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ピロン
久しぶりに、恵美さんから連絡があった。
『晴翔くん、雑誌が出来上がったよー』
『本当ですか?ありがとうございます』
『今回のは驚くと思うよぉ。色々と話さなきゃいけない事もあるので、明日事務所の方まで来てもらえる?』
『了解しました』
雑誌かぁ、すっかり忘れてたな。最近、色んな出来事がありすぎて、頭の隅に追いやられていた。それにしても、話したいことって何だろうか?また、次の撮影の話かな?
ーーーーーーーーーー
俺は、バスに揺られ事務所へと向かった。今回は大切な話があるようなので、香織は連れてこなかった。一応話はしたのだが、どうやら元々綾乃と約束があったらしい。何かあったら、すぐ連絡するように釘をさされたが、流石に大丈夫だろう。
「ねぇ、あれHARU様じゃない?」
「うそっ、本当だ!」
「格好いいねぇ、声開けてみようかな??」
ふぅ、最近SNSを始めてから、以前にまして注目されるようになった。外に出ると全然気が休まらない。話しかけられても困るので、俺は先ほどからこちらを見て話している女性たちの方を見る。
すると、ばっちり目があったので、パチンッとウインクをすると、人差し指を苦口元に置き、「シー」とジャスチャーした。これで伝わるだろうか?
「「「はうぅぅぅぅ!!」」」
どうやらちゃんと伝わったようで、ぺこぺこと頭を下げ、静かになる女性たち。何やら胸を手で抑え、顔は真っ赤になっているが大丈夫だろうか。
心配したが、大丈夫だったようで次のバス停で彼女たちは降りて行った。その時に、なぜか「ご馳走様でした!」と満足そうに降りて行った。
その後、何事もなく事務所までバスに揺られること20分。前回の撮影スタジオがあるビルに到着すると、関係者入口からビルへと入る。実は、前回俺用のカードキーをもらっていたのだ。これがないと入れないので、気をつけないといけない。
確か、事務所は7階にあるんだっけか?前回のスタジオは5階だったので、初めて上る階になる。前回は恵美さんも一緒だったので、一人で来るととても緊張した。
エレベーターが開くと、スタジオがあった階とはだいぶ異なり、会議室やミーティングルームなどがいくつか並び、他には社員さんのデスクと思われるものが、ズラリと並んでいた。
「おっ、晴翔くん、こっちこっち!」
遠くの方から手を振っている女性を見つけた。よーく見ると、恵美さんのようだ。俺は、恵美さんの方へ向かった。
「うわぁ、あれがHARUくん?」
「すっごいイケメン!」
「安藤さん、どこで見つけたのかしら??」
ここに来ても注目されるとは、居心地が悪い。様々な視線に晒されながら、俺は恵美さんの元へ辿り着いた。
「ごめんね、迎えに行けなくって。仕事がたまっててね」
「いえ、大丈夫ですよ。気にしないで下さい」
「さて、立ち話もあれだから、場所を移動しようか」
俺は、恵美さんについて行き、ミーティングルームの一つに入った。ミーティングルームは全てガラス張りになっており、外から丸見えだった。こんなに丸見えなのに、外の音は全く聞こえなかった。すごいな。
「まず、本題に行く前に、晴翔くんのマネージャーなんだけど、正式に私に決まりましたので、よろしくね」
「本当ですか?いやぁ、知ってる人で良かったです。よろしくお願いします」
なるべく性格が合う人がいいなぁとは思っていたが、まさか恵美さんになるとは。本当についてるな。
「さて、挨拶も済ませたところで、まずこっちが例の本ね」
そう言って、恵美さんが差し出したのは、前回のような雑誌ではなかった。
「あれ、今回も雑誌の中の特集じゃなかったでしたっけ?」
「ははは、実はねぇ。特集の方ももちろん作ったんだけどね。小湊さんが頑張りすぎた結果、どれも捨てがたいとのことで、写真集を出しちゃいました。てへ」
いやいやいや、てへって。可愛いですけど、やることは全然可愛くない。俺はペラペラと写真集をめくっていく。
明らかに、雑誌の時とは作りが違う。紙の材質もかなり良いものだ。しかし、これが果たして売れるのか?
「作ってもらってあれですけど、売れますかね?」
ちょっと弱気な発言をした俺に、バンッ!と机を叩いて立ち上がる恵美さん。
「ぜっっっったい、売れるよ!安心して、きっと凄いことになるから」
笑顔の恵美さんに励まされ、俺は少し気持ちが楽になった。この件は、恵美さん達な任せよう。
その後、写真集に関しては、俺の分を含めて5冊ほど頂いた。身近な人には配っても良いとのことだった。そして、いつも通り、SNSでの宣伝をお願いされた。
「そういえば、フォロワーだいぶ増えたねぇ。もうすぐ10万人だよ?すごいね」
「ははは、全然実感ないですけどね。日に日に数字だけ増えていくのでびっくりです」
「それだけ、みんな晴翔くんに注目してるんだよ。そして、それは一般人だけでなく、業界の人達もね」
そう言って渡されたのは、一冊の本だった。
表紙から裏表紙まで、水色一色で表紙にはタイトルが書いてあるだけ。
「それはね、今度放送予定のドラマの台本なの。大崎監督がやるんだけど、ぜひ晴翔くんに出演お願いしたいって、打診がきたの」
「そういえば、以前お会いした時そんなこと言ってましたね。まさか、本当にお話を頂けるとは」
「俳優デビュー作を大崎監督にやってもらえるなんて、凄いことよ!?」
「そんなに凄いことなんですね。実感がわかないな」
俺は、台本に視線を落とす。
タイトルは『青い鳥』
パラパラと捲って、内容を簡単に確認する。ふむふむ。どうやら恋愛ドラマのようだ。一匹の青い鳥がきっかけで、二人は出会い、徐々に距離を詰めていく。その中で、様々な苦難を乗り越え最終的には晴れて結ばれる。
ありきたりな話ではあるが、キャラクター性がとてもユニークで面白そうな作品だ。俺は一体何の役をやるんだ?
「あっ、ちなみに晴翔くんは今回主役よ」
「俺が主役ですか!?」
「そう、監督も原作の作家さんも晴翔くんじゃなきゃ、やらないって言ってるらしいのよ」
「そ、そうなんですか」
なんだか、大変なことになっている気がするな。果たして、俺なんかに主役が務まるのだろうか?何だか不安になってきた。
「色々と話さなきゃならないことがあるんだけど、とりあえず撮影までの流れを説明しておくね」
流れとしては、まず顔合わせで、監督や脚本家、キャストなどが一堂に会し、ドラマのコンセプト、企画内容などを確認し、全てのスタッフと意思疎通を行う。
次に、撮影前に台本の読み合わせ稽古が入る。台本をもとに出演者は読み合わせを行い、台詞への感情の入れ方などを話し合いながら進めていく。
そして、リハーサルをセットや立ち稽古などを行い、立ち位置や細かな動きを打ち合わせていく。そこまでいって、ようやく本番となるようだ。
ドラマを一本作るだけでも、相当時間がかかるんだなぁ。
「そうそう、晴翔くんには今回やってもらいたいことがあるんだよね」
「えっ、何ですか?」
「んー、それはまだひ・み・つ!きっと驚くよ」
恵美さんは何かとサプライズというか驚かせるのが大好きのようで、あまり詳しく教えてくれないことが多い。
その後も、ドラマ以外にも仕事の話はきているようで、どの仕事を受けるのか、どんな仕事はNGなのか、打ち合わせをした。
小一時間ほど打ち合わせを行い、やっと休憩となり、部屋の外に視線をやるとそこには桃華の姿があった。どうやら、向こうもこちらに気づいたようで、凄く目を輝かせていた。
「HARU様、今日はどうしたんですか?」
「やぁ桃華、俺は打ち合わせにね。桃華は?」
「私もです。今度のドラマの件で話し合いです」
「ドラマって、『青い鳥』のやつ?」
「そうですよ。もしかしてHARU様もですか!?」
「うん、なぜか主演でオファーもらってね」
「本当ですか!?私はヒロインなんですよ!あっ、そうだ」
桃華は何を思ったか、急いでマネージャーのもとへ戻ると、何かを耳打ちしていた。かなり重要なことなのか、マネージャーさんはかなり驚いていた。
「ふふふ、そうですかぁ、HARU様とドラマ楽しみだなぁ」
凄くニコニコしている桃華。そんなに嬉しいことがあったのだろうか?
「HARU様、あのドラマってキスシーンあるんですよ、知ってました?」
「あぁ、確かにあったな。でもふりでいいって書いてあったぞ」
「ふふふ、そうですね♪」
実際にはした方が、よりリアルだし作品としてはいいんだろうが、確か桃華はまだキスNGだったはずだ。ならば今回はしたふりで行くことになるはず。仕事とはいえ気まずいからな。
その後、俺達はそれぞれ休憩を終えると、またそれぞれのマネージャーとの打ち合わせを行い、解散となった。そして、俺が次に桃華と顔を合わせたのは、顔合わせの時だった。