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「あれ、藤沢まだいたのか」



さすがにみんな帰宅しただろうと踏んでこの時間帯に戻ってくれば、誰もいないと思っていたオフィスに藤沢だけがぽつんとパソコンに向かっていた。



「…やっときたい仕事があったんで」



「そっか」



普段は外回り以外、定時きっかりに仕事を上げる藤沢にしては珍しい。

そう思った矢先、視線がぶつかる。



「江島さんは今までどこに?」



「っ、」



ぎくりと肩が跳ねそうになるのを必死に抑える。

何を隠そう、今の今まで俺は長谷さんと顔を合わせないためだけにこんな遅くまで外回りに出ていたのだから。



(うう、思い出すだけで怖すぎる…)



あの長谷さんにあんな大口叩いちゃうなんて…

もちろん後悔はしてないし、あの時言った言葉は紛れもない俺の本心ではあるけれど。

それにしても、学校でいえばヤンキーグループの長みたいなあの長谷さんにこんな鰯くらい弱っちい俺があんな啖呵を切るなんて……

明日からこの職場に俺の居場所はないかもしれない。というか、俺の席もなくなってるかもしれない。


——むりむり、考えただけでこわすぎる…!



ぶるり、と身震いした瞬間、ふいに藤沢が立ち上がった。



「…髪、ぼさぼさですよ」



不意に伸びてきた指先。

ピアノでも弾きそうな、長く細い骨ばった指が俺の髪をすく。 



「っ…そ、外回り行ってたから…」



なんだ突然…!?と動揺する俺とは裏腹に、藤沢は「そうですか」と呟き、俺の頭を指先で撫で始めた。


その手つきがどうもエロくて…

まるで女性に触るようなその手つきに思わず目を閉じてしまう。


だが藤沢の手は俺の絡まっていた髪を解いたあと、すぐに離れてしまった。

けれどたしかに頭に残る藤沢の熱に、俺はなんとなく気恥ずかしくなって俯いた。



「江島さん」



「あ…な、なに…」



ぽつりと呟く藤沢の声に、ぱっと顔を上げる。

思っていた以上に藤沢の顔が近い。



(あれ、なんかデジャヴ…)



前にもこんなことがあったような……と思い返そうとした俺に、藤沢は続けた。



「今日は誘ってくれないんですね」



「誘う…?な、何を…?」



「飯っす」



「あぁなんだ飯のことか…———って、ええ!?飯ぃ!?」



信じられない。あの藤沢の口からそんな言葉が出るなんて。

…なんか今日の藤沢いつもと違う。


どこが違うって、……なんだか今日はやたら俺への扱いが優しい。

手つきも声も…表情も。

優しいというかむしろ恋人に向けるような甘さすら感じてしまう。



戸惑う俺をよそに、藤沢は淡々と追い打ちをかける。



「今から行きません?ご馳走しますよ」



「そっそれは俺の役目だから…ってちがうちがうそうじゃなくてっ!」



突然の後輩の言葉に混乱する俺に藤沢は「先輩稼ぎ少ないでしょ」なんて悪態をついてくるもんだから。

俺はきっと睨みつけてやったが、当の本人はまるで気にしていない。



「突然どうしたんだよ藤沢…おまえ仕事とプライベートはきっちり分けたい派だろ?」



「はぁ…まあそうなんすけど」



「それが突然飯に誘ってくれるなんて…一体どんな風の吹き回しだ?」



「俺、気づいちゃったんですよね」



「?なにを?」



「最近悩んでた心臓の症状の原因」



「悩み?心臓…?なにおまえ病気なの…!?」



早く相談しろよばか……!と藤沢の体を上から下まで触ろうとした俺の手を、不意に藤沢が掴んだ。



「ご心配どうも。けど原因はわかったんで、多分もう大丈夫っす」



するり、と熱を帯びた手が肌をなぞる。

手の甲から腕、そして二の腕へ。



「っぁ……げ、原因はなんだったんだ…?」



「んー…?」



「っふッ…、」



今度は俺の頬を優しく撫でた。

くすぐったくて、思わず吐息が漏れる。



(ごめん藤沢、こんなキモい声きかせて……!!)



俺は心の中で必死に謝った。

けれど藤沢は不快な顔をするどころか、むしろ嬉しそうに笑った。

そして——。



「原因はあなたです」



「……は?」



「どうやら俺は、江島さんのことが好きみたいです」




(……え、え……)


言葉が出ない。

胸の奥がぎゅうっと締め付けられるようで、呼吸すらままならない。

頭では理解しようとしているのに、身体は完全に置いてけぼりだ。



「…ちょ、ちょっと待て」



声にならない声で口を押さえる。

藤沢は少し首を傾げてから、促すように真っすぐに俺を見つめた。



「……そ、それは先輩として……?」



思わず聞き返すと、藤沢の唇がゆるく弧を描いた。



「残念、恋愛対象としてだよ」



——心臓が止まったような気がした。


俺は思わず後ろに一歩下がる。

だが俺の頬に手をやる藤沢も必然的に一歩下がる。

結局、距離はほとんど変わらない。



そして藤沢は、また一歩近づく。

相変わらず嫌味なほど整った顔が俺の顔を覗きこんだ。



「それで、返事は?」



心臓が跳ねる。

視線も、距離も、触れる感覚も。

すべてが俺の意識を支配する。



「っ…そ、そんなの……」



言いかけて言葉が詰まる。

藤沢の目がじっと俺を見つめて離さないからだ。

それでも俺は拳を握りしめて、声を振り絞った——



「っか、考えさせてください……!!!」



一瞬見開いた藤沢の切れ長の目がふっと緩む。

そして楽しそうに細められた。



「即決拒否ですか…江島さんのくせに生意気だなぁ」



「く、くせにってなんだよ…!」




藤沢はにやりと笑い、腰をかがめた。

まるでそう、キスでもするみたいに——




「こっから巻き返してみせますよ。俺の営業力は江島さんも知ってるでしょ?」




誰もいない夜のオフィス。

ふたりの距離がゼロになったかどうかは、本人たちのみぞ知る。



強張る江島の耳元で、藤沢はこう囁いた。



———クロージングかけていいですか?

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