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今日は元貴の誕生日。
「おひさー」
「滉斗〜!おかえりぃ〜」
「なんだよ、それ笑」
「…これ、誕プレ」
「まっじで!ありがと!」
「…おう笑」
「パーカーじゃん!よれよれ なるまで着まくるわ!」
「そんな着なくても笑」
数時間後
「もうそろ帰るわ〜」
「えーさみしー」
「いいじゃんまた会えるんだし」
「まーーねぇーー」
「…じゃ、」
「じゃあね!ばいばーい!」
いつも、元貴の「じゃあね!」を聞く瞬間が好きだった。
元貴はバイバイするのが寂しい人らしい。
どおりで俺がギリギリまで手を振ってくるわけだ。
数日後
向こう側の道で元貴が振り返る。
少し乱れた前髪を指で払って、
「遅刻すっから!」って笑いながら手を振る。
その笑顔が、馬鹿みたいにまぶしくて、
俺は毎回、胸の奥がちくっと痛むのに、
なぜかそれが心地よかった。
「あー、もー行けよ」
滉斗はそう言って、わざとそっぽ を向く。
元貴は「はいはいっ」って小さく笑って、
でも最後にもう一回だけ、こっちを見て手を振る。
その日も、いつもと変わらないはずだった。
いつものように振り返った。
今日は、なんかいつもよりゆっくりだった気がする。
目が合った瞬間、元貴の唇が少しだけ動いた。
「滉斗」
声は聞こえなかった。
でも、唇の形だけで、確かにそう言った。
滉斗は一瞬、足が止まった。
心臓が、どくんって大きく鳴った。
「……何だよ」
小さく呟いて、
でも結局、滉斗は前を向いた。
スマホを取り出して、通知をスクロールしながら歩き出した。
元貴の最後の手を、
ちゃんと見なかった。
家)
「つっかれたぁ〜」
事故のニュースは、夜の23時47分に流れた。
速報テロップが画面を横切る。
【都内 横断歩道で男性はねられる 意識不明】
続いて流れた続報。
【死亡が確認されました。被害者は大森元貴さん(25)】
滉斗は、リビングのソファに座ったまま、
リモコンを握り潰しそうなくらい強く握って、
画面を凝視していた。
大森元貴。
見覚えのある名前が、
知らない誰かの人生みたいに、淡々と読み上げられる。
「………は、?」
「嘘だろ……」
声に出した瞬間、涙がぽろっと落ちた。
自分でもびっくりするくらい、簡単にこぼれた。
スマホを手に取って、
元貴のLINEを開く。
最後の既読は、17:42。
「今日も遅くなるかも。待っててな」
その下に、滉斗が送った
「別に待ってねーよ笑」
という、いつものふざけた返事。
既読はついたまま。
もう二度と、返事は来ない。
「”また”会うって言ったじゃん……」
それから滉斗は、毎晩ほぼ同じ夢を見るようになった。
道の向こうで元貴が振り返る。
あの日の景色。
いつもよりゆっくり。
いつもより近く。
「滉斗」
名前を呼ばれて、滉斗は走る。
必死で走って、改札を無理やりくぐって、
元貴の胸に飛び込む。
「ごめん」
「振り返らなくてごめん」
「ちゃんと見てればよかった」
「俺が……俺がちゃんと見てれば」
元貴は、いつもの柔らかい笑顔で、
そっと滉斗の頭を撫でる。
「いいよ。俺、わかってたから」
「滉斗が照れ屋なの、ずっと前から知ってた」
そう言って、元貴の体温がだんだん薄くなる。
滉 斗がいくら強く抱きしめても、
指の間から砂みたいにこぼれ落ちて、
消える。
夢だもん。
目が覚めると、いつも枕がぐしょ濡れだった。
シーツまでびしょびしょになる日もあった。
元貴がこの世に居なくなってから3ヶ月が経った。
滉斗は、元貴の母親から連絡をもらった。
「元貴の荷物……片付けに来てくれない?」
断れなくて、行った。
部屋に入った瞬間、
元貴の匂いがまだ残っていて、
滉斗は膝から崩れ落ちた。
ベッドの上に、俺が誕プレであげた黒のパーカーが畳んでおいてある。
そっと手に取ったら、
まだ、ほんの少し温かかった気がした。
「めっちゃよれよれじゃん、笑」
「…どんだけ着たんだよ、笑」
嘘だろ。
嘘だろって。
滉斗はパーカーを抱きしめて、
声を殺して泣いた。
何時間泣いたかわからない。
「ごめん」
「こんな男でごめんね」
「振り返ってればよかった」
「俺が……俺がちゃんと振り返ってれば」
言葉はぐちゃぐちゃになって、
涙と一緒に喉に詰まって、
息ができなくなる
夢は、だんだん変わっていった。
元貴が振り返らなくなった。
ただ、改札の向こうに立っていて、
じっとこっちを見てる。
滉斗が走っても、
元貴は一歩も動かない。
「元貴……!」
叫んでも、
元貴はただ、静かに微笑むだけ。
ある夜、夢の中で元貴が初めて、
こっちに向かって歩いてきた。
滉斗の目の前で立ち止まって、
ゆっくり手を伸ばす。
「滉斗」
「……ん?」
「もう、いいよ」
その一言で、滉斗の胸が潰れそうになった。
「僕のこと、ずっと背負わなくていい」
「僕はさ……滉斗が笑っててくれれば、それでよかったんだよ」
元貴の声が、少しだけ震えた。
「だから」
「そろそろ、前向いて歩いてくれないかな」
俺は夢の中で初めて、 子供みたいに声を上げて泣いた。
「嫌だ」
「行かないで」
「まだ……まだごめんって言えてない」
「俺、まだ元貴に何も返せてない」
元貴は、いつもの優しい目で、
そっと首を振った。
「もう、言わなくていいよ」
「俺、ちゃんと聞いてたから」
そして、元貴の指先が、
滉斗の頬に触れた。
最後に、かすかに聞こえた。
「大好きだったよ、滉斗」
朝、滉斗はベッドの上で目を覚ました。
枕は、濡れていなかった。
代わりに、胸の奥が、
焼けるように熱くて、
それでいて、どこか軽かった。
窓を開けた。
外は、春の匂いがした。
「……元貴」
小さく呟いて、
滉斗は 自分から前を向いた。
振り返らずに。
一歩、踏み出した。
歩きながら、
そっと呟いた。
「俺も……大好きだったよ」
風が、優しく頬を撫でた。
まるで、
もう一度だけ、
手を振ってくれたみたいに。
あれからあの夢を見ることは無くなった。