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フェリシアはアマリリスを見つめる。
「はい、わたしもエルバート様が好きです」
そう、告白すると、
アマリリスは優しく微笑む。
「ならば、お互い負けられませんわね」
「フェリシア様、お料理にそれぞれ全力を尽くしましょう」
「はい」
その後、しばらくして、フェリシアとアマリリスのビーフシチューが出来上がると、
皿にそれぞれ少し盛り、お互いにスプーンで味見をし、
台所まで来たディアムとエルバートの父の側近にはきちんと盛り付けをして、フェリシア達のビーフシチューをスプーンで食べて完食してもらい、
エルバート達が食べる6皿の毒味もしてもらう。
すると全皿問題ないと判断され、
広間までディアムがフェリシアのビーフシチュー、エルバートの父の側近がアマリリスのビーフシチューを責任を持ってお盆で運び、
エルバート、エルバートの母、エルバートの父のテーブル席にエルバートの父の側近がアマリリスのビーフシチューを一皿ずつお出ししていき、
その後に続いてディアムがフェリシアのビーフシチューを同じようにお出しして、
エルバート達のテーブルにそれぞれ2皿ずつ並ぶ形となった。
「では私から」
エルバートはそう言い、スプーンを持つ。
そんなエルバートの姿を心臓をドキドキさせながら、アマリリスと一緒に見守る。
エルバートはアマリリスのビーフシチューからスプーンで食べ、完食するとスプーンを自身に対し平行にして置き、普段と変わらない冷酷な表情で頷いた。
隣のアマリリスをふと見ると、両目に涙を薄らと浮かべている。
エルバートに初めて自分の料理を食べて貰え、更に完食して貰えたことが余程嬉しかったのだろう。
アマリリスのビーフシューを先程味見したけれど、
とても高貴な味で美味しかった。
だからエルバートも頷くくらい美味しかったに違いない。
そう思っていると、エルバートと一瞬目が合った。
それを合図にエルバートはフェリシアのビーフシチューを新たなスプーンで食べる。
すると、なぜかとても驚いた顔をしたものの、完食し、アマリリスの時と同じようにスプーンを置いてフーッと息を吐いた。
(ご主人さま、美味しくなかったかしら……でも、わたしも完食して貰えたことが、とても嬉しい……)
エルバートの母はエルバートの反応を見て笑うと、
頂きますわと言ってアマリリスのビーフシチューをスプーンで食べ、惚れ惚れしたような表情で完食し、
フェリシアのビーフシチューをじっと見つめた後、新たなスプーンで食べ始める。
するとエルバートと同じようになぜか とても 驚いた顔をし、完食した。
そうして最後にエルバートの父が、頂こうと言い、
アマリリスのビーフシチューをスプーンで食べ始め、完食し深く頷くと、フェリシアのビーフシチューの香りを確かめた後、新たなスプーンで食べ始める。
するとエルバートの父もなぜかとても驚いた顔をし、完食した。
アマリリスの隣でフェリシアはとても驚き、固まる。
一口で終わりかと思っていたのに、おふたりにぜんぶ食べて貰えた。
こうして、最後となる料理作りは終わり、
正式なエルバートの花嫁候補が選ばれる時間となった。
エルバートの父が口を開く。
「これより、正式なエルバートの花嫁候補を発表する」
フェリシアとアマリリスは 祈るような気持ちでエルバートの父の姿を見つめ る。
(どうか、お願い――――)
「正式な エルバートの 花嫁候補は、アマリリス嬢とする」
エルバートの 父のその言葉を聞き、頭が真っ白になった。
エルバートは冷酷な表情のまま黙ってエルバートの父をただ見つめる。
「フェリシアさん、貴女には最初から最後まで驚かされた」
「特に料理のビーフシチューは素晴らしかった」
「だが、アマリリス嬢のビーフシチューの方が優れていると判断した」
「しかしながら、努力を配慮し」
「フェリシアさんには一ヶ月間、ブラン公爵邸にいる事を許す。だが、その後、ブラン公爵邸から出て行って頂くこととする」
一ヶ月後は晩夏。つまり一番暑い時期に出て行けと言う。
死んでもかまわないといわれたようなもの。
エルバートと一ヵ月間一緒にいられるのは嬉しいけれど、
(これでは すぐに出て行けと命じられた方が余程マシだわ)
「父上! これはやはりフェリシアを追い出す為の口実を作る茶番であったか!」
エルバートは叫び、冷ややかな物凄く強い気を放つ。
しかし、エルバートの父はその気を無視して話を続ける。
「異論は一切認めん」
「一ヵ月後にブラン公爵邸にはアマリリス嬢に住んで頂く」
その言葉を聞いたエルバートは剣に手を掛ける。
いけない。魔もいないこのような場で剣を抜かせてはだめ!
「分かりました」
「一ヶ月後、ブラン公爵邸から出て行きます」
エルバートは驚いて剣から手を放す。
「フェリシア、何を」
エルバートと初めて出会った日、
尽くそうと、
勤めを全うするしかない、
どんなに嫌な顔をされようともと心を決めていたのに。
「ご主人さま、力及ばず、申し訳ありません」
フェリシアはそう言って頭を深く下げる。
すると近くの教会の鐘の音が聞こえた。
フェリシアは頭を上げ、一人、 広間から駆け出て行く。
悲しいはずなのに涙も出ず、心の痛みも感じない。
自分には、料理だけだったのに。
その料理すら、
(ご主人さまに認めてもらった特別なビーフシチューすら、敵わなかった)
伯母の家にはもう帰れない。
一ヵ月後、自分は何処に行けば良いのだろう。
* * *
フェリシアは螺旋のような階段を駆け降り、扉からブラン伯爵邸を出る。
そしてそのまま真っ直ぐ駆けて行き、
施錠されていない、人一人分開いた門から外に出た。
まさにその時だった。
レイスのような異形なアンデットの 魔が隣に現れ、
両目を光らせ、掴む形をした両手で フェリシアの中に入ろうと 襲いかかる。
「あ……」
「フェリシア!」
追いかけて来たエルバートが祓いの力を使い、フェリシアまで 瞬時に駆けつけ、左手でフェリシアの肩を持ち、自身に引き寄せ、そのまま右手から 祓いの力を放った。
すると魔は破壊され、光と共に浄化されると同時に 門の一部が崩れ落ちた。
「……ブラン伯爵邸まで届けば良かったものを」
「……しかし門はディアムが開け、きっちりと締めたはずなんだが、人一人分開いてるということは魔の仕業か? それともここの者の仕業か?」
「……いずれにしてもおかしいことに気付けなかった。それにフェリシアの魔除けは万全だった。にも関わらず何故フェリシアばかり狙われる? やはり秘められた力が関係しているのか?」
エルバートが小声で何やら呟くも聞こえなかった。
エルバートが追いかけて来なかったら、間違いなく、自分は自分でなくなっていたし、死んでいただろう。
「追い付けて良かった。フェリシア、大丈夫か?」
エルバートに心配され、
フェリシアの両目から大粒の涙が零れ落ちる。
どうしてここで涙が出るの?
心の痛みも感じるの?
魔に襲われそうになり、怖かったのか、
正式な花嫁候補に選ばれず、物凄く落胆して傷付いたせいなのか、
緊張が切れたせいなのか、
ここ2週間、寝不足だからなのか、
もうよく分からないけれど、涙が溢れて止まらない。
一ヵ月後、出て行く身なのに、
こんなの困らせるだけなのに。
エルバートは切なげな顔をし、何も言わずにフェリシアをただ抱き締めた。
その後、ディアムとエルバートの母の執事も駆け付け、
ディアムに心配されると、
現れた魔を浄化した際に門の一部が崩れ落ちたことをエルバートが伝え、
エルバートの母の執事は自身が修復すると笑顔で言いつつも目が笑っていなかった。
そして早く帰った方が良いと、
ディアムに馬車に乗せられたのは良いものの、
フェリシアはエルバートに命じられ、隣に座らされた。
エルバートは肩をそっと抱き寄せる。
「あ、あの!?」
「また魔に襲われるかもしれないからな」
「それに疲れただろう、このまま眠れ」
「い、いえ、ご主人さまこそお疲れなのでは……」
「私がこうしていたいのだ」
「それにお前のビーフシチューには1番驚かされた」
「至高の味だった」
「だから父上のことは気にするな、忘れろ」
「お前を決して出て行かせるものか」
「ご主人さまっ……」
フェリシアは嬉しさとドキドキでいっぱいで最初は眠れそうになかった。
けれど、 いつしか 安心感に包まれ、 眠りについた。
* * *
「そうか、ブラン伯爵邸が魔に襲われたのは、虚言であったか」
翌日の朝のこと。皇帝の間でルークス皇帝が跪くエルバートに話しかける。
「はい、宮殿に嘘の通達をするなど許し難い行為。母上の代わりにお詫び申し上げます」
髪を麻紐で一つにくくり、高貴な軍服を着たエルバートは深く頭を下げた。
「まあ、許す。しかし、お前も大変であるな」
「正式な花嫁候補をアマリリス嬢に決められるとは」
「…………」
「不服そうであるな」
「それは今は良いとして、昨日の帰り、例のお前が胃袋を掴まれた女、フェリシアと言ったか? 誠に魔に襲われたのか?」
「はい。しかしながら、たいした魔ではなかった為、すぐに浄化致しました」
「なら良いが、そのフェリシア自身にますます興味が湧いた」
「フェリシアに一度会ってみたい」
「しかし、フェリシアは一ヵ月後、ブラン公爵邸を出ていくのだろう?」
「困ったな、配慮したいところではあるが、我も忙しい上、すぐには難しい。だが、よし、決めた」
「エルバートよ、晩夏の2日前に、ここに連れてまいれ」
「かしこまりました」
エルバートは跪いたまま、深々と頭を下げ、扉から皇帝の間を出て、廊下を歩く。
麻紐で一つにくくった髪が微かに揺れる。
まさか、ルークス皇帝にフェリシアを会わせることになるとはな。
何事も起きないといいが。