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夢から覚めた。
「私……」
「男だったから、これでおしまいにしておく?」
リセから、『それは虫がよすぎるよ』と言われている気がした。
「男でがっかりした?」
「そんなことないです。性別に関係なく、私はリセのことが好きです」
押し倒された体勢で、こんなことを言ったら、まるで私が誘ってるみたいだ。
リセが微笑んだのがわかった。
「そうか。よかった」
ホッとしたように見えたのは、私の願望だったかもしれない。
暗い部屋に目が慣れてきて、リセは男の人だと、今ならはっきりわかる。
むしろ、どこかで会ったことがあるような気がする――
「やめるなら、今のうちだけど? どうする? |琉永《るな》ちゃん?」
私を怖がらせないためか、リセは女性っぽい声で言った。
子供扱いされている気がして、なんだか嫌だった。
さっきは女性として、私にキスしてくれたのに、今は子供扱いされている。
「や、やめません。私、女でも男でも、リセを好きだと言った言葉に嘘はありませんから!」
「いい度胸だ」
それは完全に、男の人の声だった。
覆い被さったリセから、深いキスを与えられる。
リセのキスは癖になる。
容姿だけじゃなくて、リセという存在は、人を惹きつけるための甘い蜜をまとっているに違いない。
――なんだろう。花。花を思い出す。
一瞬だけ思い出した記憶は、柔らかな唇の感触とともに、闇の中に沈んだ。
「あ……リセ……」
唇を舌がなぞり、口を開けろと命じる。
この先を知ってしまったら、きっと私はリセ以外、誰も好きになれない――そんな気がして、肩を軽く押すと、リセはキスを止めた。
「リセ、私でいいの? 平凡だし、普通すぎて嫌じゃない?」
「普通は逆だろ? 俺のことが嫌なのかと思ったら、そっちか」
リセは耳元で笑い、小さな声で『途中で止められる人間がいたんだな』と言っていた。
今まで、どれだけの人を誘惑し、誘惑されてきたのか。
リセだからこそ、許される言葉だ。
「俺を目の前にして堕ちないのは、普通じゃないから安心しろ」
リセは笑うと、深いキスを止め、軽いキスを髪と頬に落とす。
「まるで恋人同士みたい」
優しいキスがくすぐったくて、ふふっと笑うとリセが耳元で囁いた。
「恋人じゃない。|琉永《るな》は俺を婚約者にするんだろ?」
「だって、あれはじょうだ――」
リセは私の言葉をキスで埋めて消した。
その優しさに涙がこぼれた。
好きじゃない相手と結婚するって言ったから、きっとリセは私に同情した。
――リセが婚約者だったらよかったのに。
そんなこと絶対ありえないけど、今だけは夢を見ていたい。
――私はリセに恋をしている。
短いどころか、これは一瞬の恋。
夢になるだけの恋。
私から、リセの体に触れた。
――これが現実にあったことだと、忘れないよう覚えておきたい、
リセのこと、一生忘れないように。
触れた私の指に、リセは応え、私の涙を唇ですくった。
「琉永。泣くな」
「ごめんなさい……」
私はリセに謝っていた。
この夜を思い出にして生きていく。
――だから、神様。夜明けはもう少しだけ待って。
キスをした私に、リセはさっきよりも激しいキスを返した。
舌が唇をなぞり、『開けろ』と命じる。
命じられるがまま、口を開けると、舌が口内へ滑り込み、舌を引き出す。
「ん……あ……」
食べられてるみたいなキスに、リセの隠れた激しさを感じる。
――リセは炎みたい。熱くて、眩しくて、近寄ったら魂を焼かれてしまう。
そして、魂に焼きついたリセを簡単に忘れられなくなるのだ。
「おい、琉永。大丈夫か?」
舌を絡めたキスに、ぐったりしている私に気づき、リセは気遣ってくれた。
――私が恋愛経験が少ない初心者だって、バレてしまう!
「だ、大丈夫です」
強がってそんなことを言ったけど、頭がくらくらして、あんまり大丈夫じゃない。
これが、大人のキスなんだと初めて知った。
「私からキスします」
「琉永から? いいけど」
ここで、私もちゃんとキスができる大人の女性であるところを見せておきたい。
リセに顔を近づけたけど、その顔があまりに綺麗で、しばらく見惚れてしまった。
「待たせすぎ」
「ご、ごめんなさい!」
顎をつかまれ、リセがキスをする。
角度を変え、何度も繰り返されるキスに、頭がぼうっとなる。
大きな手のひらが体じゅうをなでていく。
まるで、大切な物の形を確認するみたいに。
「琉永は小さくて柔らかくて可愛いな」
「私って、小動物的な可愛さですか?」
「そう。ウサギかハムスター。俺の周りにはいないタイプ」
悪い意味なのか、いい意味なのかわからないけど、ウサギもハムスターも癒し系。
つまり、私はうっかりナデナデしたくなるタイプってこと?
――だから、この愛でられ方?
私はこんなにドキドキしてるのに、リセはウサギかハムスターに触れてるかんじ?
「なんだ。その不満そうな顔」
「だって、私を小動物扱いするから」
「じゃあ、キス。俺の唇にしてみろよ」
わかりやすい挑発だけど、私はすぐに乗った。
目を閉じて、勢いよくキスをする。
「少し大人になれたか。けど、俺が言うキスはこれ」
リセが求めるのは、浅いキスじゃなくて、舌を絡める深く繋がるキス。
「リセ……、くるし……い」
「わざとだ。琉永に大人のキスを教えるために」
「あ……んぅ……」
自分の声とは思えない甘い声がこぼれ、リセの肩を強くつかんだ。
「あと一回だけ」
「リ……セ……んんっ……」
最後のキスが終わった後は、なにも考えられなくなり、放心状態だった。
ぼうっと天井を眺め、呼吸を整える。
「さて、寝るか」
「えっ?」
「お子様には、この続きはまだ早い」
大きく息を吸い込み、くたりとベッドに沈んだ私を眺めて、リセは余裕の笑みを浮かべている、
「がっかりした顔をするな。続きをしたくなるだろ?」
私の頭をなで、体を離す。
リセは冗談なのか、本気なのかわからないことを言った。
「これで、終わりじゃない。俺はお前の婚約者なんだろ?」
「でもあれは、冗談で……んっ!」
リセが私の唇を指でなぞり、黙らせる。
さっきまでキスをされていた唇に、その指は反則で、体がびくりと跳ねた。
指一本で翻弄されてしまう。
「お前が、俺を婚約者に選んだんだからな。後悔するなよ?」
――本気?
そう言いたかったのに、私はこの夢の続きを期待して、なにも言えなかった。
――私はこの夢の続きを見たい。あなたと。
私を抱き締め、眠るまで背中をなでてくれる手は優しく、幸せで涙が止まらなかった。