コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
オイルマッサージをするような手つきと似ていて、左の手のひら全体に微かなくすぐったさと余韻を残す爪先の感覚。手から肺に芽吹く、静かな圧迫感に似たモノに侵食されていく。手の細かな窪み、シワ、指の根元も全て触れられる。
ジャーニーさんの指が艶やかに動く度に、ジャーニーさんが身にまとっている香水の匂いも揺れ動く。薄くラベンダーと、線香に少し似ている独特の香りにスパイシーさも混ざって、香る度に私の心を確かに惹き付けて忘れさせなくさせる。追いかける度にするりと通り抜け、こちらが遠のけば逆に近付いてくる。魅惑の匂い。
それはここの喫茶店に染み付いたコーヒーよりも色濃く、強く私の頭を刺激していく。大好きなはずのコーヒーよりも、ずっとずっとこっちの匂いの方が飛びついてしまいそう。
だから、なのか。それともなおのこと、なのか。香りと身体の一部が絡み合っている事に、決して許されない大罪に手を染めている気分に錯覚する。同時に、好きな音楽を夢中に浸って現実を忘れ去っていく、あのトランス状態にも似た感覚にも陥る。
拇印を押す時のそれと同じ手の形で、親指からその根元にかけてゆっくりとなぞられる。ぞりぞり。と擬音が聞こえそうなほど刺激が走って思わず声が漏れ出そうになるのを耐えて、何とか空気を口の端から出たところまで抑えた。
同じ動きを隣の指に。人差し指も先端から、そのまま真っ直ぐ真下へと。手の根にジャーニーさんの指が近くなるごとに、背中あたりがむず痒くなる。これを、あと何回繰り返すのか。そんな単純なこともすぐにパッと出てこない。
これでは、脳のリソースを全て手の感覚に。ジャーニーさんの手を少しでも記憶に刻む為に割いてるようなものじゃないのか。そう思案した途端、一気に過敏になって右手を口元へ持っていき隠した。声を出したくないのもあるけど、一番はどんな情けない顔をしているのか分からない己の顔を一部分だけでも晒したくなかったから。
いきなり私が動いたからジャーニーさんは驚いてないだろうかと思ったけど、ジャーニーさんの顔は見れなかった。正確には、私の目が見ようともしなかった。視線を注ぐ先はジャーニーさんの手が私に交わる場所のみ。視覚情報も相まって、更に私の感度は上昇する。
中指。人差し指よりも3倍ゾクゾクして、くすぐったいような絶妙な速度で手首へと進んでいく。ジャーニーさんの親指が手のひらに落ちるほど、手の神経を剥き出しにさせられていくよう。なぞられ終えた場所が名残惜しそうに、親指の感触を何度も何度も主張している。
薬指。感度は変わらず、しかし焦れったさは熟成されつつある。吐息を手に吹きかけられていて、その息がずっとまとわりついて離れない幻覚さえも見えてきそうな。
“捕らわれている”
その一言に尽きるくらい、もうすっかり藻掻く意思さえも持てれずになすがまま。
小指。心臓と糸で繋がれているように、小指の先から根元まで撫でられる感覚がそっくりそのまま胸に伝わる。触られている所から種を植えられ、血流に乗って全身に行き渡らせられる。ジャーニーさんの指が、私に触れているだけで心拍の荒さは止まることを知らない。
左手の指全てをジャーニーさんの感触で上書きされきって、私はもう息も絶え絶えだった。ジャーニーさんの”手”によって皮膚という分厚い防御を容易く通り抜け、内に潜んでいた受容器官を引っ張り挙げられて、もう触られただけで顔が赤くなる身体にさせられていた。
手の甲を、指先だけで不規則に動かれている。ただの、それこそじゃれ合いにも等しいのに。息は狭く、喉元が痒くなる。もどかしいような、このままでいてほしいような不思議な感じ。
あぶくが、口から吐き出されていく。今この場に、酸素が段々と無くなって。ジャーニーさんの匂いと手だけ。それだけが満ちて。外の人の視線や雑踏が泡沫に変わり浮かんで見えない。
もう、私はジャーニーさんの掌中に収められている。爪先でも、微かな指の先端だけでも声を出してしまいそうで。かたかたと震えるだけにしか徹せれない。
手の甲に沿う血管を、骨を、悪戯に遊ばれている。いや、調教される。に近い。手のひらから、ジャーニーさんを覚えさせられて浸透していく。
手って、こんなに触られて身体が震えるものだったっけ?私がおかしいのかもしれない。でも、同時にジャーニーさんが特別なのかもしれない。分からないけれど、こんなにたくさん手を触られたのは初めてだ。
もっと、もっと指だけじゃなくて、全体で触れられたい。その小さな手で、征服するように私を包んでくれたら。
「随分と、」
研ぎ澄まされた感覚が牙を剥く。意識の外から脳を揺さぶられるジャーニーさんの声で止まっていた息は再び吹き返したけれど、今も触れられている手の皮膚がざわついている。
「震えている」
ジャーニーさんの目が、鏡となって私の姿を写す。顔を真っ赤にし、惚けた様子で何かをとても欲しているようだった。その癖、動かない。いや、動けないのか。主導権は、私の首に繋がる見えない紐の手綱を握る、手の持ち主がいるのだから。
「ああ、すみません」
あれ程熱く、じっくりと作り替えられていた私の手からジャーニーさんの手が離された。離されたそれに、強烈な物寂しさを感じて。ずぐんと心の臓をえぐる。
「あなたの手をつい触っていたようです」
表面は、ただ可憐に笑う少女のように見える。でも。今の私には、何か含みを入れた口角の上がり方で、こちらに何かを察せさせようとするような妖しい笑みだった。
そして、自分が無意識の内に呼吸を止めていたことに慌てて再び息を吹き返す。浅く繰り返し息を取り入れれば、すぐに周りの景色や喧騒が私の目に映るようになる。
喫茶店の中で、しかも窓際の席で私はなんて醜態を晒そうとしていたのか。そんな自問を自答する前に、無理やりにでも振り切ろうとして目線を下げた。