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カチャッ、カチャッと、あっという間に2つのシートベルトが外され、回した腕に体を抱きすくめられる。
「んん……」
熱い舌が入ってくる。
自分を閉じ込める体温に、舌から流れ込んでくる唾液に、脳みそがのぼせ上がっていく。
あまりの気持ちよさについ顎が上がると、そこにこれまた熱い指が滑っていき、その熱量を保ったまま耳を包む。
「あ……あっ」
中指が耳の穴に入ってくる。
クチュクチュと自分たちの舌と唾液の混ざりあう音が、頭の中で響く。
その刺激にたまらなくなり、思わず身を引こうとすると、もう一つの腕に、強い力で押さえつけられた。
こんなに強引に求められるのは、えらく久しぶりな気がする。
身体が熱くなり、全身に鳥肌が立つ。
耳を弄んでいた手が、滑り落ちていき、紫雨のニットとシャツを捲りあげながら入ってくる。
腹筋を撫で、そのまま肋骨の方へ滑っていき、やがて、胸の先端へと到達する。
「ん……」
カリカリと弱く爪で刺激されると、勝手に腰が浮いた。
相変わらず自分の下唇と、舌は、林の口中にあり、好き勝手に貪られている。
硬くなった先端への愛撫で、逃げ場のなくなった快楽が首を振らせるが、林の、舌が、唇が、逃げることを許さない。
「ああ…、あ、はあ…ンッ…」
淫らな声が出てしまう。
腰を抱き寄せていた手が、いつの間にか、紫雨のベルトを外し、もう一つの手が、ジーンズの腰から中に入ってくる。
双山の間の麓をたどるように、入り口に指の先端を付けると、一気に中に入ってくる。
「ああ…ッ」
最近はこちらが抱くばかりで使っていなかったソコが、久々の刺激に過敏に反応する。
はじけ飛ぶような快感と痛みにクラクラと目眩を覚えながら、紫雨は林に抱き着いた。
(行くなよ……)
喘ぎ声につられて、つい出そうになる言葉をすんでのところで飲み込む。
(会社を辞めたとしても、俺のそばにいろよ……)
紫雨のジーパンを膝近くまで下げ、林もスラックスを少し下げた。
そり立ったソレを露にすると、紫雨の身体を軽く持ち上げ、自分の足を滑り込ませた。
入り口に先端があてがわれる。
入ってくる―――。
こいつが、俺に―――。
幾度となく繰り返したその行為が、今日は何か特別なもののように感じられる。
「―――紫雨…さん……」
「あ…ッ!」
奥まで入ってくるその存在感に、戸惑いと快感が入り混じった声が出た。
夢中で腰を振る林の動きに合わせて、さらなる快感を助長させる。
(―――大丈夫だ。俺とこいつは変わらない)
紫雨はその確かな熱さと重なる快感に、手ごたえを感じながら林の肩に顔を埋めた。
(―――職場が変わろうが、立場が変わろうが、俺たちは―――)
紫雨は目の前の、部下でもない、後輩でもない、同僚でもない、ただ一人の男を見つめた。
(これからも、ずっと――――)
紫雨は目を瞑り、訪れる絶頂に身構えた。
紫雨はのちに、この日のことを後悔することになる。
快楽に負けずに、
感傷に浸らずに、
目を開けて、林の顔を見ればよかった。
喘ぐのなんか我慢して、林の声を、息遣いを、聞いておけばよかった。
林清司という男を、
彼とした最後のセックスを、
記憶に焼き付けておけばよかったと。
「へえ。親父さんが」
情事の後に入ったファストフード店で季節限定サクラバーガーに噛みつきながら、紫雨は林を見つめた。
「奥さんもついてきゃいいのに」
「確かに……」
林も頷きながらポテトを口に入れた。
「でも研修に行くから夜も遅いのかもしれないし、なんだかんだ付き合いで外食とか飲み会とかも多いんじゃないですかね」
「んで、1ヶ月、実家に泊まんの?」
「はい」
「へ―――」
「何か心配してます?」
林が紫雨を見つめる。
「あくまで“何かあったら悪いから”ってだけですよ。互いに気を遣わず、食事も別で摂りますし。
ルームシェアみたいなものですよ。智花さんは2階の寝室で休みますし、俺は、紫雨さんを泊めた和室に寝ますし」
「ほーですか」
おおよそ理解できない話だった。
自分の妻を、息子と言えど、妻とそんなに年の変わらない、それどころか年ごろで妻も彼女もいない男に任せる父親の神経がわからない。
「篠崎さんといい、お前の親父さんといい、意味わかんねーな」
思わずつぶやいた言葉に、林が視線を上げる。
「篠崎さんが、どうしたんですか?」
言うと、彼はふっと鼻で笑い視線を外しながら言った。
「昨日牧村から電話がかかってきて」
「―――――」
林の表情が凍り付いたのに紫雨は気づかずに話し続ける。
「新谷と篠崎さんと3人で飲んでてさ。どういうつもりか聞いたら、牽制の意味で、だってさ」
笑いながらコーラのストローを咥える。
「そんなんで牽制されるほどかわいい奴だったら、人の男なんかはなから食わねぇのに。なあ?」
「―――そう、ですね」
林の言い方に引っかかるものはあったが、紫雨はそれどころじゃなかった。
もともとはノンケの林が、あの広くきれいな家で、あの女性フェロモンの塊のような女と二人きりで過ごすのなんて気が気じゃない。
いくら互いに気を遣わないと言えど、きっとあの美しく優しい新妻は、林に飯を準備するだろうし、林が帰ってきたタイミングで風呂に入っていることもあるだろうし、林の服も洗濯するんだろうし、買い物のために林が車を出したり、重い荷物を持ったり―――。
(あーダメだ)
紫雨は額を掻きながら聞こえないように唸った。
どんどん悪い方に考えてしまう。
(しかもなんでまた、このタイミングで…)
今日、自分が受理した退職願は明日、秋山の手に渡る。
その後、話し合いが行われるだろうが、林が導き出した結論が覆ることはないと思う。
だとすると、林は早ければ明日の午後から、有給の消化に入る。
そうなれば―――。
紫雨は日中は今まで通りセゾンに通勤し、林は職探しでもするのだろう。
そして夜は林は実家に、紫雨はマンションに帰る、となると―――。
(これ……親父さんが帰ってくるまで、休みの日しか会えないってことじゃねえか)
思わず項垂れた。
今まで朝も昼も夜も、四六時中一緒にいたのに、急に引き剥がされた気分だ。
自分の子宮もないくせに、先ほどの情事で林の子種だけは入っているはずの腹を撫でる。
「俺も妊娠できればよかったのに」
「……何言ってんすか」
呟いた言葉に林が吹き出して笑った。
「紫雨さんによく似たワガママな子供が生まれても、俺、育てられないです」
その笑顔はここ最近で見たことのないほど、清々しく、すっきりして見えた。
◇◇◇◇◇
結局そのまま紫雨の仕事に2、3件付き合って、アパートに戻った時には、外車専門店のエンジニアがすでに到着していて、こちらに頭を下げた。
駐車場でバッテリー交換が行われている間、林は部屋に戻り当面の荷物をトランクケースに詰め込んだ。
父親の出発は来週だが、いきなり2人きりにされるよりも、3人での生活に少し慣れてからの方がいいだろうという父親の気遣いからだった。
トランクケースの脇に、ビジネスバックを置いて、一息つく。
朝、重い気持ちで退職願を入れたバックは驚くほど軽くなっていた。
窓から駐車場を見下ろす。
バッテリーが上がったのは向こうのミスではなくこっちの過失なのに、なぜか偉そうにふんぞり返っている紫雨と、ペコペコ頭を下げているエンジニアとの対比が、傍から見ていて面白い。
それにしても―――。
(一晩中、俺を待っていてくれたなんて……)
紫雨はわがままで横暴な反面、感情をあまり表に出さない。
特に愛情については、それを伝えるのを怖がるのかのごとく、隠している。
(隠すの…得意だもんな)
彼は少年時代から叔母にされた行為を、隣室で眠る妹に隠していた。
就職したらしたで篠崎への好意を、周囲にも、そして観察能力の高い篠崎本人にも隠し通すために、必死だっただろう。
愛情を隠すのはそういった経験から、願わずも身についてしまった術なのかもしれない。
しかし彼は和室で自分が退職願を出した時、林のために泣いてくれた。
林の助手席で、昨夜は一晩中アパートで待っていたと告白した時も、あんなに顔を真っ赤にして―――。
「―――俺、ちゃんと紫雨さんに愛されていたんだな……」
(一人きりの部屋で、何イタいこと呟いているんだか―――)
自分自身に呆れる。
しかし言葉にしておきたかった。
声に出して言っておきたかった。
この気持ちと喜びを忘れないように。
偉そうに金を払う紫雨を見下ろしながら、林はカーテンを閉めた。