「……はァ?」
「ごめん、本当に」
不機嫌を隠さない悟に、必死で謝罪の言葉を述べる。
明日は久しぶりに悟とデートに行く予定だった。そのために悟が必死になって任務を早く終わらせて休みを取ってくれていたのも知っている。同じように私も、自分の任務は今日までに全部終わらせていた。
しかし明日のデートプランを2人で考えている時にかかってきた電話で告げられた、先輩術師が怪我をしたから代わりに私が任務に行かなければならなくなった、という報告。
「断ればよかったじゃん」
「明日はどうしても行けないって言ったんだよ?
でも先輩、前に私が怪我したときに任務代わってくれた人だから、あんまり強く言えなくて……」
以前、報告にない上級呪霊と対峙してしまって脚を負傷し、長い間任務に行けず他の術師の方に私の分まで負担してもらっていたことがあった。今回怪我をした先輩はその当時誰よりも私が開けた穴を埋めてくれた人だ。
悟とデートに行きたくないわけでは決してない。けれど先輩には以前大きな借りを作ってしまっている以上、今回の件で冷たく突き放すことも出来なかった。
言い淀む私に大きなため息をついた悟。恐る恐る様子を伺うように顔を見れば、冷たい目線を向けられていた。悟にそんな目をされたことが今までなかったから、体が強ばったのが自分でもわかる。
「ふーん?桜にとって僕とのデートはその程度なんだ」
いつもよりも低い声でそう呟き、怒っているのか私の愚かさに呆れているのか。自室に戻ろうとする悟を必死で追いかける。
悟が怒るのも無理はない。悟が必死になって取った休みを私が無駄にした。だから許してもらえるまで謝るしかない。
「待って悟、」
「もう話しかけんな、任務でもなんでも好きに行けば?」
このまま終わってしまってはいけない。悟と話をしなきゃいけない。今話さなければきっとズルズル引きずってしまうから。
部屋に入ろうとする悟を止めようと伸ばした手は無下限に阻まれ、触れることすら出来なかった。挙句伸ばした手は悟の手で振り払われた。はたき落とされた私の手は所在なくただブラブラとしている。
悟からの直接的な拒絶は初めてだった。悲しくて、どうすれば悟とちゃんと話ができるかも分からなくて、目に涙が溜まっていく。いやだ、こんなところで泣きたくないのに。私のせいで悟を怒らせたくせに、被害者ぶって泣いてめんどくさい女じゃないか。
「〜っ!!」
着ていたスウェットの裾を握りしめて涙を堪えようとするけれど、大粒の雫が頬を何度も伝っていった。スウェットの袖で何度拭っても涙は決壊したダムのように止まらない。一瞬でグレーの袖先が涙で色濃く染まった。
突然静かになった私に違和感を持ったのか、それともただ部屋の扉を閉めて私を遮断したかっただけなのか。扉の目の前で後ろを振り返った悟が私の姿を見て目を見開く。
慌てて駆け寄ってきた悟からは、さっきまで出ていたとてつもない怒りのオーラはなりを潜めていた。
「ごめん桜、イライラしたからってやっちゃいけない事だった」
ごめんね、桜の手はたいて、酷いこと言ってごめんね、と何度も繰り返しながら悟の手が涙を拭ってくれる。おそるおそる悟の手に手を伸ばせば今度は触れることができた。拒絶されなかった安堵に視界は益々涙で覆われる。
「、ふぇ、っ……さ、とる…!」
酷い嗚咽の合間に必死で名前を呼ぶ。ゆっくりと抱き上げられて、悟と同じ目線の高さになる。こつん、とおでこ同士がくっついた。涙でぼやけて目の前が見づらいけれど、悟の眉がしゅんと垂れ下がっているような気がする。
「ごめん、桜が悪いわけじゃないのに、八つ当たりした」
悟の首に手を回せば、私の体に回された手に力が籠った。鼻と鼻がちょん、と優しく触れ合う。
「……わたしね…ずっとね…デート、楽しみ、に、してたの…」
久々に休みを合わせて丸1日悟と一緒にいられることを、予定を決めた日からずっと楽しみにしていた。そのためなら面倒臭いし辛い任務だって早めに片付けられた。悟とお出かけするんだって、心の励みにしていた。
「さとると、行きた、い、ところ…いっぱい、考え、てた」
私たちはもう付き合いたてでもないのに、久々のデートに馬鹿みたいに浮かれて、日頃なら絶対買わない「人気のデートスポット特集」なんてものまで買って、たくさん付箋を貼って印をつけていた。
うん、うん、と相槌を打ちながら私の話をしっかりと聞いてくれていた悟。骨ばった指で目元を拭われ、ようやく視界が晴れる。悟の青い目が私を見据えていた。
「…僕、桜がデート楽しみにしてたの、知ってた」
桜がいっぱい印入れてる雑誌見て、桜も楽しみにしてくれてるんだなって思って嬉しかったの、と言われ、顔が熱を帯びる。まさか雑誌の存在がバレていたとは思わなかった。隠してたはずなのに。
「雑誌、知ってたの……?」
「桜の大事な物入れからはみ出してたから気になって、しまうついでに見ちゃった」
ちゃんとしまっておけばよかった……。確か読んでる最中に悟が帰って来て、慌てて片付けたことが1度あった気がする。おそらくその時だろう、見られたのだとすれば。
恥ずかしくて目を逸らそうとするけれど、桜、と名を呼ばれてしまえばそうもいかない。好きな人に名前を呼ばれて無視なんてできないのだ。
「桜の明日の任務は?」
「お昼に、近場で、1個だけ」
鼻をすすりながら言えば、「やりすぎると頭痛くなっちゃうからダメだよ」と鼻を悟のスウェットの袖で拭われる。鼻水が着いてしまうと拒否しても「僕は気にしないよ」と。私が気にするんだけど……。
なんてことないように悟は話を続ける。
「じゃあ任務まではおうちデートして、任務が終わったらデートしよう?僕が桜のこと送るし、迎えに行くから。
桜が行きたいところ、1つでも行けるなら一緒に行きたい」
「ダメ?」と首を傾げながら聞かれる。ダメなわけない。悟の首にしがみついて「デートしたい」と返事をすれば、優しく頭を撫でられる。
「僕のせいで桜に悲しい思いさせて泣かせちゃった。八つ当たりして、酷いことしてごめんね。桜も頑張ってるの分かってたのに。
今日悲しい思いさせた分、明日は僕に桜の楽しい思い出を作らせて?」
ん、と頷けば、さっきまで撫でられていた頭にキスをされる
「…さとる、明日、どこ行くか、決めよ……?」
「そうだね!桜がたくさん印付けた雑誌 見せてくれる?」
顔を合わせた悟が、ふわりと笑った。
コメント
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全部一気見したけど最高です👍