貴方は絶対忘れない
「あ、すみません病室間違えました!」
これが、彼との出会いだった
持病が悪化して入院していた私は隣の病室の優斗(ゆうと)さんと友達になった
優斗さんは私と違って少し不思議な病気にかかっているその病気は『喪失症候群』昔の記憶を始めにどんどん記憶が消えていき、生きがいすら、呼吸の仕方すらも忘れ亡くなってしまう病気
治療法は…無い、ただただ記憶を失い亡くなるのを待つしか無いのだ
「記憶が無くなるのはやっぱり悲しい?」
「そうだね、大切な眩しいような記憶が消えていくのは悲しいね、もう小学校での記憶は全部消えちゃったよ」
少し悲しそうに笑う、私といえば持病はもう軽くなり、3日後には退院だ
けど、優斗さんを1人になんてしたくなかった
いや、優斗さんから離れたくなかった
「私、退院しても優斗さんに会いに行くよ…優斗さんを1人にしない絶対」
「―――!」
優斗さんは少し驚いた様な顔をしてから
「ありがとう」と笑った
耳が少し赤かった
いよいよ私が退院する日、会えないわけでは無いけど、会える時間が少なくなるのは嫌だな
「退院おめでとう、もうこんなところで入院しちゃ駄目だよ」
そういって小指を私に向けた
「約束させて、これからも僕と仲良くすること元気に生きて行くこと、僕が死んだら…その時は僕なんか忘れてね」
「…え」
忘れるなんて嫌だ、そう言いたかったけど優斗さんの指が、声が少し震えている事に気づいて、そんな事は言えないやと思った
サイドテーブルのチョコレートコスモスがやけに綺麗だった
優斗さんはどんどん記憶が消えていった、消える速度も早くなっていった、けど優斗さんが喪失症候群に怯むことは無かった
私の事を忘れた日
優斗さんは廃人のようになっていった、明るかった目もいまでは夜よりも暗くなっている
「どれくらい覚えてる?」
「…わからない、自分が誰かも貴女が誰かも…今では呼吸まで苦しくて」
「…そっか」
もうすぐ優斗さんに会えなくなるんだと理解した
一週間後、優斗さんは亡くなった呼吸困難で
それを聞いて胸をえぐるように大きな穴が空いた様だった、苦しくて苦しくて今にも泣きそうで
(約束…したからには、優斗さんへの未練は捨てないと)
だけど、その前にもう1度優斗さんの病室に行きたくなった
(これで終わらせよう)
病室はすっかり片付けられていた、サイドテーブルのチョコレートコスモスも優斗さんの好きだった本も全部無くなっていた
一つだけ優斗さんの私物らしきものがあった、ベットの下に日記があった、ページをめくっていくと、一つのページが目に止まった
『今日は1人の女性に会った、とても可愛らしい子だった、友達になれたら嬉しい』
「――!」
次々とページをめくっていった、そうしたら亡くなる前日の日記があった
『本当はあの子の事は覚えていた、けど僕が忘れてたって言わないとあの子はきっと、前へ踏み出せなくなる、あの子をいつまでも苦しめたくはない…もしも出会ったのが病院なんかじゃ無くて、もっと普通の出会いが出来ていたら…どれだけ嬉しかった事か』
『――――死にたくない、もっとあの子の隣に居たい』
馬鹿だなあ、私は…優斗さんの最後の気づかいを無駄にして
「こんなの見て、忘れられるわけ無いじゃない…」
日記に書かれた優斗さんの文字が滲んだ
落ちていく朱色の太陽がやけに眩しかった
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