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〜第3幕〜ー『親友』ー
この声…あいつだ。
意を決して振り向くと、そこにいたのはやはり、相変わらず整ったスーツ姿の大森元貴だった。一見、以前と同じ柔らかな微笑みを浮かべているように見えるが、取材のときに見たそれとは決定的に違っていた。長い前髪から覗く目の奥が笑っておらず、どこまでも暗闇が続くかのようだった。
「…なんの用ですか。」
警戒を隠せずにそう返した俺に、大森はまるで称賛するような口ぶりで言った。
「感謝を伝えに。ありがとうございました。本当にあなたは『使える』記者だ。」
「…どういうことですか。」
全く何を言っているのかわからない。
「あなたが書いた記事。『真相』はすべて、僕、いや僕達が仕組んだものだったんです。」
額に冷や汗が伝った。だが、できる限り平静を装って問う。
「…と言いますと?」
「藤澤さん、あなたは様々な『違和感のピース』を拾い上げた。取材の時の僕の態度や、若井の動画の様子などですね。そしてそれらを組み合わせ、見事に『真相』という名のパズルを完成させてくださった。でもそれは、所詮こちら側で『用意したエンディング』に過ぎないんです。」
「…『用意した』…?」
「これは、僕とあなたが主演のドラマだ。脚本を書いたのは、僕と…若井滉斗。」
息を呑んだ。なぜあの男の名が今ここで…?
「…若井滉斗、だと…?」
「ええ。若井は最近、ネタに困っていたんですよ。だがそれと同時に、明確な構想を持っていた。『リアリティのあるもの』を書きたい、というね。だから僕が一つ、提案をしたんです。『じゃあ実際に人間の行動を観察してみない?』って。」
それってまさか…自分でもわかるくらいに震えた声を発した。
「…あなた方、まさか、」
「ええ。あなたにはその実験台になっていただきました。本当にありがとうございます。おかげで良い物語が書けそうだ。」
俺の推測は何もかも間違っていた。俺は「自分の推理で真相を暴いた」んじゃなくて、「彼らの誘導に従ってた」だけだったんだ。自分は当事者ではない、という大前提から違っていた。
真実を報道するはずの記者が、まんまと踊らされていた。
…完全なる、『敗北』。
「やはりジャーナリストですね。『違和感』を決して見逃さず、なおかつその察知までの時間が桁違いに短い。正直、僕も若井も驚いてるんですよ。ここまで思い通りの…僕らの『台本通り』の動きをしてくれるなんて。」
澄ました顔で語る大森。だが明らかに、声色が俺の知っているそれじゃない。愉悦に浸っている。
腸が煮えくり返るほどの怒りと、底知れない憎悪に襲われた。でもそれを必死に抑えこみ、飄々とした態度を装う。
「…いやぁ、まさかあなた方の掌の上だったとは…。お見事です。ですが一つ、疑問が。なぜ若井滉斗は、あなたのその狂ったとも取れる計画に乗ったのですか。」
大森は静かに笑った。だがその目はぞっとするほど真っ直ぐで、漆黒だった。
「流石藤澤さん。鋭いですね。…若井はね、僕に『支配されること』が好きなんですよ。」
「…は?」
「若井は、自分の人生が僕にどれだけ影響されているか、よく分かってるんだと思います。でも彼は、それを拒まなかった。むしろ、心地よく感じています。…僕としても、他人を操るの、面白いんですよ。」
「これはWin-Winの関係なんです。そんな若井が、僕の提案を断るわけないじゃないですか。」
…俺は。俺は若井滉斗を救おうとしたんだ。だけどその俺の良心すらも…彼らに利用されていた。
俺は、無理やり笑顔を作って言った。
「…俺は本当に『使える』記者だったわけだ。お役に立てて光栄です。」
「あはっ、ふふっ」
大森は笑った。高らかに。やはり『舞台裏』の人間は余裕が違う。俺のこの態度が、必死に本心を隠した姿だってことぐらい、とっくに分かっているんだろう。
でもこの表情…どこかで見たことがある。あぁ、あの時か。取材のとき、一瞬だけ口角が上がった時のカオだ。あの不敵な笑みは、藤澤涼架という記者、つまりはこのドラマの『出演者』が釣れたことの喜びからだったのか。
そしてこの笑いは、俺が『敗北』を認めたことに対する優越感からのもの。
「あははっ、その通りです。」
「皮肉なもんだ。藤澤さん、今のあなたこそ、あなたが…記者という人間が追い求める姿ですよ。その顔。とても良い。…これだからこの『ゲーム』はやめられない。」
俺は、その場に立ち尽くすしかなかった。
なんでこいつは、こんなにも人の気持ちを踏みにじれるんだ。しかも二人して…。親友なら止めるものじゃないのか。
「…あなた方は、親友ではなかったのですか。こんな狂った計画をして…」
彼は迷う仕草も見せず答えた。
「もちろん、『親友』ですよ。」
でもその瞳は、どこか退屈さを帯びていた。
「…飽きるまでは、ね。」
コメント
7件
初コメ失礼します…!一気読みさせて頂きました!!文章構成とか語彙力などが圧巻で心奪われました…😭✨️❤️さんの手の上で踊らされてる感?がとても最高で…!!フォロー失礼します!
まさかの3話公開!流石早すぎる!うっわ〜〜〜〜‼️わっ、わーー!!やばい面白すぎる。手のひらの上だったんだ...しかも💙さんと❤さんが仕組んだ...💙さんは支配されるのが好きで❤さんは他人を操るのが好き...WinWin...🫶そういう関係大好き!この小説誰か描いてーー!!!そして最後の「飽きるまでは...ね」ってとこぉ!!!なによ!飽きたらどうなっちゃうのよ!次回もめっちゃ気になります!!