「尖ノ森君、どうしたの?」
営業で外に出ていたカズちゃんが、部長と一緒に戻ってきた。その声を聴いた瞬間、尖ノ森の表情が明るく和らぐ。そして「赤荻」とカズちゃんの名を呼んだ尖ノ森が、カズちゃんに全てを喋ってしまう。
「下等な地球人共がお前を悪し様に言っていたから、尋問していたのだ」
芝居がかった言い回しに憎たらしさが倍増する。カズちゃんじゃなかったら、速攻で殴っていてもおかしくはない。何故ならば、尖ノ森が余計なことをしているのはこの一回や二回ではないからだ。尖ノ森が騒ぎ立てる程に、カズちゃんに反発する馬鹿共はより一層に彼を疎ましく思う。元はカズちゃんに同情的な人達だって、この騒ぎを見ていれば忌避行動に移っても可笑しくはない。本人に問題がなくても、周りの人間に問題児が多ければ人は容易くその人を見限るのだから。
「尖ノ森君。同僚を下等なんて言うのは良くないと思うし、そういう言い方は僕、嫌いだ」
普段は穏やかなカズちゃんのストレートな「嫌い」は、傲岸不遜が人の形をした騎士王子さえも言葉を失う程度にダメージを与えるらしい。
「だ、だが。この外道共はお前のことを、利用しては嘲笑っていたんだぞ?」
「僕は僕自身が納得して行動してるよ。それをすることで、周りに何と言われるかも含めて。そんな僕の行動に、誰がどんな感想を持っても自由だよ。僕がそういうの『嫌い』って、君に言ったのと同じようにね」
そう言って、カズちゃんはちょっと言い過ぎたかな、と思っているらしい不安げな表情を見せた。尖ノ森が傷ついていないかを心配しているらしい彼の表情を、尖ノ森自身が一番よく理解しているらしく、またそれに甚く感動をしていた。
「……赤荻!やはりお前は、私が見込んだ同胞だ!」
カズちゃんのがっしりとした手を握り、尖ノ森は再び捲し立てる。我が愛しの純種、同郷の美しきリィヴァルシャンヌ。どうか私の番となり、地球人に虐げられし同法の光となるのだ。
尖ノ森の唐突な告白に呆気にとられるのも、もう今月で三回目ほどだ。そうして毎回、カズちゃんは誤魔化すことを不義と思い、自分自身の感情を答えるのだ。ごめんなさい、と。
「僕にはもう、付き合っている人がいるから」
カズちゃんの告白に、尖ノ森は一瞬怯んで、それでも気丈に聞き返す。誰が私からお前の愛を奪うのか、と。しかし、カズちゃんは「相手のことは言えない」と背を向ける。自身の席に戻り、皆より少し遅れた昼休みの時間で食事を始めるカズちゃんに、彼の休憩時間を邪魔することは出来ないと思っているらしい尖ノ森も自身の机へ戻る。その背中には怒りと悲しみが浮かんでいたが、カズちゃんは心を鬼にしてそれに気づかないふりをしている。勿論、申し訳なさと心配が落とされた肩に乗っかっているが。
カズちゃんの優しさを掠め取る尖ノ森が羨ましくて妬ましくて、延々と怒りの視線を送っていると部長に拳骨を喰らった。仕事をしろというように視線で書類を指し示す手厳しい部長の暴力に、八つ当たりじみた怒りを尖ノ森へ向ける。
(尖ノ森め、お前のせいで仕事も捗らない)
それでも社会人として仕事はしよう。視線を外す一瞬、尖ノ森の瞳が怪しい煌めきを孕んでいたことが、少しばかり気がかりであったが。そしてその気がかりは、数日後にはっきりと形を表して、俺達に波乱を巻き起こす。
その日から数日が経った終業時刻。カズちゃんは再び、尖ノ森に問い詰められていた。後輩や同僚、上司がいるにも関わらず、尖ノ森はずけずけとカズちゃんに恋人の存在を問う。周りは皆、カズちゃんを心配する視線か、そうでなければ人の恋路を面白がる好機の視線を送っているが、弁が立つ御曹司に歯向かう勇気はまだないらしい。
「赤荻。お前を恋人とする、恋人ながらに傲慢なる者は誰だ。女性か男性かも知らないが、私以上にお前に見合う存在はいないのだぞ?」
なんて傲慢な奴だ、とも思ったが。その実、確かに尖ノ森はカズちゃんに見合う部分もあるのだから腹立たしい。奴が傲慢だが、それ以上に優秀であり、よくよく観察すれば努力家でもあるのだ。仕事は丁寧で迅速で、カズちゃんを悪し様に扱われなければ地球人にも優しい。
勿論、彼の優しさは「ヒト基盤態プランツ亜種型異星生命体が地球人よりも優れている」という持論を基にした優しさなのだが。この思い込み――――否、事実プランツェイリアンは優秀なのだから決して単なる思い込みではないのだが――――取り合えずはこの苛烈ささえ持っていなければ、尖ノ森はカズちゃんと同じくらいにはモテていたと思う。
尖ノ森の質問に、カズちゃんは困ったように顰め面をして、どうにか「男の人」とだけ言った。単純に俺の名前を口にしないのは、きっと尖ノ森が俺へと詰め寄ることを心配しているのだろう。だが、此処でカズちゃんの優しさに甘え、名乗らずに隠れていれば……俺は彼の恋人とは言えない、言う資格はないだろう。
俺がすぐさまにカズちゃんの隣に立つ。すると、一瞬怪訝な表情をした後、察しの良い尖ノ森は「お前が」と呟いた。流石に他部の平社員の名前など知らないかと思っていたが、尖ノ森が俺を「狼森」と呼んだことには驚いた。俺は尖ノ森を睨みつけたままに、言葉を続ける。
「俺がカズ……赤荻の恋人だ」
「……お前は、赤荻を愛称で呼んでいるのか」
わずかに悔しさを滲ませた表情に、気を良くして「幼馴染だからな」と余計なことを言ってしまった。しかし、一度滑った口は簡単に止まってくれない。独占欲も含めたどろりと腐れた感情で、俺は尖ノ森にマウントを取る。
「生まれた時からの仲なんだ。同じ病院で生まれたし、家は隣同士だし。小さい頃から、仲の良い兄弟みたいに育ってきたよ。恋人同士になったのは、確か小学生の頃だ」
その一言が、尖ノ森の琴線に触れた、らしい。彼は「そうか」と呟いて、次に安堵にしては乾いた笑いを零した。
「だから赤荻は、お前なんかを恋人に選んでやったのだな」
一言が一瞬にして場を凍らせる。尖ノ森は気付いていないらしい表情で、言葉を続ける。
「成程。幼馴染ならば、赤荻がお前に『同情して』恋仲になったことも肯ける。お前が恋慕して赤荻に言い寄ったのだろう?しかし、そのような恋愛関係で、幼き時分の呪いにも似た約束一つで、お前は赤荻を幸せに出来ると思うのか?」
同情によって繋がれた関係は長くは続かない。お前だって、愛する赤荻の一生の傷にはなりたくないだろう。
「心優しい同胞の中には、数千年に続く己の命に、ほんの八十年程度しか関わらなかった地球人を置き続ける者もいる。百年に満たないのだぞ、地球人との関わりなんて。その期間の愛を永遠だと孤独に生きるのは、あまりにも不幸じゃないか」
私は赤荻にそんな悲しい運命を背負わせたくはない。私ならば赤荻を悲しませず、共に生きることが出来る。
「私は赤荻と同じ『純種』だ。私以上に赤荻を幸せに出来る人間は」
いない、と言い切ろうとした刹那、尖ノ森の体が横へ吹っ飛んだ。当たり前だ、カズちゃんが彼の横っ面を引っ叩いたのだから。それでも、机やコピー機にぶつかるほど飛ばなかったのは、彼がまだ力を制御している証だった。