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ある日の朝。ムツキは【テレポーテーション】を使っていた。理由は女の子たちが実家に用事があるとのことで、一斉に帰省をすることになったためである。
彼は前の世界のイメージで誰かの帰省についていこうかとも思ったが、そのような習慣がこの世界にはないとのことで、全員から丁寧に断られていた。
実際は、女の子たちが喧嘩にならないように、お互いに彼を連れて行かないという約束を取り交わしている。
「ここでいいのか?」
ムツキが最初に送ったのはナジュミネだった。しかもかなり朝早くの村の外である。
「ありがとう、旦那様。実はお母さん曰く、お父さんが今度旦那様と会ったらしたいことがあると言ってきかないらしくてな……」
「ん? いいじゃないか? なんか問題あるのか?」
ムツキは少し気まずそうなナジュミネを気に掛ける。
「それが……最近また強めに鍛え始めたらしく……旦那様と漢と漢の拳の語らいをしたいということらしい」
ナジュ父は村のしきたりでムツキと相撲を取って負けた後、日課の鍛練の強度を上げることにしたようだ。
しきたりの相撲に負けること自体は、ある種のパフォーマンスも兼ねているので、それが問題なのではない。ただし、ムツキがあまりにも強かったので、ナジュ父の鬼としての戦闘意欲が増大したようだ。
「お義父さんなら普通に俺のことを殴れるかもしれないな……。俺には近接攻撃の無効化があるはずなんだが……」
ムツキは負けることがないと思いつつもナジュ父なら全てを度外視にしてやってのけそうな不思議な迫力を感じていた。
「ふふん。お父さんは旦那様やユウの次に強いだろうからな!」
「ナジュって本当にお父さんっ娘だよな」
ムツキは思わず笑った。ナジュミネは両親の話になるととても機嫌が良く、いつでもニコニコとしながら、小さい頃の話などを彼にしている。彼から見ると、彼女は相当のお父さんっ娘だ。
「む。尊敬できる人を尊敬しているだけだ。旦那様もそうだし、お父さんも、プロミネンスもそうだ。ただ、旦那様もプロミネンスもスケベなところがあるからな……お父さんよりは尊敬度が下がるな」
「そうか……スケベはポイントが下がるのか……」
ムツキは少しだけ悔しい気持ちになるも、ナジュミネが父親を慕っていることは喜ばしいことで、自分がそこにムキになるのも大人げないと思った。
「あとは夜に酒の飲み比べもしたいとのことだ」
「あはは……それは負ける気しかしないな。……ナジュミネは飲むなよ?」
ムツキはナジュミネの酒癖の悪さを知っているので、先に釘を刺しておいた。
「委細承知した。飲め、ということだな?」
「いや、前振りじゃなくて、本心から飲むなと思っているんだが……。メイリだろ、それ、絶対」
「承知した。旦那様の許可がない限り飲まない。あと、教えてくれたのはユウだ」
「ユウか……」
ムツキは思わず頭を抱える。悪戯好きのユウとメイリの出会いは彼にとって中々ハードだった。
「婿殿、おはよう」
2人が話しているところに突如、大きな影が現れた。
ナジュ父である。彼はムツキを遥かに超える大柄の男で、鬼とはこうあるべきと言わんばかりに肌の色が赤く、額には立派な2本の角が生えていた。しっかりと彼の顔を見ると、顔のパーツは男らしく、かつ、かなり厳つい感じで整っている。
彼は作務衣に草履、頭に手拭いという和装スタイルで登場した。
「お義父さん! おはようございます!」
「お、お父さん! わら……私たちに気配を悟られずに、巨躯で背後を取る……だと……」
ナジュミネは地元では一人称が私になる。妾は、魔王の頃に使い始めたので、故郷では使いにくいようだ。ナジュ父は2人の驚きを特に気にした様子もなく、ジッとムツキを見つめた後にゆっくりと口を開く。
「婿殿、時間はあるか?」
ムツキはナジュ父にお辞儀をしてからゆっくりと顔を上げる。
「すみません。まだこれから用事があって、俺はこのまま帰ろうかと思っています。お義父さんやお義母さんにロクに挨拶もできずにすみません」
ナジュ父はしばらく無言になる。ムツキの額に汗が滲み始めるころに、ナジュ父はゆっくりと首を縦に頷いた。
「そうか。……なら4日後はどうだ?」
「お父さんが珍しく妥協した上で食い下がっている!?」
ナジュミネは父親が初めて見せる光景に再び驚く。ナジュ父は普段、諦めるか、押し通すかの2択しかない。彼はムツキに無理をさせたくないと思いつつ、拳での語らいを諦めきれなかったようだ。
「え、4日後ですか? 俺なら構いませんが……」
「そうか。楽しみにしている」
ナジュ父は右手を出す。ムツキに握手を求めているようだった。
「は、はい!」
ムツキは右手を出し、ナジュ父と握手を交わした。
「それじゃ、旦那様」
「あぁ、また4日後に」
ムツキは、楽しそうにナジュ父に話しかけるナジュミネが見えなくなるまで見送ってから、【テレポーテーション】で家へと帰った。