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事後
桃橙
ジェルは全身をシーツに沈め、 体の重みで
床に押しつぶされるように横たわっていた。
汗で髪が額に貼りつき、首筋や肩に
流れる感触がひやりと冷たい。
腰や腿の筋肉はまだ火照り、
軽く触れるだけで鈍い痛みが走る。
呼吸するたびに胸がひりつき、肺が重く、
空気を吸うごとに喉が焼けるように痛む。
「…んっ…、はぁ、はぁ……」
荒い吐息とともに肩が上下し、
シーツが湿った肌にまとわりつく。
普段なら不快で飛び起きたくなるはずの
感覚も、今は全く気にならない。
動く力すらなく、ただ息を
整えるのが精一杯だった。
隣を見ると、さとみも全身を投げ出し、
汗で濡れた髪が額や頬に貼りつき、
胸や肩の汗が光っている。
普段は軽口を叩く彼が、今はただ荒い呼吸を
繰り返しているだけで、その姿にジェルの胸はじんわりと温かくなる。
「だいぶ…やられたな……ぁ」
掠れた声で呟くと、隣からかすかに
笑い声が返ってくる。
「…お互い様……だろ……」
声は弱々しいが、微かに安心感を含んでいる。
ジェルは汗で湿った手を伸ばし、
隣のさとみを探す。
やがて指先がさとみの手に触れ、
二人の指が絡まる。
ぐったりした体の中に温もりがじんわりと
染み込み、疲労感が少し和らぐ。
「……生きてる証拠って感じやな」
「……あほか……」
短いやり取りだが、互いの存在を
確認するだけで胸がふっと軽くなる。
部屋は蒸し暑く、空気は重い。
それでも夜風が窓の隙間から入り、
火照った肌に触れるたびにひやりとして
呼吸が楽になる。
汗で濡れた髪が首筋に張りつき、
風が通るとぞくりとする。
ジェルは背中をシーツに押しつけたまま、
腰や腿の痛みを感じる。
けれどその痛みも、今は
二人で過ごした証のように思える。
「水、欲しいけど……」
「立てねぇ…無理だなぁ、」
かすれた声で笑いながら答え、
力なく 笑い合う二人。
疲労と幸福が混ざった独特の
心地よさがあった。
さとみがゆっくりと体を横向きにし、
額をジェルに寄せる。
「近ぇな……」
「嫌じゃねぇ」
小さく笑い、手をぎゅっと握る。
額の温もりと手の圧が、
全身のだるさを少しずつ和らげる。
呼吸が次第に落ち着き、
心臓の鼓動もゆっくりになる。
ジェルは指先でさとみの手をそっと握り返し、相手の体温を確かめる。
シーツの上で身体が触れ合うたびに、
背中や腰、腿に残る鈍痛や
筋肉のこわばりが意識される。
けれどそれも、互いの体が ここにある証拠だと思うと、不思議と愛おしい。
二人の間の空気は静かで、
微かな呼吸音と体の微振動だけが響く。
ジェルは目を閉じながら、
さとみの髪の香りを感じる。
汗と皮脂の混ざった匂いは生々しいけれど、
どこか懐かしく、胸の奥がくすぐられる。
さとみがかすかに動き、体勢を整える。
ジェルの肩に頭をもたれかけ、
胸の一部が背中に触れる。
「あったかいな……」
「……お前もな」
言葉にならないまま微笑みが返る。
指先を絡め、額を触れ合わせ、
肌が触れる距離にいることの安心感が、
だるさと倦怠感を柔らかく包む。
二人の心拍が少しずつ揃っていくのを
感じながら、ジェルは瞼が重くなり、
意識が薄れていくのを感じる。
汗で張りついた体がシーツに沈む。
胸の奥のだるさ、腰や腿の鈍痛、
背中の張りつきすべてを抱えながら、
眠気がじわじわと押し寄せる。
それでも互いの体温と手の温もりが、
幸せな余韻として体に染み込む。
「……おやすみ」
「…ん…おやすみ……」
夜風がカーテンを揺らす音だけが残り、
汗と熱の残滓に包まれた二人は、
ぐったりとしながら眠りに落ちていった。
体のだるさと疲労の底に沈み込みながらも、
確かに心は「幸せだ」と
感じる余韻を抱きしめて。