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郁不
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#ほのぼの
れんこん
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郁不
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忘れたんじゃない。
思い出せなくなっただけ。
そうやってずっと言い訳してきた。
思い出したくないなら忘れてしまえばいいのだ。
この身に残る貴方の痕跡を抹消して、ようやく俺は笑えるんだ。
好きだったの。
ずっとずっと大好きだった。
恋してた訳じゃない。
貴方が日常に組み込まれてしまう程度には、大切にしていただけ。
好きって、色んな意味があるから。
貴方に伝えるつもりはなかった。
綺麗なものほど、別れ際でさえ綺麗すぎて困ってしまう。
あの人も例外じゃなかった。
花が咲いた。
星が輝いた。
空が晴れた。
雲が流れた。
鳥が鳴いた。
変わらず月は笑っていた。
世界が進んでいく。
皆歩いていく。
俺も前を向く。
そうやって、空白を忘れた頃に。
また、貴方の夢を見る。
夜明けが訪れる。
眠れなかった人間にも、眠っていた人間にも平等に。
それを人は残酷だと言う。
帰れない可能性は重々承知だった。
月への片道切符。
皆、覚悟の上で飛び立った。
コハク、スタンリー、千空。
起きていた人類の中で、最も月探索に向いていた者達。
最後の宴では、皆上手く笑えないままだった。
石化して、また宇宙船が作れるようになって。
そしたら、いつか復活液持って助けに来い。って。
いかにも彼らしい合理的な考えだ。
宇宙から絶え間なく注ぐ紫外線に、どこまで石像が耐えられるのか。
ゲンには分からなかった。
あの月に、石になった貴方がいる。
どうせ秒数でも数えてるんだろ。
あの時と、同じように。
1…2…3…
石化してから、約5年ってとこか。
…5年。
地球に残してきた仲間の顔が浮かんだ。
探索王を名乗る駆け出しの科学屋。
7年かけて一人きりで復活液を作りあげた少女。
すこぶる耳の良い弓使い。
霊長類最強と謳われるゴリラ。
かつての自分の師匠。
頭の中に地球が入ってると思われている地理学者。
人を食ったような笑顔を絶やさない、黒白の青年。
自分より5年未来を生きている仲間達。
石化していれば静かなものだ。
何も見えず、何も聞こえず。
目の前に広がる宇宙すら感じない。
いつかまた、人類は宇宙船までたどり着く。
それまで救助を待つだけの身。
隣で石化している、金髪碧眼ゴリラと最強狙撃手も同じだ。
あと何年かかるかなんて、全くもって興味はない。
暗い脳内に人影が浮かんだ。
暇つぶし程度にそれを動かす。
想像力を鍛える機会だしな。
『千空ちゃんお久〜。相変わらずぶっきらぼうな顔してんね』
「うるせえな。普通の顔だ。そっちこそ、ちょっと老けたんじゃねえか」
『5年だよ?今高校生やってる…石化当時の千空ちゃんくらいの子がお酒飲めるようになっちゃう時間だよ?俺まだ20代だし〜』
「サバ読んでも無駄だぞ。計算勝負で勝てると思ってんなよ」
『ドイヒー!』
そう言って笑う顔を想像するのは容易かった。
声さえ鮮明に組み立てられた。
自分よりさらに年上になったアイツの顔を思い浮かべる。
20歳そこらの成人男性としては割とあどけない顔。
この5年で変わっただろうか。
千空は答え合わせを未来に託し、また秒数を数え始めた。
そろそろ10年が経つ。
あの頃の仲間は、皆残らず成人しただろう。
最年少だったのは誰だったか。
石神村の絵描きか、霊長類最強ゴリラの妹かのどちらかだったはず。
誰かしらは結婚して、子供産んだりしててもいい年月が経過していた。
宇宙船は、まだ完成しないようだ。
脳内でアイツが笑う。
『なぁに、千空ちゃん。寂しくなっちゃったぁ?大丈夫だよ、まだ俺が空いてるから』
「誰がてめえ所望したよ」
『っはは!相変わらず辛口だね〜♪』
アイツが実際結婚したのかどうかは知らない。
脳内の黒白男は、俺が知ってるアイツの情報から作った妄想に過ぎない。
ここ10年で人格がガラリと変わるような事件が起きてなきゃ、7割信憑性を持てるかどうかの精度。
「とっとと籍入れちまえよ」
『いやそれがなかなかチャンスがなくってさあ』
「やろうと思えばどうとでも出来んだろ、メンタリスト」
『技術乱用してまで添い遂げたい相手とかいる?』
「…テメー、絶対生涯独身だろ。未来見えたわ」
『千空ちゃんが見た未来か…全部合理的に進んだ時の未来そう』
「るせえ」
いつかまた地球に戻る。
千空が珍しく夢見た未来の一つ。
合理的主義の男が望んだ、数少ない未来。
夢見てみるのも悪かねえ。
そうやって笑って、千空はまた。
未来を見る。
果てしなく遠い、幸せな未来を。
…何年、経った?
83年。
もう誰も生きちゃいねえ。
『…助け、来ないねえ』
アイツが憂うように頬杖をつく。
ほんとのアイツは、もう。
「…あ゙?」
『宇宙船作んのにどんだけ時間かかんだって話』
「あ゙ー…そだな」
『千空ちゃんてば上の空』
「うるっせえ」
『んっふっふ。もうその『うるせえ』で12786回目だよ。20000回の時言えば良かったけど我慢できないから今言う』
「数えてんのかよ。暇人か?」
『暇人だよ〜。暇過ぎて死んじゃう』
「秒数でも数えりゃ良いじゃねえか」
『それ出来るの世界で千空ちゃんだけじゃない?』
「そうかもな」
もういないアイツを想像して、僅かな寂しさを埋めて。
真っ暗な視界を眺めながら秒数を数える。
『ひたすら秒数数えるのって、虚しくない?』
「ククク、俺を誰だと思ってやがる。3700年数えたんだぞ?83年くらい余裕だわ」
『でもさ。あん時は皆石化してたけど、今は…』
「あ゙ー、そっちか。問題ねえよ」
『…そう?ならいいんだけどねえ』
それ以上は、何も話さなかった。
『千空ちゃんなら、きっと出来るよ。…だから、生きて、帰って来て―――』
出発直前、言われた言葉。
あの時は理解する暇もなかった。
今でも、よく分からない。
アイツと交わした最後の言葉を、俺は飲み込めないままだった。
声を震わせて、鼻声で。
それでも笑ってそう言ったアイツは、強かった。
約束を、守れなかった。
いつか帰ると約束した。
約束を破り続けていることを、アイツに伝える術はない。
『千空ちゃん』
「あ゙?」
『俺ね、もう行かなきゃ』
「行くってどこに?」
『俺…死んだから。千空ちゃんにお別れ言いに来たんだよ』
「死んだ…?今か?」
『そう。俺、結構長生きしたんだよね』
「長生きしすぎだろテメー…」
『千空ちゃんのこと、待ってたんだぁ』
「…あ゙ぁ゙」
千空の声が掠れる。
『…宇宙船、もうすぐ出来るよ』
「そうか」
『なんか…ないの?泣くとかさあ…』
「泣くかよ。死ぬほど遅えが許容範囲だ」
『…君が救った世界に、君がいない。そんなの、あんまりだと思わない?』
「思わねえなァ。俺はヒーローじゃねえし」
『千空ちゃんが思わなくても、皆は思うんだよねぇ』
だから、とゲンが続ける。
『千空ちゃんのこと、皆待ってる。スイカちゃんとクロムちゃんなんて、頑張って頑張って…ちゃんと、科学者になったんだよ?』
「…」
『俺は先に行くけど、千空ちゃんはゆっくりして行ってね』
「…待てよ」
『ごめんねぇ、ほんとに時間がないんだ』
「テメーがいなきゃ…意味がねえ。どうにかして戻れねえのかメンタリスト」
『…死者は戻らない。これは千空ちゃんが1番知ってるはずだよ』
「…」
『じゃあ、元気で。ばいばい千空ちゃん。…また会おうね』
脳内に響くゲンの声がふっと消える。
妄想じゃなかった。
あれは、本物のゲンだった。
最後に別れを言いに来た。
相変わらず自分勝手だ。
…いや。
自分勝手なのは、どっちなんだろうな。
千空は複雑な気持ちのまま、暗い視界を見つめていた。
「千空!」
「…ん」
視界に、星の輝く宇宙。
宇宙船の中で目を覚ました。
外で宇宙服を着せて復活させるより遥かに効率が良い。
知らない顔だった。
誰かの子供か、宇宙に強い復活者か。
誰かの面影を探すように顔を観察する。
「…めっぽう長い間、眠っていた気がするな」
「一からまた宇宙船作るとか、やんじゃん。80年かかるとは聞いてなかったけどな」
コハクとスタンリーが向こうからやって来る。
「…さあ、帰ろうぜ」
宇宙船の窓越しの地球は、変わらず青く輝いていた。
幾年の時を経て、生身で土を踏む。
80年と少しが経った今。
かつての仲間はもういない。
クロムも、スイカも、司も羽京も龍水も。
皆土へ還った。
コハクが顔を覆う。
スタンリーがタバコに火をつける。
大気圏を透かして見る宇宙はくすんだ水色だった。
紺色の宝石箱のような空間はここから見えない。
白夜も、こんな気持ちだったのだろうか。
人類最後の6人、二度と戻れない宇宙を去った時、同じような気持ちだったのだろうか。
少なくとも、今の自分とは違う寂寥を抱いたのだろう。
千空は目を細めた。
無意識に自分の知っている声を待っていることに気づく。
軽い足音を。
耳障りのいい声を。
飄々とした態度を。
人を食ったような笑い方を。
計算しつくされた言葉選びと、それを脱いだ雑な相槌を。
狂うほどに思い焦がれたそのご相手は、もう。
もう少し、早けりゃ。
もっと具体的に宇宙船の作り方を教えていりゃ。
最後に一瞬でも見ることが叶ったかもしれない。
だからこそ、死ぬほどやるせない。
もう取り返しのつかないから。
とっくに抱えきれないほど大きくなった無力感を誰が鎮めてくれようか。
脳裏から離れないのは、あの時望んだ未来。
もう一度、前の日々へ帰りたかった。
よく知った仲間達のもとへ帰りたかった。
最愛の姉や、ずっと面倒を見てきた少女、その他大切な仲間に先立たれたコハクがついに崩れる。
もう埋められない。
折角地球へ帰ってきても、出迎えるかつての仲間はいない。
こんなに何かを呪ったのは、生まれて初めてだった。
冷たい冬にたった一人。
夜空を眺める。
月は大きく見えた。
手を伸ばし、いつか触れると宣言し、実際に触れた。
未来科学を手に入れた。
…仲間と、引き換えに。
片道切符以外の方法も、あるっちゃあった。
月との往復。
それは、かつての仲間全員をこき使っても手に入らないような、極上のチケットだった。
だからこそ、この方法は選ばなかった。
片道切符を選んだ。
いつか助けに来てもらう方法を選んだ。
こうなることも、分かっていたはずだった。
それでも、後悔なんてしないはずだった。
それなのに。
なんでこんなに虚しいのだろう。
隣にアイツがいてくれたなら、どれほど良かっただろう。
いつも通り笑い飛ばしてくれたら、どれほど嬉しかっただろう。
いっそ、バカだと言ってくれたら。
どれほど救われたでしょうね。
蕭条の冬。
春は、まだ来ない。
千空はたった一人、静かに星を眺めていた。