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桃色青春高校野球部の練習が続いている。
セツナの守備位置はレフトに決まった。
「次は打撃練習に移ろう。俺がピッチャーをするから、セツナは打席に立ってくれ」
「了解したでござる」
龍之介の指示に従って、セツナが打席に立つ。
そして、バットを構えた。
(ふむ……。素人の割には様になっているな……)
彼女の構えを見て、龍之介は感心する。
剣道と野球。
細長い棒状のものを扱うという点では、似ていなくもない。
しかし、それはやや強引な解釈である。
普通に考えれば、セツナがまともに打てるようになるまで練習が必要だ。
「じゃあ、行くぞ」
龍之介はボールを軽く放る。
緩いボールだ。
それに対してセツナは、バットをコンパクトに振ってみせた。
カキンッ!
心地よい音が響き渡る。
打球はセンター前に鋭く落ちた。
中堅手のノゾミがワンバウンドで慎重にボールを捕球する。
飛ぶ方向がもう少し左右にずれていたら、長打になっていたかもしれない。
「おお! なかなかのバッティングだ!!」
龍之介が称賛する。
彼の眼力やロボのスキャン機能により、セツナの打撃能力に期待できそうだとは思っていた。
しかし、こうして実際に見ると喜びも大きい。
「ふむ……。この程度で良いのでござるか? 守備に比べると、打撃は簡単でござるな」
「むっ……! それは聞き捨てならならねぇ!」
龍之介がセツナに張り合う。
彼はピッチャーだ。
当然、『簡単に打てる』というようなことを言われて、黙ってはいられない。
「見てろよ! 次は俺の本気を見せてやるぜ!!」
龍之介は構える。
そして、セツナに向けてボールを放った。
先ほどよりも速く、時速130kmほどのストレートだ。
「むむっ……!」
セツナはバットを振らなかった。
ボールはそのままミットに収まる。
「どうだ! 俺の本気は!! 手が出なかったようだな!!」
龍之介がドヤ顔で言う。
だが、セツナは平気な顔をしている。
「某も、最低限のルールぐらいは知っているでござる。今の球を打つ必要はなかろう?」
「む……?」
龍之介は首を傾げる。
セツナの言葉の意味が分からない。
だが、続く審判ロボの言葉で理解した。
『ボール!』
彼の渾身のストレートは、少しだけストライクゾーンから外れていたのだ。
ならば確かに、打つ必要はない。
「やるな……! 面白い、次の勝負だ!!」
「望むところでござる!!」
龍之介とセツナがシートバッティング形式で練習をしていく。
10打席分の勝負をして、2安打2四球という結果だった。
「くっ! なかなか苦戦したな……」
龍之介が悔しそうに言う。
ボコボコに打たれたわけではないが、野球経験の浅いセツナを相手に十分な結果とは言い難かった。
「フフッ……。某を甘く見たことが仇となったでござるな」
一方のセツナは、嬉しそうに笑う。
この結果は、龍之介がセツナをやや侮っていたことにも起因するだろう。
「まぁいいさ。俺の球を打てるってことは、次の3回戦でも打てる可能性があるということ。ま、俺以上のピッチャーが出てきたら微妙かもしれないが……。とりあえず、上位打線の一員として期待しているぜ」
龍之介は気を取り直して言う。
そして、チームメイトの顔を見回した。
「見ての通り、セツナの打撃能力は高い。彼女には上位打線――具体的には2番に入ってもらう。これまで引っ張ってきてくれたアイリには申し訳ないが、後ろに回ってもらう形だ」
「うん、分かったよ。元よりボクは守備の方が得意だしね」
アイリは素直に頷く。
続けて、ユイが口を開いた。
「打撃が得意なのであれば、2番はもったいないのではなくて?」
「ん? どういう意味だ?」
「1番バッターのノゾミさんが出塁したら、2番打者は送りバントが定石でしょう? 打撃が得意な方にバントというのは、少々勿体ないかと」
ユイが指摘する。
バントは、通常のヒッティングに比べると難易度が低い。
もちろん、送りバントでも100パーセント成功させられるようなものではない。
ただ、通常のバッティングでヒットを打つよりも、送りバントの方が成功率が高いのは事実だ。
「一理あるが、少し限定的なシチュエーションを過剰に重視した考え方だな」
「と言いますと?」
「例えば初回の攻撃で、ノゾミが出塁できなかったらどうなる? ワンナウト・ランナーなしで2番打者に回ってくるわけだ。当然だが、バントではなく普通にヒットを狙っていくことになる」
「確かに……そうですわね」
ユイが納得したような表情を浮かべる。
それを見て、龍之介が続けた。
「それに、上手くノゾミが出塁できたとしても、送りバントが正解とは限らないぜ。必ずしも得点期待値を上げるものではないからな」
「え? そうなのですか?」
「諸説あるが……。概ね、『最低でも1点入る』可能性は少し上がるものの、大量得点を含めた平均点な得点期待値は下がるとされていたはずだ。俺の試合経験からしても、その説に違和感はない」
「なるほど……」
ユイが頷く。
野球経験の長い龍之介の言葉には、説得力を感じた。
「3回戦でぶつかる相手は、中堅校か強豪校になるだろう。堅実に1点ずつ取るより、少しでも大量得点のチャンスを増やせるように考えるべきだ。俺たち桃色青春高校は、チャンピオンではなくチャレンジャーなのだから」
龍之介が語る。
自分たちが強者側なのであれば、少しずつ優位を積み重ねていく戦法もありだ。
しかし、自分たちが挑戦者側なのであれば、貪欲に勝利を目指していく必要がある。
彼の説明を受けて、メンバーたちは納得した表情を見せた。
「……さて。知っての通り、次の3回戦が迫ってきている。みんな、勝てるように全力を尽くしていこうぜ!」
「「「「「おー!!!」」」」」
全員が気合いを入れる。
こうして、桃色青春高校は3回戦突破に向けて練習に励んでいくのだった。