断続的に感じる車体の揺れ。小さく唸るように耳に届くエンジンの音。そして、ウインドウから覗ける移り変わる海岸の景色。
長い間車に乗ってなかったからでしょうか。何だか懐かくて落ち着く感覚です。このまま目を閉じてしまいそうですが……生憎目の前にアル様達がいらっしゃるのでそんな無礼なことは出来ません。
そんな心穏やかな私に対して、アル様は怪訝そうな顔のまま固まってしまっています。まるで不意に大物にでも出会したような驚いた顔をなされているようですが……。
「えっと……な、何か飲み物でも用意しましょうか?」
「は、はわわっ……はわわわわわっ……?」
「社長、完全にショートしちゃってるね」
ぴくりとも動かないアル様に観念したようで、カヨコ課長がアル様の肩を少し強く揺らして意識を取り戻させました。
「はっ!!?な、何だっけ?何話してたんだっけ?!」
「まだ切り出してすらないよ〜?」
「申し訳ありません、アル様……私が不甲斐ないばかりに……」
「い、いいえ!全くそう思ってないわ!はい!」
我に返っても本調子に戻れずあたふたするアル様を見て、隣に座っていたムツキ課長が代わりに質問を口から出してくれました。
「そういえばハルカちゃん?ハルカちゃんの実家ってどこなの?とりあえず家がお金持ちってのは分かったけどさ」
「それはですね……外を見て貰えば火を見るより明らかだと……」
どうも私の口から言うのは少し恥ずかしいと感じたので、それより簡潔に私の家を紹介させました。
私の言葉に促されるがまま3人は窓を覗き、外のとある建物を眺めました。
「石油コンビナート……まさか、ハルカの実家って『イノグサ・インダストリーズ』だったりする?」
「はい!その通りです!」
思わず私は明るく応えました。
「イノグサ・インダストリーズ?」
「イノグサ……その会社の創業者の後継争いに勝ってた伊草家がその会社の過半数の株式を保有してるって聞いたけど……成程、伊草か」
「はい……思ってたよりもバレなかったようですけど……」
「まあ、近くに大富豪のお子さんがいるなんて夢にも思わないもんね」
「ま、まあ、そうね……」
何だか空気がよろしくないと感じたので、私は気を利かせて、クーラーボックスからある物と皆さんに差し出しました。
「な、何なのかしら?」
「これは、私の実家の庭で採れた果実を絞ったジュースです……口に合うといいですが……」
そうして差し出されたジュースを、皆さんは躊躇いながらその液体を口に通すと、みるみると顔を綻ばせました。
「おお〜、意外とサッパリしてて飲みやすいね?」
「うん……私は好き」
「口に合うようでよかったです……!」
特にアル様は、一層綻ばせるどころか……。
「何これ!!すっごく美味しいわね!!色味とか味も相まってワインでも飲んでるみたいね!」
「社長、ワイン飲んだことあるの?」
和気藹々としている場面を見て私も綻ばせていると……。
「お嬢様。間もなく到着します」
「あっ、分かりました……」
どうやら、もうすぐで実家に到着ようです。水平線から昇ったばかりの太陽が載せられた青い海をバックに、段々と緑色が増えていくのが目に見えて分かります。私の実家の周りは、両親の趣味なのか植物や樹木でのみ形成される区域が多いんです。
「……結局、一息すら吐けなかったね」
「い、いえ、そんな……肩の力を抜いてもいいんですよ?」
「ふふっ……じゃあ、そうさせて貰おうかしら」
と、何とか和もうとするアル様でしたが、未だに肩に力が入っているようでした。
急停止する訳でもなく、緩やかに停止した黒いリムジン。停止して間もなく、黒いドアは内側から開かれました。
最初に出てきたのは、整ったスーツを着用するロボットの召使いでした。ひらりと外へ出て、優しくドアを持ちました。その手際の良さを鑑みたアル様はどこかウキウキとしていたように見えました。
召使いさんに続いて、アル様、カヨコ課長、そしてムツキ室長が車の外へ出た後、最後に私が出ると召使いさんがゆっくりとドアを閉めました。
「いつもすみません……」
「いえ、これぐらい当然です」
召使いさんへ感謝を述べ前へ振り向くと、3人がその場で立ち尽くしていました。
「なななななななっ!!?」
「そ、相当太いね……」
「あちゃー、想像以上だわ」
私たちの前に立っていたのは、それはもう“大きい”としか語彙を失ってしまう程、巨大で煌びやかな洋風の建物でした。装飾も本館に負けておらず、壮大な自然を表すような、綺麗で尚且つ広大な庭園、、日光が水面に反射して、星空にように一つ一つ小さく光るもどこか形状し難い感情が押し寄せる、後方に広がる真っ青で雄大な大海原。どれも引けを取らない芸術に、私ですら暫く言葉を失いました。
このままだと長い間この場に釘付けになりそうだと思いましたので、私が3人に声をかけました。
「えっと……!中に……入りましょう……」
「……ほら行くよ、社長」
お二人方はどこかもの惜しそうに渋々と歩を進めましたが、アル様はまだ釘付けのようでしたが、いつものようにカヨコ課長に肩を叩かれ我に返りました。
庭園を通る長い道を辿り、重厚な扉を開くと、建物内にはこれまた煌びやかなフロントが広がっていました。中央の天井には巨大なシャンデリアが吊るされており、フロントの所々には高価そうな絵画や彫刻が飾ってました。
「内装も、外と引けを取らないね」
「ん〜?これって、60億もする絵じゃない?」
「本当だわ……それもこんなにもいっぱい飾ってるわね」
「大変ご満足そうですね、便利屋の皆様方は」
「はい、よかったです!」
暫し芸術鑑賞に浸っていたところ、何やらぞろぞろと執事さん達が集まってきました。
「「「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」」」
「は、はい……只今お戻りになりました……」
「た、沢山の執事……!」
私が執事さん達と挨拶を交わすと、その内の1人の執事さんがお伺いになりました。
「お嬢様、便利屋の皆様方は大変お疲れのようですね……ゲストルームへ案内しましょうか」
「はい……!」
「それと……藪から棒ですが、ドレスを見せびらかすのは如何でしょうか?」
「えっ!?……そんな、私に似合いません……」
「ご謙遜ならないでください。ここにあるどんなドレスよりも、お嬢様に似合いそうなドレスを仕立てて上げます。それと、こんな機会滅多にございませんので、一度皆様方に見せた方が宜しいでしょう」
「で、では……お願いします」
召使いさんに用意させて貰った洋服を着こなして、少し羞恥する気分と共に3人がいらっしゃるゲストルームの扉を慎重に開きました。
「す、すみません……少し野暮用が……」
「久しぶりの実家に帰ったんだから、何かあったりするわよ。それぐらい私は気に、しな……」
「ハルカ、その衣装……」
「おお」
「え、えっと……変、ですか?」
皆さんが私の衣装を見つめたまま動かなくなってしまったので、似合わなかったかなと伺ってみた所……。
「違うわよ!あまりにも似合いすぎて言葉を失っちゃったの!」
「この前のドレスとは、別のみたいだけど……」
「こっちは落ち着いてる感じがするね、このハルカちゃんも可愛いよ?」
私の服装は……オペラハウスの時の少し洒落たドレスとは違い、ラベンダー色の子供らしく可愛らしいドレスでした。前例があったので似合うかどうか分かりませんでしたが、安堵しました。
「ふふ……ありがとうございます……」
その時、召使いさんがティーワゴンを押しながらやって来ました。
「おおっ、ここも本格的だね〜」
「こちら、自家栽培した紅茶で御座います。砂糖はこちらにご用意してありますので、遠慮なく使ってください」
「ハルカの家って、何かと自家栽培系の多いよね」
「これも御両親の趣味です……」
皆さんのティーカップに紅茶が注がれました。
「……ねぇ、砂糖ってあるかしら?」
「砂糖ですか……では、こちらを」
するとアル様に差し出されたのは、瓶に入った蜂蜜でした。
「これって……蜂蜜じゃない」
「蜂蜜を混ぜることによって、苦味が抑えられてまろやかな甘味とコクが出てくるんですよ」
召使いさんの解説にアル様は関心を見せました。そうして解説を聞き遂げると、早速紅茶に蜂蜜を混ぜ始めました。コツコツ、と陶器当たる小気味良い音を鳴らしながら愉快そうにコスプーンを回すと、紅茶独特の香りが漂い始めました。
「ふふっ……いい匂いだわ」
満足そうに感想を残すと、できる限り丁寧な作法で一口飲むと、アル様は静かに噛み締めながら、
「美味しいわね……」
「夢中ですね…… 」
極上の美味を体感したと言いたそうに口を綻ばせるアル様をただずっと見つめていると、召使いがそそくさとこの場を去ってしまいました。
またもや引き伸ばしです……。完成してから出せって?至極真っ当です。
コメント
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ネフティスと並ぶ(知らんけど)大財閥なのかぁ…てかハルカの雑草を育てる趣味がご両親譲りなのは恐れ入った…紅茶に蜂蜜かぁ、紅茶苦手だから試しようが無いなぁ