秋の風が、明らかに冬の埃っぽい匂いを含んでいる。
枯れた葉が、冷たい風に舞う。
高速の入り口。その脇にある駐車場の車の中で、眞美はコンビニで買ったカフェオレのストローを噛んでいた。
あれから何日間も、何回も何回も、水族館の中止をお願いしたが、綾瀬はとうとう首を縦に振らなかった。
それどころか、
「栗山さんが来るまで、ずっと駐車場で待ってますから」
と冗談とは思えない真剣な表情で言い、
「お詫びにディナーでも奢らせてくださいよ。水族館のそばに有名な創作料理の店があるんです。俺も行ってみたかったんで」
と微笑み、
「そこの予約も済ませてあるんで」
と退路を断った。
(まあいいや。何か嫌なことがあったら、車を降りて帰ればいいだけだし。いい大人なんだから、電車でも新幹線でもバスでもタクシーでも帰れるんだから)
眞美が乗るTOYODAの軽自動車の隣に、近年よく見る、コンパクトなくせに生意気に3ナンバーの外車が停まる。
(こんなに広い駐車場なんだから、隣に停めることないのに)
軽く睨むと、左側の窓が開いた。
「な――――!」
慌ててハンドバックと紙袋を手繰り寄せ、車を出る。
「それ、あんたの?」
ドアを開けて出てきた綾瀬を見上げる。
「社員はTOYODA自動車の車に乗らなきゃいけないのよ?」
「知ってますよ、そんなん」
綾瀬は笑った。
「だから通勤用にもう一台もってますよ。ハイブリッドのやつ」
言いながら爽やかに笑っている。
(もう一台って…)
改めてその外車を見つめる。
曲線を重視したまるでカブトムシのような独特なスタイル。無駄に目立つ黒光りするフォルム。
「ーーーこれで行くの?」
「栗山さんの軽自動車でもいいですよ?」
さらりと言ってのける。
(軽で高速?二人乗せて?無謀でしょ…)
「———いや、いいわ」
眞美は諦めて、綾瀬がエスコートするまま、右側の助手席に回り込む。
「左ハンドルの車って変な感じ」
「すぐ慣れますよ」
綾瀬が微笑む。
「栗山さん、私服も素敵ですね」
その言葉につられて綾瀬の私服も見る。
白いシャツにチェックのネクタイ。黒のベストに赤いベルト。足首までのベージュのスラックスに、高そうなスニーカー。
その姿は本当にファッション誌から飛び出してきたようだった。
「ーーー嫌味?」
「まさか」
綾瀬が笑う。
「じゃあ、出発しますねー」
その手が、太いハンドルを掴む。
眞美はチェックのチュニックを、両手でぎゅっと握りしめた。
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