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第一章:静かな揺らぎ
黒狼との最終決戦から数か月。
ロジンは仲間のホシュワン、アザル、シランとともに、カイの墓前に立っていた。
戦線に復帰することは叶わなかった仲間たちも、後方支援として新たな部隊を支えている。
ロジンは静かに腹部へ手を添えた。
戦いが終わってからずっと続く体の変化―誰にも言わずにいたが、その正体は確信に近い。
「カイ……あなたの子を宿している。」
彼の死を越えてなお続く命。
それはロジンにとって、戦場の中で見つけた
唯一の希望だった。
だが同時に、ロジンの心にはひとつの疑問があった。
*カイの家族は、彼の死を知らないままだ。
彼の実の弟に会いに行かなければならない。
彼の弟・日向 隼人( ひゅうが はやと)。
カイが生前語っていた、ただひとりの身内。
ロジンは誓った。
「この子を、父の故郷へ連れていく。カイの遺志を伝える。」
第二章:日本への旅
旅立ちは容易ではなかった。
クルド地域から日本へ行くための書類、署名、支援団体との連携。
多くの困難があったが、仲間たちの協力でロジンはついに、日本の土を踏む。
初めての東京。
高層ビルの谷間を吹き抜ける風と、無数の人々の足音。
武装した兵士も銃声もない街は、ロジンにとって別世界だった。
だが目的はただひとつ。
「隼人を探す」
カイの残した手帳を頼りに、ロジンは各地を訪ねる。
元自衛隊関係者、カイの旧友、カフェのオーナー、協力者となるジャーナリスト。
しかし、隼人の消息は掴めない。
一方で、人々はロジンの腹を見て、必ず優しく微笑んだ。
その温かさは、戦場しか知らなかったロジンの心を少しずつ溶かしていった。
調査を進めるうちに、ロジンは意外な事実を知る。
隼人は、兄カイの死を知っていた。
だが彼は突然姿を消し、消息を絶っていた
第三章:再会と決断
長い捜索の末、ロジンは千葉のネットカフェで、ついに隼人を見つける。
彼は兄の死の責任を独りで背負って苦しんでいた。
ロジンは静かに告げる。
「あなたのお兄さんは、英雄だった。」
「そして今、あなたの甥か姪がここにいる。」
隼人は涙をこぼし、震える声で言った。
「兄さんは……本当に、死んだのか…?」
その夜、ロジンはカイの最期の言葉、戦場での出来事、彼の勇気、そして愛を全て伝えた。
隼人は
ロジンを、その子を守ることを誓った。
第四章:新たな命
ロジンのお腹は膨らみ、命の胎動が日増しに強くなっていった。
「カイ、あなたの魂はまだここにある。
私はもっと強くなる。
この子を守るために。」
「この子と隼人君は、私が守るよ。」
そう心に誓うのであった。
第一章:静かな冬の夜
日本へ来てから季節がひとつ巡り、ロジンのお腹は大きく丸みを帯びた。
カイの痕跡を求めて日本各地を巡った旅は、いまは、千葉の一角
隼人の小さな古民家で静かに落ち着いていた。
隼人はロジンのために、古民家を改装して暖かな部屋を用意した。
窓から射し込む冬の日差しが、畳の上に柔らかい光を落とす。
ロジンは膨らんだ腹を両手で支えながら、微笑んだ。
「この子…もうすぐだと思う。」
隼人は優しい声で言った。
「兄さんも、きっとそばで見ているよ。」
この言葉に、ロジンの胸はきゅっと締め付けられた。
悲しみではなく、温かい痛みだった。
第二章:破水
ある夜、千葉では
珍しい雪が降り始めていた。
縁側に座っていたロジンの腹に、突然
鋭い痛みが走る。
そして温かい感触が脚を伝った。
破水。
ロジンはテーブルを掴みながら息を整えた。
声を聞いて駆けつけた隼人が、驚きと焦りを混ぜた目でロジンを支える。
「ロジン! もう…来るのかい?」
「うん……たぶん……すぐ。」
隼人は震える手で荷物を掴み、病院へと走った。
第三章:分娩室
夜の病院。
静寂の中で、ロジンの浅い呼吸だけが響く。
陣痛は波のように強くなり、ロジンの額には汗が滲む。
医師が優しく声をかける。
「大丈夫ですよ。お子さんは元気です。」
ロジンは痛みと不安に耐える一方で、
胸にはただひとつの想いがあった。
カイ…あなたの子を、今ここに…。
隼人はロジンの手を強く握りしめていた。
その手は震えていたが、温かかった。
「ロジン、君はひとりじゃない。
兄さんも俺も、ここにいる。」
ロジンの目から
大粒の涙が落ちた。
第四章:誕生
「もう一度深く息を吸って! はい、力を入れて!」
医師の声が響く。
ロジンは全身の力を込めた。
痛みと声と温かい涙―
すべてがひとつになって、胸の奥で爆発するような感覚。
そして―
小さな産声が、静かな病室に響いた。
ロジンの涙が止まらなかった。
医師が赤ん坊を包み、ロジンの胸にそっと乗せる。
温かい、柔らかい、震える命。
「カイ。生まれたよ…。」
その小さな手が、ロジンの服をぎゅっと掴んだ。
隼人は声を押し殺し、肩を震わせて泣いた。
「兄さんのこと…守れなかったけど……
この子は絶対守るから。命に代えても。」
ロジンは弱い声で微笑んだ。
「隼人君、あなたがいてくれて…本当に良かった。」
第五章:新しい家族
朝日が病室に差しこむ。
雪は止み、白く輝く朝が訪れていた。
ロジンは静かに赤ん坊を抱く。
隼人がそばで見守り、カイの面影を探すように赤ん坊の手を握る。
「名前、決めないとな。」
隼人が優しく言う。
ロジンはゆっくりと答えた。
「カイが望んだ“平和”を、この子にも…。
ヒカル なんて、どう?」
隼人は微笑んだ。
「いい名前だ。兄さんも、喜ぶよ。」
ロジンは寝息をたてる我が子を見つめながら思う。
この子が生まれた場所は、日本で良かった。
文化も言葉も違うけれど、ここには“家族のぬくもり”がある。
彼女の戦いの旅は終わり、
新しい人生が静かに始まった。
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