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第四話
仕事を終え、煌と共に本家へ戻った夜。静まり返った邸宅の廊下を歩きながら、私は無意識に自分の腕を抱きしめていた。煌は先を歩いていたが、すぐに立ち止まり、私に振り返る。
「まのん、今夜はもう休め」
その一言に頷き、私は自分の部屋へ向かおうとした。だが、煌の視線が私の肩に残っているような感覚がして、なぜか足が止まる。
「兄さん…」
その名を呼びかけたものの、言葉が続かない。煌は私の名前を静かに呼び返すと、そっと微笑んだ。その微笑みはいつものように穏やかで、私を包み込むような優しさがあった。
「まのん、お前は本当によくやっている。俺にとって、お前はかけがえのない存在だ」
その言葉がどれだけ私を支えてくれてきたかを思い知るたび、心が締めつけられる。私は兄のために「強く」なったつもりでいる。だけど、兄が本当に求めているのはこんな私ではないかもしれないと思うと、不安が胸を支配する。
「私も、兄さんの役に立ちたい。だから…」
「お前はもう十分に俺の支えだ。それ以上、自分を追い詰めるな」
煌は私の肩にそっと手を置き、目を見つめて言う。その温もりがどこか遠い存在のように感じられて、私はなぜか寂しさを覚えた。
「…ありがとう、兄さん」
言葉を返しながらも、心の奥底にはどうしようもない罪悪感がわだかまっていた。兄への愛情に嘘をつき続けている自分。そして、その嘘を兄がどこまで見抜いているのかさえもわからない自分。
部屋に戻った後、私は窓辺に腰を下ろして夜空を見上げた。煌に愛されている実感と、その愛に応えられない自分の矛盾が、心の中で複雑に絡み合っている。
「私が本当の気持ちを伝えられたら…兄さんはどう思うのかな」
夜風が静かにカーテンを揺らし、私はひとり、そんなことを呟いていた。