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「すまない、今日は帰りが遅くなるかもしれない」
「分かった。大丈夫だから、こっちのことは気にしないでね。気をつけて」
「桜も気をつけて行くんだよ」帰りが遅くなってしまうことを快く受け入れ、任務へ送り出してくれた彼女。それだけ言えば聞こえはいいが、実際にはそんな単純なものではない。最近、桜がどこか変わったように感じていた。
以前であれば、私の任務が長引いてしまい夕食の時間に間に合わなくなってしまったとき、桜は可愛らしく駄々をこねた。そんな桜が愛おしくて、帰ってからたくさん甘やかすのが私の楽しみのひとつでもあったのだが、最近は「大丈夫だよ」と一言。
こちらも仕事で遅くなってしまっているから、受け入れてくれるに越したことはないのだが、この桜の態度の変化には少し引っかかる部分があった。そしてもうひとつは、桜の私服の系統の変化。
元々はワンピースやシフォンスカートなどふわふわした形だったり、淡い色や花柄のデザインを好んで着ていた桜だが、最近は無地のシンプルな服だったり、スカートではなくパンツを履いたりしている。もちろん今の服が似合わない訳ではないのだが、かわいらしい服を着た桜を愛でることが出来ないのは残念でもあった。.
予定より早く終わった任務、今日は夕飯までかなり時間に余裕がありそうだ。報告書を出しに高専へ寄れば、どうやら私よりもひと足先に任務を終わらせたらしい桜の姿があった。私と同じく報告書を出しに来たのだろう。
ちょうどいい、なら今日は桜と寄り道でもして帰ろう。そう言えば駅前に新しく出来たカフェに行きたいと以前桜が言っていたから、今日はそこに行くのも良いかもしれない。そう思い声をかけようとしたとき、中から声が聞こえ、思わず身を引く。どうやら補助監督の女性と話をしているようだった。「桜さんファッションの系統変わりましたよね!今のシンプルでかっこいい系統の服も似合ってます!
でも、どうして急に雰囲気変えたんですか?」良くないとはわかっていつつも、補助監督が話していた内容は私も気になっていた話だったこともあり、つい聞き耳を立ててしまった。「あんまり子どもっぽいのは良くないかなって」
「ん〜、子どもっぽいとは感じませんでしたけどね」でも、どんな桜さんも素敵です!とグーサインを見せた補助監督に「ありがとう」と思わず笑顔を零す桜。そんな桜の姿を見て私は、桜の本心からの笑顔をしばらく見ていないことに気づいた。・「話ってなに?」あの後私は、補助監督との話が落ち着いたタイミングで桜に声をかけ、頭の中で考えていた寄り道の予定を変更して、そのまま桜を連れて私たちの家へ直帰した。2人分のホットコーヒーを淹れ、ダイニングテーブルに向かい合って座る。そういえば、桜と2人でこうしてゆっくり話す時間をとるのは久しぶりだ。「子供っぽいのは良くない、と言っていたね」
「さっきの話聞いてたの?」
「声をかけようとしていたところだったから、ちょうど聞こえてね、聞くつもりはなかったんだけれど。
どうして子供っぽいのは良くないと思ったんだい?」
「……傑は、大人っぽい女性が好きなんでしょ」突然検討ハズレな事を言われ、一瞬頭がフリーズする。しかし思い返せば、桜が私に対してそう言った理由にひとつ思い当たるものがあった。「この間の喧嘩のこと、気にしていたのかい?」少し前、ひょんなことから言い合いになってしまった際、長期任務帰りで疲れていたのもあり、売り言葉に買い言葉の末、頭に血が上った私は思わず桜に言ってしまったのだ、「硝子のように大人びた子の方が良かった」と。
あの後全面的に悪かった私が何度も謝ってひとまず仲直りはしたが、それでもずっと桜はあの時のことを引きずっていたのだろう。「……他の女の子と比べられて、気にしないわけない」目を伏せ、大きな瞳に涙を蓄えながらそういう桜。私がその涙を拭おうとするその前に、桜自身がそれを必死に拭う。「ごめん、すぐ泣き止むから、嫌いにならないで……」
「何言ってるんだ、嫌いになるわけないだろう」
「わがままですぐ泣く、子どもな私は、嫌いなんでしょ」そんなことない。慌てて椅子から立ち上がった私は桜の向かいから隣へと移動し、目をゴシゴシ擦る手を止めさせる。そんなに強く目をこすっては、目に傷がついてしまう。「私はどんな桜でも好きだよ」
「でも、大人な硝子の方が良いって言った……!!」桜の瞳から、溜めきれなくなった涙がこぼれ落ちる。
私のせいだ。私が無神経に放った一言で桜を傷付け、泣かせてしまった。誰より桜に笑っていてほしいと願っているのは私のはずなのに。「すまなかった、あれは本心じゃない。カッとなって心にもないことを言ってしまった。本当にすまない」
「わたし、硝子みたいに、綺麗じゃない、大人でもない!」とうとうしゃくりあげるように泣いてしまった桜を強く抱きしめる。私の腕の中にすっぽり収まってしまうその小さな身体は震えていた。「桜、ごめん。私が好きなのは桜だけだよ。かわいい服を着て、私にわがままを言ってくれる桜が好きなんだ。」桜が私の服の裾をきゅ、と掴んだ。「わたし、自信ないの……傑の隣にいる、自信がないの」
「桜…そんな悲しいことを言わないでくれ、私には桜しかいないんだ」桜が私の胸を押して私から離れようとするけれど、背中に手を回して阻止する。いまここで桜を離してはいけないと、私の直感が言っていた。「わたし、すぐ泣くし」
「そんな桜も可愛いと思っているよ」
「わがまま、言っちゃうし」
「桜のわがままならなんてことないさ、むしろ桜が私に甘えてくれるのが嬉しいよ」
「服だって、子供っぽいし」
「子供っぽくはないって、さっき補助監督の子も言っていただろう?それに桜にはあの可愛らしい服が似合っているよ、今の服も十分似合っているけどね」再び零れ落ちた涙を、今度こそ私の手で拭ってやる。少し呼吸が落ち着いたらしい桜が顔を上げ、目が合った。「……傑は、わたしで、良いの?」そう言った桜の眉は、まだ不安げに下げられている。「当然じゃないか、私が愛しているのは桜だけだ」桜の背中に回した手に力を込めて抱き締める。しばらくして、そっと桜も私の背中に手を回したのが分かった。
もう二度と、あんなことは言わないと誓った。