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「ありがとうございました!」
午前中、アンリエッタは最後のお客様を店の外まで見送った。振り返りながら手を振ってくれる常連さんに、アンリエッタも大きく手を振りながら答えた。
常連さんはこんな感じで優しい人たちが多い。時々、変なお客様が来るけれど、マーカスが来てから、変なお客様はほとんど来なくなった。
「やっぱり、一人だと軽く見られちゃうのかな?」
後ろを振り向き、改めて自分の店を見上げる。初めて得た、自分の城ともいうべきお店。
「この街に残る名目で手に入れたものだけど、私にとっては大事な店……」
その想いは昔から変わらない。けれど今は、マーカスが手伝ってくれているお陰で、余裕ができるようになった。
お客様との会話もそうだが、品物の補充や会計のミス、忘れ物を届けることだって可能なのだ。
今まで、うまくやれていると思っていたが、そうではなかったことに気づかされた。けれど、この店に対する愛着は人一倍ある。
アンリエッタは店の中へと戻り、空のトレイを片付けながら、今日も無事に完売したことにホッとした。残っていれば、それをそのまま昼食にできるが、昨日は違うものを食べたい気分だったからだ。
「そういえば、朝、マーカスが何か言っていたような」
ふと、トレイを洗いながら、朝の出来事を思い出した。
***
いつものようにアンリエッタが朝食の支度をしている時、これもいつものようにマーカスがちょっかいをかけてきたのだ。
「もう! 今日は何? 危ないからやめてって、いつも言っているでしょう!」
「大丈夫だ。アンリエッタが怪我するようなことはしていない」
「しそうだからやめて、と言っているの!」
フライ返しをマーカスに向けて、アンリエッタは抗議した。けれどそんなことはどこ行く風のマーカス。どこまでも自分本位な人間だった。
「それで、今日はなんなの?」
マーカスがしつこいのには、理由がある。同居するようになって、知ったことだった。
「今夜の夕食は、俺が用意をするから、準備をしないでほしいんだ」
「……別にいいけど」
当番制にしたことはないが、いつも食事はアンリエッタが作っていた。おそらく、それに罪悪感を抱いたのだろう。いい傾向だ、とこの時のアンリエッタは、それくらいにしか思っていなかった。
今日が何の日なのか、日々の忙しさで忘れてしまっていたのだ。
***
夕方。大量の荷物を、マーカスが持ち帰った。
「な、何事!?」
「商店街を回って、アンリエッタが美味しいって言っていた物を、片っ端から集めてきた」
「えぇ!?」
アンリエッタがマーカスと商店街を出歩いたのは、指で数える程度しかない。つまり、片っ端から集めてくることは不可能なのだ。
けれどマーカスは、ダイニングテーブルに一つ一つ荷物を置いていく。
「あっ、これ、鶏もも肉の香草焼き。厚切りハムと燻製肉もある」
「前にアンリエッタが買ってきただろ? 新しいメニューを考えるとか言って、結局しなかったやつ」
「うっ、蒸し返さないでよ」
「いいじゃないか。この三つは俺も美味しいと思っていたんだ」
前に、サンドイッチに挟む具材として、買ってきたものだった。あまりの美味しさに試作品を作る前に、マーカスと一緒に食べてしまったのだ。
「次は野菜の酢漬け。肉には合うからな。そして最後はデザートだ」
思わずアンリエッタは前のめりになった。デザートは肉だろうが魚だろうが、関係ない。商店街には美味しいデザートが山程あるのだ。そのどれをマーカスが買ってきたのか。アンリエッタは気になって仕方がなかった。
それはマーカスも感じたのか、ゆっくりとダイニングテーブルに置く。
「苺のタルトだ」
「っ!」
「前に、作るのが難しいから、とボヤいているのを思い出して、買ってきたんだ」
「たくさん苺を使うから、用意するだけで大変なのよ。でも苺は好きだから……」
アンリエッタが口籠ると、逆に予想が当たったと言わんばかりにマーカスが口角を上げた。どこか得意げな顔をし、たくさんあるデザートの中から、彼なりに考えて選んできたのだろう。
ダイニングテーブルに並べられた料理から漂う匂いも甘美だったが、マーカスからのサプライズも嬉しかった。
「でも、なんで?」
「今日はホワイトデーだから」
「えっ!? 普通はクッキーとかキャンディとかでしょう?」
「バレンタインデーの時、俺だけ皆と違う物をくれたんだ。だからホワイトデーも、違う物にしたかった。それとも用意した料理は、どれも気に入らなかったか?」
「そんなことない。素敵な料理ばかりだよ」
ホワイトデーにまさか、こんな豪華な夕食を自宅で食べられるなんて思っても見なかった。
素敵な夕食には美味しいお酒が似合う。けれどアンリエッタもマーカスも未成年。それでも雰囲気を作りたくて、キッチンから果汁ジュースを取り出し、二人で乾杯をした。