前世の記憶が蘇ったのは十二歳の誕生日を迎えた日の事だった。 唐突に訪れた激しい頭痛。激流のように流れ込んでくる俺の知らない俺の記憶。日本で過ごした数十年の人生が走馬灯の様に浮かんできた。
そして気付く。
この世界で生き抜くことが如何に難しいことであるのかということを。
常に死の危険と隣り合わせで、明日がどうなるか分からない状況の中で、人々は絶望と恐怖に打ちひしがれていた。それでもなお、人類のその多くを生き残らせるために、若く戦える者を死地に向かわせる選択を強いられ、家族や友人を失う悲しみ、そして生き残った者たちは、その罪悪感に苦しんでいた。
現在、彼ら多くの犠牲の上に人間社会は辛うじて成り立っている。
しかし魔族への勝利の道筋は見えず、ここ数百年以上に渡って戦線を維持するのが精一杯の状況が続いている。
記憶が戻るまでの俺は、他の者と同じように戦場に立つ未来を思い描いていた。
剣技を磨き魔法を学び、やがてはその身を魔族や悪魔族との戦いの中に投じる覚悟があった。
しかし――
「アベルさん!来てくれたんですね!」
俺の姿を見つけたカインが駆け足で近寄ってくる。
その後ろにはカインの仲間であるハンスとサレンの姿が見える。
「本当は来たくはなかったんだがな……」
カインに諦めるよう忠告したダンジョンの初回探索依頼。その集合場所であるダンジョンの入り口に俺は嫌々ながら立っている。
「ギルマスにお前たちのお守りを頼まれたから仕方なくだ」
今回募集に応じた探索者パーティは経験の浅い若者や初めての者が多く、その者たちの相談役の様な役目として俺に白羽の矢が立ったのだ。
当然断ることも出来た。しかし、その時にカインの顔が頭に浮かんでしまったのだ。
「俺たちは初めての初回探索になりますけど、アベルさんがいてくれるなら心強いですよ!」
「そうだと良いが――」
「おいおいおい!何でこんなところに欠陥品が混ざってんだあ?なあ――アベル?」
俺たちの会話に割り込むような大声が聞こえてきた。
その声の主に視線をやると、そこにはニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべた男が立っていた。
「……ギュースか」
金髪をオールバックに固めた目つきの悪い男。俺よりも二つ程若かったと思うが、この街のギルドではかつて若手の有望株と呼ばれていた男だ。
「ギュース!アベルさんに何て口の利き方をするんだ!」
カインが俺の前に出てギュースを睨みつける。
「ああん?ギュース「さん」、だろうが小僧。目上の者には敬意を払わねえと――殺すぞ?お前?」
「お前みたいなクソ野郎に払う敬意があるとでも?」
「――死んだぞ、お前」
ギュースが闘気を放ちながら腰の剣に手をかけた。
「お前がな――」
カインの気配も同じく膨れ上がる。
「二人とも落ち着け!これだけの人前で騒ぎを起こすつもりか!」
俺は一触即発の空気となった二人の間に飛び込んで両者を手で制する。
今回の初回探索に集まったのはカインやギュースのパーティーを含めて十組。その計四十人がこの騒ぎに視線を送っている。
「……ふん。まあいいさ。どうせその欠陥品と一緒に行動するんなら、今俺が手を下さなくても勝手に死ぬだろうからなあ」
「ギュース!貴様――」
「カイン!」
「――でもアベルさん!」
「俺の事は良いから」
「カイン。落ち着いて」
サレンがカインの腕を掴んで制止する。
「貴方の気持ちは分かるけど、今は駄目」
落ち着いた口調でカインをなだめていくサレン。
「ハッ!欠陥品と女に止めてもらって命拾いしたなあ――カイン?」
なおも挑発を続けるギュースに、カインを抑えていたサレンの目にも怒りの色が浮かぶ。
頼むからこれ以上騒ぎを大きくしないでくれよ。
「何の騒ぎだ?」
俺はその声に助かったと内心で安堵する。
「ムルティ……さん」
「何の騒ぎだと聞いているんだが?ギュースよ」
今回の総指揮を執る探索者のムルティ。探索者歴二十年のベテランにして、ギルドでも五本の指に入る実力者だ。
「何でもありません……。ちょっと知り合いに挨拶しただけですよ」
「そうか。なら良い。もうすぐ出発の時間になるからな。今の内に準備はしっかりしておけよ。――カインもな」
「分かりました……」
「はい……」
それまでの怒りが覚めるほどの威圧感を放つあたり、さすがはギルドの最高戦力の一人といえる。
そうして何とかその場は収まり、いよいよ出発の時が迫ってきたのだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!