テラーノベル
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ヴァレンシア・ノワール。黒い石畳がどこまでも続くこの街は、昼は灰色、夜は血のように赤い月が沈む場所だ。
尖塔が空を刺し、霧が路地を這う。
誰もが何かを隠し、誰もが何かを恐れている。
そんな街の片隅、古びた看板が軋む音だけが響く建物があった。
『ルクシエル・アンダー』
闇に溶ける依頼屋。店内は薄暗く、蝋燭の炎がゆらゆらと壁に長い影を落としていた。
カウンターの奥に座る女が、静かに紅茶を啜っている。その名は【 アリア】。
黒髪に赤みがかった瞳。
人間の姿に化けているが、その微笑みにはどこか底知れぬ深さがあった。
不老不死の半悪魔。
この依頼屋の、実質的な主。
扉が軋んで開いた。
入ってきたのは、怯えた様子の若い貴族の令嬢だった。
白いドレスが場違いに汚れている。
指先が震え、声も震えていた。
「お願い……助けてください…… 私の妹が……操り人形にされてしまったんです……」
アリアはカップを置いて、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳が、ほんの少しだけ赤く光った気がした。
「詳しく聞かせて。 時間は……たっぷりあるわ」
令嬢の話はこうだった。
三日前、妹のエミリアが突然変わった。
言葉遣いが不自然になり、動きがぎこちなくなり、夜中に勝手に家を出ては、朝には何事もなかったように戻ってくる。
そして昨夜、 妹の部屋から聞こえてきたのは、糸が擦れる音と、誰かの低い笑い声だった。
「人形師……だと自分で言っていました。 『もうすぐ完成する』って……」
アリアは静かに頷いた。
指先でカウンターを軽く叩く。
「報酬は?」
「いくらでも……!妹さえ戻ってくれれば……!」
「ふふ、いいわ。 じゃあ、早速始めましょうか」
アリアが立ち上がると、店の奥から二つの影が現れた。
一つは【ライト】。
青みがかった銀髪の青年。
人間に化けているが、その瞳の奥には深い海のような闇と、悪夢のような渦が見え隠れする。
驚異的な耐久力を持つ、アクアエルフとナイトメアの混血。
もう一つは【セア】。
黒いローブに包まれた瘦せた男。
デーモンとネクロマンサーの血が混じり、指先から常に薄い死の瘴気が漏れている。
そして店の隅、暗がりからもう一人。
【エルナ】。
人間で元 殺し屋の女。
今は細い銀の糸を指の間で遊ばせながら、無表情で立っている。
その糸は、人の心を操るためのものだ。
アリアが微笑んだ。
とても優しく、とても冷たく。
「さて、皆さん。 今夜は『操り人形』の狩りよ。 楽しみね」
令嬢を店に残し、四人は霧の街へ踏み出した。
赤い月が、まるで彼らを見下ろすように輝いている。
路地裏に響く、かすかな糸の音。
カタカタ……カタカタ……
人形は、まだ動き続けている。
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