「なにかもうこの光景も慣れましたね」
いつもの駄菓子屋のカウンター。
店の入り口には、赤子の人形。
中には、番犬のようにライオンが寝ている。
「スフィンクスみたいだな」
とライオンを見ながら倫太郎が言う。
「店の守り神ですかね?
でも、あやかしの人たちはともかく、生活に疲れたサラリーマンたちは、あれ見て逃げ帰ってそうですよ」
そんな壱花の頭の上をオウムが飛んでいた。
「倫太郎、ドM、ドM」
次の日、冨樫が全部クジをめくったときに出てきたオウムだ。
キヨ花が来るたび、倫太郎に、
「あら、ドMの社長さん」
とか笑って言うので覚えたらしい。
「なんでドMなんですか? 社長」
と壱花は訊いたが、倫太郎は、
「うるさいっ」
と言って答えない。
冨樫はクジを引いてスッキリしたのか、あれからはあまり現れなくなっていた。
「まあ、なんだかんだでありがとう」
そう冨樫に言われた壱花は、
なんでみんな私になにか言うときは、枕詞のようになんだかんだでって言うんだろうな、と思いながら、
「いえいえ、余計なことをいたしまして」
と謝った。
冨樫は、
「まあ、余計なことだったな」
と毒を吐きながらも、
「だが、すっきりした」
と言ってくれた。
「今の父親は文句のない父親だが、やはり、何処かで消えた本当の父のことが引っかかっていたんだろうな。
今はちょっとすっきりした気分だ。
生きているのか死んでいるのか。
これから先、会うことがあるのかどうかもわからないが」
そう言いながら、冨樫は今の家族の写真を見せてくれた。
そこに写る富樫の母は美しく、
「冨樫さんお父さん似だと思ってましたけど。
お母さんにも似てらっしゃいますね」
と笑うと、冨樫は渋い顔をし、
「だが、なんというか。
いつも軍隊の上官か? というような物言いで何事にも厳しい人なんだ」
顔以外、何処がいいのかよくわからない、と言う。
「今の父はよく耐えていると思う。
社長と同じドMなのかなと思っているんだが」
社長がドMなのかは知りませんが。
……もしや、前のお父さんが消えられたのは、それが原因では?
事件とか関係なくて、と思ってしまったが。
まあ、だったら、署のある鉄砲町に近づくなと高尾さんに言うのもおかしいか、と思っていた。
そんなことを思い出しながら、今、目の前で買い物に来たぬっぺっぽうに乗られているライオンを見ながら壱花は言う。
「冨樫さん、銃、どうしてるんですかねー?」
「抱いて寝てるんじゃないか?」
そんな適当なことを言いながら、倫太郎は後ろでダンボールの中をゴソゴソ漁っている。
「なにしてるんですか?」
床に置かれたそのダンボールには当て物がたくさん詰まっていた。
クジ系の商品だ。
「……銃がついてるのがない」
と呟きながら、倫太郎は中身をポイポイ外に出しはじめる。
やたら冨樫さんを止めていたが、自分が欲しかったのか、と思いながら、
「……なんで男の人って、銃とか刀とか好きなんでしょうね」
と呟いたとき、入り口から入ってこようとしたサラリーマンが見えた。
わりとよく見る人だ。
頻繁に此処に来るとはストレスたまってるんだなと思いながら眺めていると、サラリーマンはガラガラと戸を開けたあとで、ぬっぺっぽうに乗られたまま寝ているライオンに気づき、ひっ、という顔をした。
サラリーマンたちは、あやかしは見えない人がほとんどなのだが。
あやかしではないせいか、ライオンは見えるようだった。
彼は一瞬、ビビったものの、理性で、これは置物だ、と判断したらしく、入ってこようとしたのだが。
運悪く、そのタイミングでライオンが欠伸をしてしまった。
慣れた自分たちにとっては、かなりまったりとした光景だったのだが。
いきなり間近で、ガバッとライオンに口を開かれたサラリーマンは逃げ帰っていた。
「ああ、癒されに此処に来られたはずなのに。
かえってストレスかけてしまいましたよ~。
高尾さん、あのライオンさん、山に連れ帰ってくださいませんか?」
そう壱花が言うと、店の隅のストーブで倫太郎がすっかり飽きた文字焼きを子狸たちと焼きながら高尾が笑う。
「いやいや、葉介のお父さんが潜んでるかもしれない山にライオン放ってどうすんの」
まあ、何処のどんな空間にある山か知らないですが。
他の人間も現れるかもしれませんしね、と壱花が思ったとき、倫太郎がまだダンボールを漁りながら言ってきた。
「そのライオン、とりあえずリードでもつけとけ」
「ライオンサイズの首輪とリード、その辺で売ってますかね~?」
そう呟く壱花の頭の上を、
「ドM! ドM!」
と叫びながらオウムが飛び、店の入り口でライオンが欠伸する丑三つ時。
あやかし駄菓子屋は、本日も平和に営業中――。
「当たりクジ」 完
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