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#王馬小吉
あい
37
!!
4
ろろさゔ @よつばリスナー
55
しいな
70
最原 「」
王馬 『』
「(…酷い夢を見た気がする)」
重たく沈む頭痛が、こめかみの奥で脈打っている。目蓋を持ち上げた瞬間、天井がゆらゆらと波打った。
深呼吸。
気を取り直すように、布団の端を握って起き上がる。
ここは僕たちの家。昨夜までと、何も変わらない。変わっているはずがない。
隣を見る。柔らかく沈んだ布団と、少し乱れた枕。その上に、あの小さな背中があるはずだった。
『…………王馬くん?』
名前を呼ぶ。しかし返事はない。
呼吸が一つ、空中で固まった。違和感を振り払うように視線を周囲へ巡らせる。
毎日のように、王馬くんが寝癖を直していた割れた全身鏡。さほど変わらなかったけど。
その前の床には、綺麗に畳まれた紫のパーカー。
全部見慣れた光景なのに。どこか、古ぼけている。
『王馬くん!』
呼びながら部屋を出る。足音がやけに響いて気持ち悪い。
階段を降り、リビングの明かりを点ける。温かいオレンジ色の光が広がって、僕は思わず足を止めた。
テーブルの上に、ハエが周りで羽音を散らし、黒ずんでいる何かが並んでいたから。
パンケーキ。タルトタタン。その他。二人で作ったはずの、甘い匂いのするものたち。そのどれにも、ひと口の跡すらついていない。
「……どうして」
喉がひりつく。嫌な予感が、皮膚の下を這うみたいにせり上がってきた。
……全部、僕が一人で?
いや、そんなはずはない。笑って、褒めて、味見までして。手を叩いてくれたんだ。ずっと。彼は。
おかしい。全部、おかしい。
「……王馬くん、どこ?」
キッチンの引き戸を勢いよく開けた。
脱衣所。浴室。クローゼット。どこにもいない。どこにも跡がない。
息が苦しい。胸ごと掻きむしりたくなる。
そして気づいた。左手に、何かを握りしめていることに。
「…え?」
握り込んだ指の隙間から、白い樹脂の質感が覗いた。それをゆっくりと顔の前に持ち上げる。
マネキンの右手首。
「…ひっ、」
落ち着け。僕は昨日、王馬くんの手を握った。温かくて、柔らかかった。
なのに、どうして。
手首の接合面は粗く、欠けた繊維が生々しく露出している。何度も何度も握り込んだせいで、僕の手汗で滑りが出ている。
背中を冷水で流されたような感覚。足が震えた。
「(違う)」
王馬くんが笑っていた場所は全部、腐り落ちていたようだ。
僕が握っていた手は、元々冷えたプラスチックで。
優しさも、温度も、声さえも。全部、自分で補っていたものだった。
「(そんなわけ……)」
言い聞かせようとした瞬間。思考の底から、もっと深い記憶が浮かびあがる。
“本物の王馬くん”は、かつて、僕が。
ぐらり、と視界が傾いた。胃が裏返る。
酷い。酷すぎる。僕が――僕が彼を。何で。何でだっけ。思い出せない。何故?どこまでが本当?どこからが嘘?
「(違う。違う。違う!)」
でも、否定できる根拠が出てこない。
喉の奥で、酸素がひゅうひゅうと鳴るだけ。それだけだ。
涙は出ない。どうして。
代わりに、口の端だけが妙 に持ち上がった。
「……あは、」
笑ってしまった。笑っているのに、鼓動は凍ったままだ。動いてはいるのだろうが、僕の鼓膜には届いていない。
膝が砕けたかのように、床に崩れ落ちる。マネキンの手が、指先で僕の髪を撫でるように揺れた。……いや、僕がそうしたのかもしれない。
「……朝から騒がしくしちゃったね、ごめんね」
大丈夫。大丈夫だ。僕は至って正常だ。大丈夫、そうに決まってる。
ゆっくりと、丁寧に、僕は“彼の手”をそっと自分の胸に抱き寄せた。
「……今日は、隣町にでも行ってみようか」
返事はない。当たり前だ。此処にいるのは、僕ひとりなのだから。
家の外へ出る。朝日なんて、どこにもない。重い灰色の空気が、街をぴったりと覆っている。
だけど、隣には王馬くんがいる。
ちゃんと手を繋いでいる。そうしておかなければ、きっと僕は。
だから、言葉にする。自分を守るために。
「ほら、行こう」
ぎゅ、と握る力を強める。乾いた関節が、かすかに軋んだ。
歩き出す。どこへでも。どこへ行っても、夢が醒めることはない。
僕と王馬くん、ふたりきりの世界。そこにはただ、無音が伴走していた。
終。
過去編エピソードは、最終話分まで考えてるっちゃあ考えてます。。 書ける気はしてないです。
コメント
1件
最後まで息を止めて読んでしまいました……。最原さんの「大丈夫、大丈夫」と繰り返す理性と、握っているマネキンの冷たさが、あんなに優しい口調で綴られるから余計に切ないですね。彼が「笑ってしまった」その一文に、全ての崩壊が詰まっている気がします。現実と幻想のあわいをここまで繊細に描けるのは、!! さんだからこそだと思います。胸がぎゅっとなりました。