久しぶりに、静かな朝を迎えた。
窓から差し込む陽光が部屋を優しく照らし、遠くで小鳥のさえずりが聞こえる。
王都の朝は昔と変わらない——はずなのに、どこか違って感じるのは、俺自身が変わったからだろうか。
……今日も身体は重い……これ、いつになったら治るんだろうか。
軽く腹をさすりながら、そんなことを思う。
「カイル、朝だぞ」
扉の向こうからレイの声がした。
静かに扉が開き、彼の姿が現れる。
「……大丈夫なのか?」
レイは俺の顔を覗き込み、眉をひそめた。
「なんとなく……起きるのが億劫でさ」 と冗談めかして笑うけど、実際のところ、身体が異様に重い。
寝返りを打つだけで、全身の疲労が滲み出るような感覚がある。
レイはベッドの端に腰を下ろし、俺の額に手を当てた。
「……顔色が悪いな」
「……そうかな?今日は割といい感じなんだけど」
「嘘をつくな」
レイはじっと俺を見つめる。
俺は誤魔化すように視線を逸らしながら、ベッドから起き上がろうとした——その瞬間。
「っ……」
視界が揺れ、頭がふらつく。
重心が定まらず、バランスを崩しかけた俺の身体を、レイが咄嗟に支えた。
「……カイル!」
「……大丈夫、大丈夫……ちょっと目が回っただけ……」
そう言いながらも、腕に力が入らない。
ふと、背中に冷や汗が滲むのを感じた。
レイは俺を慎重にベッドへ戻し、静かに息をついた。
「……どこが大丈夫なんだ」
「本当に……だって、これ病気ではないだろ……?」
「だからと言って……無理をするもんじゃない。普通じゃないことだ」
レイの手が、俺の背をゆっくりと撫でる。
その動きが優しくて、余計に力が抜けそうになる。
「……はぁ……」
小さく息を吐きながら、自分の腹にまた手を当てる。
目を閉じると、そこに確かに何かがいる気がした。
俺の身体の中に、新しい命がある。
それを知ってから、何度こうして手を当てただろう。
けれど——まだ実感が湧かない。
たしかに身体の調子は今までと違う。
疲れやすくなったし、様々に異常を身体は訴えている。ふとした瞬間に胸が詰まるような感覚に襲われることもある。
でも、それが本当に「誰かを育んでいる」という感覚には結びつかなくて。
本当に、俺の中に「命」があるのか?
今はただ、漠然とした違和感と、先の見えない不安が胸を満たしているだけだった。
「……カイル」
不意に、レイが俺の肩に手を置く。
すっと滑るような仕草で、彼の指が背中をなぞった。
「俺もいる……」
その言葉とともに、レイの腕が俺をそっと引き寄せる。
強引ではなく、けれど確かに俺を守るような力強さがあった。
レイの胸に額を預けると、静かに息を吐く音が聞こえた。
「……レイ……」
腕の中は温かかった。
まるで、俺の不安を見透かしたように、何も言わずただ抱きしめてくれる。
——安心する。
その温もりに包まれていると、不思議と「大丈夫だ」と思えてくる。
不安が完全に消えるわけじゃない。
それでも、こうして抱きしめられていると、自分がちゃんと「ここにいる」と思えた。
※
レイが支えてくれたおかげで、なんとか朝食の席には着いた。
だが、食欲はほとんどない。
目の前の料理はいつもと変わらないはずなのに、なぜか匂いが妙に強く感じる。
フォークを手に取るものの、少し口に運んだだけで、胸の奥がムカムカしてきた。
「……カイル?」
母がスープを飲みながら、じっとこちらを見ている。
「え、何?」
「あなた……最近、食欲が落ちてない?」
……するどい。
何気ない問いかけのようでいて、核心を突いてくるのが母らしい。
「えっと……旅が長かったし、疲れてるだけだよ」
「そう?」
母は微笑んだまま、俺の顔をじっくり観察する。
父も黙って紅茶を飲みながら、視線だけはこちらを向けている。
その時——ふと、フォークを置いた俺の手を、母がそっと取った。
「……カイル」
母の声が、いつもより柔らかい。
「あなた、お腹に子供がいるんじゃない……?」
——時が止まった。
「……え?」
耳を疑った。
一瞬、言葉の意味が理解できなくて、脳が処理を拒否する。
「ちょ、ちょっと待って……なに?」
「あなたの食欲の変化、疲れやすさ、顔色……全部、昔の私と同じよ」
母は静かに微笑む。
父がゆっくりとカップを置き、目を細めた。
「なるほどな……」
(あ……!ちょっと待て!)
心臓が一気に跳ね上がる。
予想外すぎる展開に、俺は動揺を隠せない。
「いやいやいや、まさか……そんな……!」
「本当に?」
母が優しく問いかける。
「……っ」
俺は言葉に詰まった。
否定しようとしたけど、確かに思い当たる節が多すぎる。
妊娠していると告げられたときの、あの驚愕。
レイに話せなかったこと。
でも……まさか、本当に、こうも早くバレるなんて……!
「カイル」
父が静かに言った。
「……話してくれるか?」
優しく、しかし誤魔化しの効かない声音だった。
レイが隣で黙って俺を見つめているのも感じる。
俺は喉をゴクリと鳴らし、そして——
「……うん」
小さく息を吐き、すべてを話す決意をした。
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