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『俺を諦めさせるための偽装交際が、二人の片想いを終わらせました』~m×r~
sideラウール
「はぁ……」
今日で何度目になるか分からないため息が無意識のうちに唇からこぼれ落ちた。
パソコンのモニターの右下に表示された時刻は定時をとうに過ぎている。
フロアに残っている社員の数もまばらになりキーボードを叩く音だけがやけに響く静かなオフィス。
普段なら仕事に集中できるこの静寂な時間が嫌いではない。
むしろ自分のペースで残務を片付けられるから好都合だとさえ思っていた。
けれど最近の俺にとってこの『退勤のタイミング』は一日のうちで最も憂鬱な時間へと変わってしまっていた。
原因は同じ職場の別部署にいる一人の男性社員だ。
名前は林という。
年齢は俺より二つ下で入社してきた当初は人懐っこい後輩という印象しかなかった。
仕事のことで何度か質問に答えたり合同の飲み会で少し話したりした程度の間柄だったはずなのだ。
それがいつからか彼の俺に対する態度は明確に『好意』へと変わっていた。
「ラウールさん、今日この後空いてますか?もしよかったら食事でも」
「ラウールさん、これ差し入れです。いつも遅くまでお疲れ様です」
「ラウールさん、休みの日は何してるんですか?今度映画でも観に行きませんか」
最初は単なる職場のコミュニケーションだと思っていた。
俺も波風を立てたくないし無下に扱うのも大人げないと思い適当に理由をつけてはかわしていた。
だが林のアピールは日を追うごとにエスカレートしていった。
俺がやんわりとしかしはっきりと「そういうつもりはない」「仕事仲間としてしか見ていない」と伝えても彼は全く意に介さないのだ。
『ラウールさん、俺本気ですから』
真っ直ぐな目でそう言われた時の背筋が粟立つような感覚を今でも覚えている。
俺は男だし林も男だ。
同性から好意を向けられること自体に偏見はない。
けれど俺には彼に応える気持ちは微塵もなかった。
何度も何度も断っているのに彼は諦めるどころかますます熱を帯びた視線を向けてくるようになった。最近では俺の残業が終わるのを見計らって会社のエントランス付近で待ち伏せされることすらある。
「……今日もいるんだろうな」
モニターの電源を落としデスクを片付けながら俺はまた小さくため息をついた。
カバンを手に取り重い足取りでエレベーターに向かう。
階数表示のランプが下へ下へと降りていくのを見つめながらどうか今日は彼がいませんようにと叶わないと分かっている願いを心の中で唱えた。
一階に到着し無機質な金属の扉が開く。
エントランスの広い空間には夜間警備のスタッフの姿しかないように見えた。
もしかして今日はもう帰ったのか?
ほんの少しだけ安堵の息を吐き足早に出口の自動ドアへ向かおうとしたその時だった。
「ラウールさん!」
柱の陰から待ち構えていたように林が姿を現した。
ビクッと肩が跳ねる。俺は引きつりそうになる頬を必死に抑え努めて平坦な声を出した。
「……林くん。まだ残ってたの?」
「はい!ラウールさんが降りてくるのを待ってました。今日も遅くまでお疲れ様です」
屈託のない笑顔。それが今の俺にはひどく重苦しいものに感じられた。
「待ってたって……俺、今日はもう疲れてるからこのまま真っ直ぐ帰るよ」
「分かってます。だから駅まで一緒に帰りましょう。少しでもラウールさんと話したくて」
一歩彼が距離を詰めてくる。俺は反射的に半歩後ずさった。
「林くん、あのさ。俺、前にも言ったと思うけど……」
「ラウールさん」
俺の言葉を遮るように林は真剣な表情になった。
「俺諦めませんから。ラウールさんが俺のことを今はそういう対象として見ていないのは分かってます。でも……」
林は俺の目を真っ直ぐに見据えはっきりとした口調で言った。
「恋人がいないならまだ可能性はありますよね?」
その言葉に俺は息を呑んだ。
恋人がいないなら。
その理屈で言えば確かに彼がアプローチを続ける権利はあるのかもしれない。
だが俺にとってはただの苦痛でしかないのだ。
「可能性とかそういう問題じゃなくて……俺は君と付き合う気はないって何度も……」
「今はですよね?俺、ラウールさんに振り向いてもらえるように頑張りますから。だからせめて駅まで……」
林が俺の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。
怖いと思った。彼の執着が俺のパーソナルスペースを強引に侵食してくる感覚。
逃げ場のないエントランスで俺はどうやってこの場を切り抜ければいいのか分からずただ体を強張らせた。
「……ラウール?」
その時不意に背後から聞き慣れた低い声が響いた。
振り返ると自動ドアの向こう側に見慣れた男が立っていた。
黒いロングコートに身を包み少しだけ首を傾げてこちらを見ている。
整った顔立ちと落ち着いた雰囲気。
「めめ……!」
俺の口から安堵とともにその名前がこぼれた。
めめ。俺の親友であり現在ルームシェアをしている同居人。
今日はたまたま近くで用事があったらしく「帰るタイミングが合えば一緒に帰ろう」と連絡をもらっていたのだ。
すっかり忘れていたがめめは俺の退勤時間に合わせて迎えに来てくれたらしい。
めめは自動ドアを抜けゆっくりとした足取りで俺たちの元へ近づいてきた。
その鋭い視線が俺と俺に手を伸ばしかけていた林を交互に射抜く。
「迎えに来たけど……取り込み中だった?」
めめの声は静かだったがどこか冷ややかな響きを帯びていた。
林は突然現れた長身の男に圧倒されたのか伸ばしかけた手を引っ込め警戒するようにめめを睨みつけた。
「……ラウールさんこの人は?」
「えっ、あ、えっと……」
俺は言葉に詰まった。
ここで「ただの同居人」だの「親友」だのと言えば林はまた「恋人じゃないなら」と食い下がってくるだろう。
この執拗なアプローチを断ち切るにはどうすればいい?
頭の中で警鐘が鳴り響く。
このままじゃいつまでも林に付きまとわれる。
何か決定的な理由がなければ。
恋人がいないなら可能性はある。
林のその言葉が脳裏をよぎった瞬間俺の体は勝手に動いていた。
俺はめめの隣に駆け寄りそのがっしりとした腕に両手でしがみついた。
「こ、この人……!」
めめが驚いたように目を丸くして俺を見下ろす。
俺はめめの顔を見上げすがるような視線を送ってから林に向かって叫んだ。
「この人、俺の彼氏だから!」
エントランスに俺の裏返った声が響き渡った。
静寂が落ちる。
林は目を見開き信じられないというように俺とめめを交互に見た。
「か、彼氏……?ラウールさん男と付き合ってるんですか……?」
「う、うん、そうなんだ!俺めめと……この人と付き合ってて一緒に住んでるんだ!」
心臓が早鐘のように打っている。
嘘だ。
とんでもない嘘をついてしまった。
めめは親友だ。
男同士でしかも同居人にこんな嘘の片棒を担がせるなんて。
めめが「は?何言ってんの?」と否定すればすべてが終わる。
俺はめめの腕を強く握りしめどうか話を合わせてくれと心の中で祈った。
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R-18『先に「シたい」と言ったら負け。恋人が彼シャツ姿で本気を出してきた』
本編とはひと味違う、特別な一篇。↓
「ラウール、いまそういう勝負じゃないでしょ。」
「うん?なんのこと?俺はただめめの髪触ってるだけだよ。」
小首を傾げて無邪気に微笑むラウールの瞳には明確な計算が潜んでいた。
どうすれば俺の理性が揺らぐかどうすれば俺からあの言葉を引き出せるか。
俺たちは互いに密着しながら頭の中ではフル回転で相手の出方を探り合っている。
これは単なるスキンシップではなく高度な心理戦だ。
俺は背中を撫でていた手を少しだけ横に滑らせラウールの脇腹のあたりに指を添えた。
「じゃあ俺もただ触ってるだけだから。」
「……っん」
「ラウール、ここ弱いよね?」
俺が脇腹を軽くくすぐるように指先を動かすとラウールの肩がビクッと跳ねた。
「ひゃっ、ちょっとめめ」
「なに?触っていいって言ったのはラウールでしょ?」
「くすぐったい、あはっやめ、そこはダメっ」
ラウールは身をよじって逃げようとするが俺の膝の上にいる状態では逃げ場がない。
俺はさらに指を動かしラウールの腰のくびれや脇腹を軽くこしょこしょとくすぐり始めた。
「あっははっ!めめストップ!本当にくすぐったい!」
「ストップって言うなら負けを認める?」
「認めるわけないでしょ!あははっ、んひゃっ!」
笑い声を上げながら俺の肩にすがりついてくるラウールが可愛くて俺もつい声に出して笑ってしまった。
張り詰めていた緊張感が少しだけ解け甘くて柔らかな空気が二人の間に広がる。
ラウールは涙目になりながら俺の手首を必死に掴んで止めようとしていた。
「めめ、ずるい!くすぐるのは反則だよ!」
「反則なんてルールなかったでしょ?ほらまだまだいくよ。」
「ダメ、あははっ、ん、あ、ちょっ、そこ」
※最初から最後まで甘く、濃く、容赦なく。読み応えたっぷりのR-18作品となっております。
コメント
1件
うわあ、第1話からもうドキドキが止まらない……!ラウールが林くんの執着に追い詰められてる描写、すごくリアルで胸が痛かったです。そんな絶体絶命のところにめめが迎えに来るタイミング、完璧すぎる……!そして「彼氏だから!」って叫んじゃうラウールの必死さに思わず笑っちゃいました(いい意味で)。めめがどうリアクションするか、続きがめっちゃ気になります!最後のおまけR-18も甘々で、本編とのギャップにやられました…。続き読ませていただきます!