が降る「空白の季節」がある。
カレンダーにはない、梅雨と夏の狭間の数日間。その間だけ、死んだ人間がこの世に形を留めていられるという。
みことは、古いフィルムカメラを首に下げ、土砂降りの廃校の屋上に立っていた。
そこに、水溜りを跳ねる音もなく、一人の少年が現れる。
「……また来たのかよ、みこと」
透き通るような肌をした、なつだった。
なつは一年前の夏、この屋上から転落して死んだ。
みことはそれ以来、なつの姿をファインダー越しに追い続けている。
「俺、なっちゃんの笑った顔、まだちゃんと撮れてないんだ」
「欲張りだな。俺はもう、この世にいないっていうのに」
みことがシャッターを切る。けれど、現像された写真に写るのは、いつも誰もいない錆びついた手すりだけ。
なつは、みことの目にしか映らない「光の残像」だった。
「なっちゃん、俺さ。なっちゃんのこと、友達だと思ったこと一度もないんよ」
雨音が強くなる中、みことは独り言のように呟いた。
なつは少しだけ目を見開いて、それから困ったように笑う。
「知ってるよ。俺も、みことに対しては、そんな綺麗な感情ばっかりじゃなかった」
二人の間にあるのは、友情と呼ぶには重く、愛と呼ぶにはあまりに鋭い執着だった。
なつが生きている間、二人は一度もその想いに名前をつけなかった。言葉にすれば、この危うい関係が壊れてしまうと分かっていたから。
「なぁ、みこと。俺のこと、もう忘れていいんだぞ」
「嫌だね。俺の人生、なっちゃんを追いかけるために使い果たしたって構わない」
雨が上がり、雲の隙間から夏至の強い光が差し込んできた。
「空白の季節」が終わる合図だ。
なつの輪郭が、強い光に溶けるようにして淡くなっていく。
「みこと、最後に一枚だけ。俺を、撮ってくれよ」
なつが、今まで一度も見せたことのないような、泣きそうな顔で微笑んだ。
みことは震える指でシャッターを切る。
その瞬間、指先に触れたのは、冷たい雨の感触ではなく、なつの温かな体温だった気がした。
数日後、みことは現像上がりの封筒を開けた。
中には、相変わらず誰も写っていない、ガランとした屋上の写真ばかり。
けれど、最後の一枚。
逆光の中に、ほんの少しだけ、青い紫陽花の花びらが舞っているような、不思議な光の粒が写り込んでいた。
「……ばかだな、なっちゃん。こんなに綺麗に写って」
みことは一人、誰もいない部屋で笑う。
俺の目には、今もまだ、ファインダー越しに笑うお前の姿が焼き付いて離れない。
外では、蝉が鳴き始めていた。
なつのいない、眩しすぎる夏が、またやってくる。