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年が明けた。
ただこの国では年明けを盛大に祝うような文化はないらしく、その日一日、出会った人と祝い合う程度のもののようだ。
日本のお正月に慣れた私としては少し寂しかった。
そのことをつい漏らしてしまったので、興味を持ったみんなにお正月について教えてあげた。
結論として今年は無理だが、来年以降は準備をして何かしてみようということになった。来年が非常に楽しみである。
そのおかげもあって、他にもこの世界にない前の世界での文化をこの世界流にアレンジしてみんなとやってみるのもいいかもしれないな、という考えを密かに抱いた。
そんな私たちは現在、キスヴァス共和国内の街を気ままに巡っている。
ゲオルギア連邦に居た頃のように依頼と魔素鎮めを繰り返すような日々だが、この国はゲオルギア連邦よりも異変が少なく、魔素鎮めの頻度も少なかった。
またそのような活動を続けていたせいでスライムマスターの二つ名がこの国でも浸透し始めていたが、今更気にするようなことでもないので放置だ。
季節はもうすぐ2月。
本格的に寒くなっているので、普段はみんな厚着をしている。スライムが風邪を引くことは恐らくないだろうが、寒さはしっかりと感じているのだ。
「寒ぅ……はぁぁ……はぁぁ……」
「寒いのは~きらいです~……」
特に今日の寒さは酷い。
凍えそうな手に息を吹きかけるが、気休め程度にしかなっていない。
寒いのが嫌いだというノドカは少しでも温もりを欲しているのか、私の首に抱き着いて密着しながら移動していた。
もちろん、浮いてもいる。
「あ、あたしも嫌い……ひーちゃん、温めて……」
「しょうがないわね、ほらシズ」
今日まで寒さに耐えてきたシズクも今日の寒さには勝てなかったようだ。
この日ばかりは外で本を読むのを断念して、この寒さの中でも至って平気そうなヒバナに誘われるがまま、その体に触れる。
「ひーちゃん……ポカポカ……」
シズクが緩んだ表情で蕩けている。そんなに気持ちよさそうな顔をされると非常に気になるではないか。
私もそっと近付き、訝しげな視線を向けてくるヒバナの手を強引に奪った。
――なにこれ、人型のカイロだ。
服の上からでもほんのり温かいのは反則だよ。さすがは火属性のスライムといったところか。
「きゃっ、何いきなり手ぇ掴んでんの!? 離しなさい!」
暴れるヒバナだが、シズクが背中から纏わりついているせいで身動きが取れないようだ。
加えてノドカも私からヒバナへとカイロ役を移したようで、彼女に抱き着いている。
それだけではない。この寒さの中でも元気いっぱいだったダンゴも興味を惹かれたのかヒバナへと抱き着き、比較的平気そうだったコウカまでもがそっとヒバナの身体に手を回した。
そうなると残ったアンヤも近寄ってきてヒバナの身体に触れるので、傍から見るとそれはもうすごい光景だったことだろう。
「ヒバナ姉様……たしかにすごいね、これ……」
「ヒバナお姉さま~、ずっと~こうしていても~いい~?」
身動きが全く取れなくなったヒバナがまだ暴れようとしているが、今の彼女は顔すらも満足に動かせていない。
「い、い、いいわけないでしょ! 冷たいのよっ、はーなーれーなーさーい! ひゃああ、だ、だ、誰か変なトコ触った……ってコウカねぇとアンヤじゃないっ!」
「すみません、他に場所がなかったので」
「……同じ」
ヒバナが喚き散らしているが、私としても離れる気が全くしなかった。多分、みんな同じ気持ちだろう。
恨むなら私たちではなく、自分の体質を恨んでほしい。
「まったく……酷い目に遭ったわ」
拗ねるように口を尖らせているヒバナがそう呟く。
あれから、ヒバナが本気で魔法を放とうとするまで私たちが離れることはなかった。
そのせいでこの子はすっかりとやさぐれてしまっており、近付く者には噛み付かんという勢いで威嚇をする。まるで猫のようだ。
何事もやり過ぎるのは良くないということだろう。
さっきまでの私はどうかしていた。あの時の私の目にはまるでヒバナが眠気が極限まで迫っていた時の布団……いや、それ以上のモノに見えていた。
要は触れていてすごく心地よかったのだ。
「ごめんね、ひーちゃん……でも、ひーちゃんが悪いところもあるんだよ?」
シズクがヒバナに謝る。でも、それは本当に謝る気があるんだろうか。
そんなシズクをヒバナが恨めしげに見ていた。今回は自分を助けてくれなかったあの子も例外ではないらしい。
「あんなトコ触った2人は絶対許さない……」
どうやら、それ以上に恨みを買っている2人がいるらしいが。
そんなヒバナの機嫌も直ってきた頃、ダンゴに抱き着いていたノドカが何かに惹かれるようにふわふわと飛んでいった。
そこはどうやら少し寂れた雑貨店のようだった。
彼女は店頭に並べられている商品の内、何やら大きな物を手に取る。
「わぁ~かわいい~」
それは1メートルくらいはある大きなぬいぐるみだった。
丸々とした造形かつ、グテっと潰れたような表情なので分かりづらいが、どうやら狸のぬいぐるみのようだ。
少しクセはあるけど、かわいい……かもしれない。
「へぇ……狸か」
「なるほど……犬ですか」
「うん?」
「はい?」
私とコウカの発言が重なるが、おかしい。意見が合わない。
――いや、コウカが狸を知らないだけではないだろうか。
シズクはこの前、動物図鑑を読んでいたからあれが狸のぬいぐるみだって気付いているはずだ。
「えっと……分かりにくいけど、狐だよね……?」
「……猫」
シズクには狐に見えているらしい。分類的にイヌ科ということは一致しているがそれだけだ。狐と狸を一緒にしてはいけない。
そしてまさかのアンヤはそっち方面に行ってしまったか。猫に見えてしまっているらしい。……ただ猫が好きなわけではないと信じたいところではあるが。
「猫というよりも虎じゃない? 少なくともこっち系統でしょ」
ヒバナがイヌ科ではなくネコ科であると主張する。シズクとヒバナの意見が食い違うなんて珍しすぎる光景だ。
お互いがお前は何を言っているんだ、と言わんばかりの視線を相手に向けている。
そうなると残ったダンゴと真っ先に飛び付いたノドカの意見が気になるところだ。
「みんな、なに言ってるの!? 熊だよ、熊。大きな熊だ!」
自信があるのか、彼女は大きな声で主張した。
熊か。分からないことはない。デフォルメ気味だが、熊と言って売られていれば熊に見えないことはないだろう。
それでも狸の方が絶対に近いが。
そのぬいぐるみの抱き心地がいいのか、抱きしめながら頬擦りをしているノドカへと私たち全員の視線が集まる。
これだけの種類の動物が出れば、何か1つは意見が被ってくれるだろう。
そうして、ノドカが出した答えは――。
「豚さんですよ~?」
――それはない、と全員の意見が一致した。
聞くところによるとそのぬいぐるみはユルマルというキャラクターのぬいぐるみだそうだ。
店主さんが考えたオリジナルキャラクターだそうで、いつか日の目を見ると信じて店頭に置いていたが……ということらしい。
個人的には味があってかわいいと思うし、みんなもそう思っているようだが、一般的にはこういったかわいさは浸透していないのかもしれない。
店主さんに泣きながら送り出されたユルマルは抱き枕と共にノドカに抱かれながら私たちの旅に加わった。
まあ、ただのぬいぐるみなんだけど。
◇
別の日、私たちが魔素鎮めついでに受ける依頼を探すために冒険者ギルドへ向かおうとしていると2人の冒険者とすれ違った。
普段なら気に留めることのない一般的な風貌の冒険者だったが、その話の内容が私にとっては取って捨てることのできないものだった。
「この街に“転生者”が来ているらしいぜ」
「マジかよ。頼み込めば、俺たちともパーティ組んでくれねぇかなぁ」
「ハハハハ、無理無理――」
――転生者。私のような存在がこの世界にいるのだろうか?
でもそんな話はミネティーナ様から聞いていない。
先ほどの話を聞く限り、その転生者というのは冒険者なのだろう。
私の“スライムマスター”のように二つ名が付いていることから何かしらの注目を集める人物であることが想像できた。
私は依頼中にあまり他の冒険者と交流することがないので、そのような噂話に疎い。だから“転生者”という名前も初めて聞いた。
「転生者って主様と同じ?」
「……そうだね。その人に会ってみたいんだけど、いいかな?」
私はその“転生者”に会いに行くと決めた。
信憑性としては怪しいところだが、私の興味を惹くには十分な内容だった。もしかしたら、私の同郷の人なのかもしれないからだ。
そうして冒険者ギルドに入り、それらしき人を探すが分からない。私は“転生者”に関する情報を何一つ知らないからだ。
何やら変な格好の人たちはいるが、この際無視する。
仕方がないので適当に暇そうにしている冒険者を捕まえて、その人について尋ねてみようかと考えた。
「ごめんなさい、少しいいですか?」
「あぁ? ……おっ、いいぜ。なんでも言えよ」
話しかける相手を間違えたかと思ったが、すぐさまにこやかに対応してくれたのでほんの少しだけ警戒のレベルを下げる。
気を取り直して、“転生者”について聞いてみることにする。
まずはここにいるかを聞いてみるのがいいだろう。
「“転生者”って人に会いたいんですけど、ギルドのどこかにいますか?」
「“転生者”……あいつは今、ダンジョンに行ってるんじゃねえか?」
一瞬、彼が顔を顰めたように見えた。
――そうか、ダンジョンに行ってしまったのか。
なら特徴だけ聞いて少し時間を改めてみようかな。
「そうなんですね。じゃあ――」
「おっと、待て待て待て」
私がさらに聞きたいことを聞くために口を開いた時、冒険者が私の言葉を遮った。
「お前の話を聞いてやったんだ。次は俺のお願いを聞いてくれるもんじゃねえか?」
彼はあくどい笑みを浮かべている。
――うわ、最悪だ。すごく面倒くさい人に話しかけてしまったらしい。
コウカから怒気が漏れ始めるが、ここで爆発させるのも良くないだろう。他のみんなも不満げにしている。
どうにか穏便に済ませたいが、何か案はないだろうか。
「それが対価ってもんだよ、なあ……」
冒険者の手が私の顔に伸びてくる。
それを見たコウカが動き出すと――私の顔と冒険者の手の間に鉄扇が差し込まれた。
それにより彼は指を突く形となり、表情を歪めて手を引っ込める。
「あらぁ、何方かと思えば、先ほどあたくしが振って差し上げた勘違い男さんじゃありませんの。あたくしが駄目だったので、次は別の女性を?」
嘲笑うような声を出したのは、この場に似つかわしくない煌びやかな女性だった。
如何にも社交界に行ってきましたと言わんばかりのドレスに高いヒール。橙色の髪をシニヨンでまとめたお嬢様のような印象を受ける。
「て、てめぇ……」
「言い訳は必要なくってよ! 恥を知りなさい!」
彼女はクルっと鉄扇を逆手に持ち替えると、握り込んだ拳で容赦なく男の頬を殴り飛ばした。
彼はテーブルや椅子を巻き込みながら、大きな音を立てて吹き飛んでいく。
「オーホッホッホッホッホ。鉄拳制裁、ですわ!」
次の瞬間、冒険者ギルドにいた一部の冒険者たちが沸き立つ。
「お嬢、お見事!」
「我が眼にはまさにお嬢の魚魂が垣間見えました!」
彼らは私がこの建物の中に入った時、まず真っ先に目に入ってきた変な格好をした冒険者たちだ。具体的には頭に鉢巻を巻いて、なにやら魚柄のコートを着ている。
だがその騒ぎも女性がパッと手を上げたことで収まる。
「1号、号令を」
「はっ!」
1番と呼ばれた男が女性に他の変な格好をした冒険者が息を吸い込み、大きな声を上げる。
「んっ、あれは何だ!?」
「大海原を渡る孤高の貴魚!」
「天原より再臨した天魚!」
「誰もが振り返る麗しの美魚!」
「そう。それこそがあたくし、リーヴ・イエローテイルですわ!」
決めポーズを取った女性の背後で音を立てて花火のような魔法が煌めいた。
――あの場所を除いて、ギルド内の空気は冷え切っている。
他の冒険者たちの冷ややかな目線と額に青筋が立っているギルド職員たち。殴り飛ばされた男も呆然とその光景を見ていることしかできない。
私たちはどちらかというと困惑の感情が勝っていた。
目の前で男が殴られたと思ったらその勢いのままよく分からない名乗りまで上げ始めるし、そもそもこの場所に不釣り合いの女性は一体何者なのだという疑問しか残らない。
怒っていたはずのコウカだって、口をあんぐりとさせて目も丸くしているじゃないか。
あのアンヤさえもずっと目を瞬かせていることから内心困惑しているに違いない。
「なに、この人たち」
誰かが呟いた言葉だったが、多分全員が心の中で同意したことだろう。
これが私と“転生者”と呼ばれるリーヴさんとの出会いであった。
◇
騒動が治まり、冒険者ギルドも元通りに戻った後、私たちは助けてくれたお礼をするために少し高級そうな喫茶店を訪れていた。
「さっきはどうもありがとうございました。えっと……」
「あら、まさかあたくしの名乗りを聞いていなかったのかしら。ならもう一度――」
「いえ、結構です! リーヴ・イエローテイルさんですよね、分かっています!」
知っているから、待機している変な格好をした冒険者たちを呼ぼうとするのはやめてもらおう。
本人に聞いていないのに勝手に名前を呼んでもいいものかと悩んでいたのだが、またさっきみたいな光景に巻き込まれるのは御免だった。
こんな場所では私たちまで同類と見られかねない。
「そう……知っていたのね……」
リーヴさんは非常に残念そうにしている。
実は名前以外にも騒動が治まるまでの間、ギルドにいた他の冒険者に話を聞くことごできたので、この人がどういう人なのかという情報はある程度把握している。
リーヴ・イエローテイル。彼女こそが通称“転生者”とも呼ばれる冒険者だった。そう、こんななりでも冒険者なのだ。
彼女はその美貌と令嬢のような立ち振る舞い、そして豪胆な戦い方によって熱狂的な追っかけ冒険者たちを生み出しているらしい。
今も待機している変な格好をした冒険者たちがその追っかけである。
そしてこの人の貴族然とした佇まいだが、本当に元貴族令嬢であったという説が濃厚だとも聞いた。
シーブリーム王国、アンバージャック侯爵家のご令嬢、マーチ・アンバージャック本人である可能性が高いそうだ。
アンバージャック侯爵令嬢は5年前まで王太子の婚約者であったが、謀反を企てたとして国外追放を受けた。
アンバージャック侯爵家自体はずっと御令嬢の扱いに手を焼いており、王家への忠義に厚かったため、侯爵から伯爵に降格するだけで済んだらしいが。
それらの話をリーヴさん本人が否定したことはないようなので、この話は公然の事実となっていると言ってもいいだろう。
「それで……ここに呼んだのは御礼だけではないのでしょう? “スライムマスター”さん?」
リーヴさんのことを考えていると、彼女の方からそう話し掛けられた。
どうやら、私がスライムマスターと呼ばれているのも彼女は知っているみたいだ。
多分、目立って仕方がないノドカが原因である。
「知っていたんですね」
「ええ、ええ! 面白い方々って有名ですもの」
こんな人にも面白がってもらえるなんて光栄である。……まあいい、本題に入ろう。
「それでですね。聞きたいことがあったのでお呼びしたんです。リーヴさんは転生者……生まれ変わりなんですか?」
優雅にティーカップでお茶を飲んでいた彼女が軽く目を見開く。
そして、そっとティーカップをソーサーに戻すとニヤリと笑った。
「ええ、その通りでしてよ」
「――っ! その時に住んでいた国! なんて国ですか!?」
もしかしたら、同郷かもしれないと私は興奮していた。
「国……あたくしが暮らしていたのは、そんな小さな柵に囚われない広大な世界――大海原ですのよ!」
――は?
私が彼女の口にした言葉を理解しようとしている間にも彼女は気分よく話し続ける。
「あたくし、前世はお魚でしたの。それも立派な鰤でしたわ。大海原を自由に泳ぎ回り、後一歩で海を制覇できるというところで漁船に捕まって食べられてしまいましたの。ですが、どういうわけか人間に生まれ変わってしまったではありませんの。それも海とお魚を信仰するシーブリーム王国へ。最初はそのことに幸福を感じ、お魚の心を忘れないようにと心に刻んでいましたの。シーブリームの人間はお魚への理解が深い者が多く、大変感心していましたわ」
そこで彼女の目が鋭くなる。
ここにはいない誰かを睨みつけるように厳しい目つきであった。
「ただ、一点を除いて。あの国の王家はなんと鯛を魚の王様などと宣いやがりましたの! あり得ない、魚の王とはあと一歩で海を制覇できたあたくし……鰤以外にあり得ないといいますのに!」
それが反逆を企てた理由だと言うのだ。
ちょっと話に付いていけない。今、やっとリーヴさんの前世が魚だったことを理解したところだから。
――もういいか。
リーヴさんは私の思っていたような転生者じゃなかった。
前世が魚と言っても別の世界から来たとかではないだろうし、たとえそうだったとしても魚だし。
他にも私のような存在がいたらミネティーナ様も何か言っていたはずだ。そもそも、転生なんてことが普通にあり得るのかすら分からない。
適当なところで切り上げてお別れかな、とこの時の私はそう思っていた。