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洞窟内の開けた場所に、銀竜はいた。
アンリエッタたちの姿を捉えると、ゆっくり体を起こした。小説で描写されていた通り、翼がある西洋風の竜の姿だった。
生物が生きる上で必要なのは、水と空気だけではない。太陽の光も挙げられている。
この場所にだけ、その光が射し込むのは、頭上の方に僅かだったが、穴が開いていたからだった。そこから雨水が入り、川へと流れて、入り口にあった水場に辿り着く。水量が多くなかったのは、その穴が小さかったからだ。
光を浴びた美しい銀色の体は、想像していたよりも大きくはなかった。見上げていても、首が痛いと感じるほどではないからだ。しかし、衰弱しているようには見えない。ただ一つ一つの動作に優雅さを感じた。
「随分と時間がかかったようですね」
その場から動かずに、銀竜はまずアンリエッタを見てから、マーカスへと顔を向けた。
「……期間は設けられていなかったと思ったが、俺の記憶違いか? それに、あれだけの手がかりで探せたことに、多少は感謝してほしいくらいだ」
思わずマーカスの方を向いた。銀竜相手に怯まないのは概ね想定内だったが、棘のある言い方をするとは思ってもみなかったからだ。
私が前にいなければ、出会い頭に切りかかりに行った可能性が、本当にあったんじゃないかとさえ思えてしまうほどだった。
「確かに期間は指定していません。それでも、アンリエッタを連れて来てくれるとは思っていましたよ」
「あの時は、探し出せるかも分からない、と言ったはずだが」
「えぇ。そしてわたくしも、貴方なら大丈夫だと、と答えましたよ」
「その根拠は何ですか?」
何故か声をかけてもいいような気がして、アンリエッタは思ったまま口に出して尋ねた。が、マーカスと銀竜に同時に顔を向けられて、早速後悔した。いたたまれず、目を閉じて俯いた。
「顔を挙げて下さい。そして、わたくしによく見せていただけますか?」
「……はい」
アンリエッタが顔を挙げると、突然銀竜が顔を近づけた。一瞬驚きはしたが、不思議と怖く感じなかった。むしろ、銀色の鱗に触れてみたいとさえ思えて、右手を伸ばした。途端、 左腕を掴まれた。
「根拠は、これですよ」
「?」
「貴女の姿を見せた時の彼の反応が、それを物語っていましたから」
銀竜がそう言うと、マーカスはアンリエッタの腕から手を離した。その離した手で口元を隠し、目まで逸らす。
「なるほど、それは確かに探し出す根拠にはなるわね」
「まさか一目惚れだったとは、思いもよりませんでした」
「煩いぞ!」
ポーラとユルーゲルの言葉に怒鳴ったのはマーカスだったが、顔を赤らめたのはアンリエッタだった。
そういえば、よくよく考えてみると初めて会った時から、マーカスは私に好意的だった。初対面の相手に手の甲にキスしてきたり、強引に家に居座ったり、と。
けれどあれは、私を銀竜の所へ連れていくためのものなんだと思っていた。でも、実際はそうじゃなかったってこと? いや、銀竜のことで悩んでいたみたいだから、半々か。
そもそも私は、『銀竜の乙女』の登場人物としてしかマーカスを見ていなかったから、そんなの察する余裕なんてなかった!
「思っていたよりも、わたくしの体に入った魂の持ち主は、可愛らしい方のようですね」
銀竜は顔を引き、体勢を戻した。
「え? それはどういうこと……ですか?」
体……魂? いや、気にするところはそこじゃない。“入った”と、銀竜はそう言っていた。
転生じゃなくて、憑依したってことなの?
ポーラたちがいる手前、どう聞いたらいいのか分からず、ただ銀竜を見つめた。
「その話をする前に、わたくしに神聖力をいただけませんか? 自我を保つために」
そう言うと銀竜はしゃがみ込み、顔と尻尾を体の内側に向けた。要求を飲まなければ話しはしない、とでも言っているかのように。
神聖力が必要ってことは、やっぱり弱っているってことだよね。小説の内容通り生贄を欲する理由は合っていた。
神聖力を補充したいんじゃないか、という私を呼んだ仮説も、これで当たったことになる。でも、自我を保つため、とはどういうことなんだろう。保てなかったら、襲われる? 食べられちゃうってことを意味するのかな……。
「わ、分かりました」
その真意は分からなかったが、アンリエッタは銀竜に近づいて、言われた通りに神聖力を注いだ。目を閉じながら受け取った後、銀竜は頭だけを起こした。
「それでは、お話いたしましょう」