今回は千夏の同テマコンテストに参加します!
今回は「赤い蝋燭と人魚」という新潟県の童話を下に書きました!
このお話は漁師と人魚のお話なんですけど、だいぶ変えて書きました!
本作はハッピーエンドなんですが、こちらはバットエンドとなっております。
・注意書き
1、本作とだいぶ内容が違います。
2、バットエンドです。
3、キュートアグレッション表現あり
4、青人魚×桃人間となります。
5、今回桃さんは漁師ではないです。
本編へどうぞ。
溺れるほどの甘味な世界へ。
波の匂いは、どうしてこうも胸の奥にひっかかるんだろう。
夕暮れの海岸に立った俺——ないこは、しゃがみ込んだ膝の間で小さな紙袋を抱えていた。
その中にはひとつだけ、淡い桃色の蝋燭が入っている。
誕生日でもない。記念日でもない。ただ、今日どうしても海に来たくなったから、衝動的に買っただけだ。
風が吹くたび、波がざぶん、と穏やかに寄せては返す。
海は、好きじゃない。
でも嫌いって言い切るほどの理由もない。
ただ、見つめていると胸がざわつく。呼吸の奥の、誰も触らない場所を掻きむしられてるような不快と寂しさ。
「……帰るか」
だれに向かうでもない声を吐いて立ち上がろうとした時だった。
——ちゃぽん。
波じゃない。明らかに“生き物が跳ねた”音がした。
俺は反射的に声のした方へ顔を向ける。
そこには、普通じゃありえない光景があった。
青」髪が、夕陽の下でゆらり揺れた。
海面ぎりぎり、岩場の影。
目が合った。
その瞳は海そのものだった。透明で、深くて、少し悲しげで、でも綺麗すぎて一瞬呼吸を忘れた。
そして、その姿を見て俺は思わず息を呑んだ。
人間の上半身に、下半身は……青白い鱗の尾びれ。
信じられないほどしなやかで、濡れた光をまき散らしている。
——人魚だ。
「……え?」
目が合ったまま固まると、その人魚は小さく瞬きをして、ほんの少し微笑んだ。
「やっと、気づいてくれたんか?」
声は柔らかく、どこか甘さを含んでいて、なのに関西弁で。
俺の知ってるどんな人の声より綺麗だった。
「えっ、しゃ……喋った……?」
「喋るで。なんや、びっくりしすぎやろ、君」
海面に肘をつきながら人魚がにこっと笑う。
やたら可愛いのに、尾びれが本物すぎて脳が追いつかない。
「……えっと、もしかして、俺……夢……?」
「夢ちゃう。ほんまもんや。うち、いふいうねん。けどあだ名はまろ。ほれ、もっと近う来ぃ」
まろ、と名乗った人魚は手招きする。
正直、警戒心が全力で鳴り響いていたはずなのに——
足は言うことを聞かなかった。
気がつけば、海に膝をついて覗き込んでいた。
まろは、海面から出した腕で顎を乗せるようにして俺を見上げている。
まつげが長い。肌が驚くほど白い。目が綺麗すぎる。
「……なんや、そんな警戒せんでええのに。食べへんよ?」
「いや、食われるかもって思ってる顔に見えた?」
「もぉ〜〜、君めっちゃ失礼やん……」
頬をぷくっと膨らませる仕草が妙に可愛い。
そんな反応を見ると、なんか拍子抜けして笑ってしまう。
「そっちこそ、なんで俺に話しかけてくるんだよ。人間なんて怖くないの?」
「怖いこともあるけど……君は違うんちゃうかなって」
やけに真っ直ぐな声音。
どき、と心臓が跳ねた。
「……初対面で何言ってんの」
「初対面のほうがわかることもあるんよ?」
「いやいやいや、意味わかんねえ」
苦笑しながら目をそらすと、まろは海面からそっと手を伸ばしてきた。
濡れた指先が俺の手の甲に触れる。
ひやり。
びっくりするほど冷たいのに、なぜか心はぎゅっと掴まれるような温度だった。
「君の名前、教えてや」
「……ないこ。俺は、ないこ」
「ないこ、ないこ……へへ、ええ名前やん」
繰り返して笑う顔が、眩しいほど綺麗だった。
その瞬間——じわりと胸の奥が熱くなる。
海は怖い。
でも、この人魚に触れられるのは、なぜか怖くなかった。
***
「それ、なん持ってきてたん?」
まろが指さしたのは、紙袋から少しはみ出た桃色の蝋燭だった。
「ああ……これ。なんとなく、買っただけ」
「綺麗やな。桃の蝋燭……?」
「うん。色が好きで」
「灯してみぃや? 風防げるとこ行けば消えへんで」
言われて、岩場のくぼみに蝋燭を置いた。
ライターで火をつけると、淡いピンクの光が小さく揺れた。
海の色と全然違う。
温かい。優しい。
その光を、まろは食い入るように見つめていた。
「すご……めっちゃ、綺麗やな……」
目を細める表情に、俺は言葉を失う。
「そんなん見せられたら……なんか、君のこと……もっと知りたなってまうやん」
「なんでそこで俺に繋がるんだよ……」
「灯りと同じ匂いするからや」
「は? 匂い……?」
「うち、人の“気配”とか“心の温度”とか、よぉわかるねん。君のん、なんか……あったかい。火と似てる」
そう言って近寄ってきた顔が、近すぎて息を呑む。
「近いっ……!」
「ええやん、ちょっとくらい。うち、久しぶりに陸のもんと喋れとんねん」
笑って、俺の頬に指を触れる。
その仕草ひとつで、心臓がうるさい。
なんなんだよ、この人——
なんでこんなに、簡単に人の心を揺さぶってくるんだよ。
そう思った瞬間だった。
ぎゅっ。
まろが俺の手を、両手で包むように握った。
「ないこ、君……なんで泣きそうなん?」
「っ……泣いてねえよ」
「嘘つくの、下手やなぁ……」
指が優しく触れてきて、俺の視界が揺れた。
自覚していなかった。目の奥がじんわり熱くなっていることなんて。
なんでだろう。
海は嫌いなのに。
知らない人魚なのに。
この瞬間だけは、どこにも行きたくなかった。
***
「君、明日も来てくれる?」
まろが海にゆっくりと沈みながら尋ねる。
「……明日?」
「会いたい。もっと喋りたいんよ。あかん?」
そんな顔で言われたら——断れるわけがない。
「……行くよ。来るから」
「ほんま? 絶対やで?」
「絶対、行く」
まろは嬉しそうに笑って、尾びれをひらひら揺らした。
「ほな、明日。うちは君を待ってるから」
水面に光の粒が散った。
白い手がひらりと振られ、まろの姿は海の底へ溶けていった。
……風の音だけが残る。
桃の蝋燭は、まだ小さく火を灯していた。
俺はその火を見つめながら、胸に手を当てる。
——変だ。
今日会ったばかりなのに。
なのにもう、明日が来るのが怖くなるくらい待ち遠しい。
胸の鼓動が、海よりうるさい。
知らなかった。
こんな気持ち、俺の中にまだ残ってたんだ。
蝋燭の火が、ふっと揺れた。
まるで、これが始まりで、そして終わりだと言わんばかりに。
俺は気づかない。
まろの瞳に宿っていた“狂おしいほどの愛しさ”の色を。
そしてそれが、どれほど危うい光を孕んでいるかなんて。
ーーーーーーーーーーーー
波がさらりと砂を舐める音で、俺は目を覚ました。
朝の光が眩しい。昨日の余韻がまだ胸に残っていて、そのせいで妙に起きてしまったのかもしれない。
海なんて好きじゃなかったはずなのに。
気がつけば、俺はまたあの浜辺に向かって歩いていた。
昨日買った桃色の蝋燭が、胸ポケットの中でかすかに揺れる。
今日は、もっと話したい。
もっと笑いたい。
もっと……知りたい。
そんな感情が、胸の奥で騒いでいる。
海が見え始めた瞬間、俺は知らず知らず足を速めた。
「まろ……」
声に出した途端、胸がじわりと熱くなる。
岩場に着いた時、海面がかすかにざわついた。
ちゃぽん。
昨日と同じ音。
その後に——昨日よりも少し急いだ気配で、白い腕が水面を割った。
「……ないこ!」
呼ばれた。
名前を呼ばれるだけで、こんなにも心臓が跳ねるなんて思ってなかった。
水から顔を出したまろが、全身で嬉しさを表すように尾びれをぱしゃんと揺らす。
「ほんまに来てくれたん? 待ってたんよ……ずっと、ずぅっと」
「来るって言ったろ」
「せやけど……夢やったらどうしようって、何回も思った」
まろは海面ぎりぎりまで乗り出してきて、俺の手を掴んだ。
濡れて冷たいはずなのに、その手は俺の心だけはしっかり温めてくる。
「会いたかった」
その言葉が、なぜか昨日よりも重い。
甘くて熱くて、ほんの少しだけ息苦しい。
「お前、昨日より……距離近いな」
「そらそうやろ。昨日会ったばっかやけど……もう、うち、君のこと……好きやねん」
「っ……急すぎんだろ」
「急でもええやん。愛おしいもんは愛おしいねん。止められへん」
その笑顔は昨日より濃かった。
嬉しそうで、少し寂しそうで、その奥で何かが燃えている。
胸がざわつく。
——怖くはない。でも、どこかしら不安が混ざるような熱。
***
「ほれ、昨日のん。もう一回灯してみぃ?」
まろが言ったので、俺は桃色の蝋燭を岩場に置き、火をつけた。
ゆらゆらと、小さな光が揺れた。
まろの目はその炎に吸い寄せられたように動かない。
「綺麗や……ほんまに、綺麗すぎる……」
ぽつりと落ちた声には、昨日にはなかった“飢え”みたいな色が混ざっていた。
「ないこ、今日の君……昨日より、もっとええ匂いする」
「匂いって……なんだよそれ」
「心の匂い。あったかい。やわらかい。誰にも触れさせたくないくらい……甘味で綺麗や」
まろがぐっと近寄る。
海面から上半身がほとんど出るくらい、必死に俺に近づいてくる。
俺の手首を掴んだ手に、昨日はなかった力がこもる。
「ちょ、まろ……?」
「離したくない。君のこと……もっと、もっと欲しい」
声が震えている。
まるで我慢が効かなくなりかけているみたいに。
嫌じゃない。
むしろ胸の奥が熱くて、溺れそうなくらい。
「まろ……好きだよ、俺も」
その瞬間だった。
ぐしゃっ。
腕に食い込むほど、まろの手の力が強まった。
「……ほんま?」
「あ、ああ……だからその、手、ちょっと痛——」
「ごめん、ごめん……! 嬉しすぎて……手ぇ震えてまう……」
でもその震えは、嬉しさだけじゃない。
“耐えてる”震えだ。
「うち、君のこと……かわいすぎて……どうしたらええかわからん」
尾びれがバシャバシャ揺れて海が波立つ。
「触れたい。抱きしめたい。噛みたい。壊したい。
でも壊したらあかん。手放したない。沈めたい。
……でも沈めたら君、息できひんやろ……」
まろは自分の頭を両手で押さえ、苦しそうに呼吸した。
「なんで……なんでこんなに愛おしいん……?
昨日はまだ我慢できたのに……今日はもう……あかん……」
目の奥が、獣みたいに光っていた。
——キュートアグレッション。
“愛しすぎて壊したくなる”衝動。
昨日、何となく気付いていた。
でも、ここまで強いとは思っていなかった。
「まろ、落ち着けって……!」
「落ち着けるわけないやん……!
好きすぎるんや……!」
まろが俺の肩を掴んで引っ張る。
海に落ちそうになるほど強い。
「海に……来て。もっと近う……もっと……」
「待て、まろ!」
「怖ないって! うちが守るから……!
君を誰にも渡さん……君を——」
ぐいっ。
腕を掴まれ、海へ引きずられる。
必死で踏ん張るが、岩が滑ってつんのめった。
「まろ、落ち着いて……! 俺は逃げないから! ちゃんとここに——」
「ほんま?」
まろの目が揺れた。
「逃げへんって、約束してくれる?」
「ああ。当たり前だろ」
返事をした瞬間、まろの表情がふわりと和らいだ。
そして、泣きそうな笑顔で俺の背中を抱きしめてきた。
「好きや……ないこ……
好きすぎて、胸が痛い……」
冷たさと温かさが混ざった腕が、俺を水辺から離さないように抱きしめてくる。
「君が帰ってしまうん……嫌や。
海の外に置いとくん……無理や。
今日君が帰ったら、明日また来る保証なんかない。
君はいつか、来なくなるかもしれへん……
そんなの……そんなの絶対いやや……」
必死な声。
涙が混ざって、海水と一緒に俺の首に落ちる。
「だったら——ちゃんと帰ってくるって約束するから」
「約束なんか……信じても、消える時は消えるんよ……!」
体をきつく抱きしめる力が増す。
「なあ、ないこ……
一緒に……海、来よ?」
「まろ……息できねぇよ」
「大丈夫……浅瀬まででええ。
ただ……離さへんでってだけ。
今日だけでいいから……今日だけ……」
震える声に、胸が締めつけられた。
俺もこのまま帰りたくなかった。
まろをこんな顔にさせたまま置いていくなんて、できない。
「わかったよ。……一緒に行く。浅瀬までなら」
「ほんま?」
ぱあ、と花が咲くような笑顔。
でもその笑顔の裏に……何かがひび割れているように見えた。
***
足首まで海に浸かった瞬間、まろは泣いたように笑った。
「ないこ……ないこぉ……」
まろの腕が俺の腰を抱き、頬が肩に押し付けられる。
「温かい……あったかすぎる……」
海水と涙と熱が混ざる。
俺の胸も熱でいっぱいになった。
「まろ……離れんなよ」
「離れへん。絶対離れへん。
もう……ずっと一緒や。
うちがずっと守る。
ずっと……深いとこまで……」
「……深いとこ?」
その言葉に気付いた瞬間だった。
ぎゅっ——
腰を抱く腕の力が、急激に強くなる。
「まろ……?」
「ごめん……ごめん……
ほんまごめん……
でももう無理や……もう離したくない……」
尾びれが大きく揺れる。
海が、俺の膝まで一気に深くなった。
「まろ! 待てって!!」
「いやや……帰さん……帰したら、君消えてまう……
来なくなるん、嫌や……
うちは君がほしい……全部ほしい……
壊しても……奪っても……このまま沈めても……絶対離さへん……!」
腕が、締めつける。
冷たい海が、腰まで迫る。
「やめろ! まろ!! 俺は——」
「好きなんや……!
好きすぎて狂いそうなんや……!
ごめんな……でも、うちな……
君と一緒に沈むんが、一番幸せやと思うんよ……」
尾びれが海を強く打ち——
海が一気に俺の胸元まで飲み込んだ。
「まろ!! まろ!! やだ、やだやだ! 沈むのは——!」
「大丈夫や……怖ない……
うちが抱いとく……苦しくても……すぐ楽になる……
君と一緒なら……どこでも天国や……」
まろの顔が、泣きながら笑っていた。
俺の胸にすがるその腕は震えているのに、離す気配だけはまったくない。
「ないこ……
一緒に沈も……
君の灯り……
海の底で……ずっと守ったる……俺も一緒に死ぬから」
海水が口に入る。
引きずられる。
呼吸ができない。
最後に見えたのは——岩場に置きっぱなしの、桃色の蝋燭。
風に揺れながら、ちいさな火がまだ灯っていて——
でも次の瞬間、波が寄せてきて、その火は静かに消えた。
光が完全に消えた時、俺の視界も同じように暗くなった。
——こうして、海はすべてを呑み込んだ。
コメント
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もとの物語を知らないけど...たぶん良い話なんだと思う...たぶん ...表現のしかたとかめっちゃ大好きだわ...