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#オカルト
リユ
7
聖次
693
魔王との会談は、あと二日後に迫っていた早朝――。
【近衛騎士団・修練場】
「ふぅ……。今日はしっかり筋力を鍛えたから、いつもより汗をかいたね」
「そうだな。ひとまず湯浴みをしてから戻ろう」
日々の鍛錬は緻密に組まれており、この日は筋力強化に重点を置いた修練だった。
重石を用いた訓練具で腕と脚を徹底的に追い込み、身体強化用の器具で全身を酷使する。
十分に汗を流した二人は、湯殿で身を清めた後、執務棟へ戻るのが日課となっていた。
「ん……?」
華奈が女子更衣室へ入ったとき、壁に貼られた一枚の羊皮紙が目に留まる。
《話がしたい。湯浴みの前に窓を開けてくれ ――ウィラード》
一瞬、その意図が理解できなかったが、すぐに「匠に聞かれたくない密談かもしれない」という警戒がよぎる。
周囲を確かめながら窓を開けると、外の石壁に沿って、どこか気まずげな表情のウィラードが佇んでいた。
「すまない、華奈……。匠殿を交えず、どうしても話がある。――今夜、お前の寝室を借りてもいいか。誤解はするなよ」
「……重要な話? まさか魔族絡み? 夜這いなら断るわよ?」
冗談めかして言いながらも、華奈の視線は鋭く相手の真意を探っていた。
「違う、そういう話じゃない……。ここでは話せん。今夜、頼む」
「わかりました。お待ちしています」
ウィラードは短く頷くと、石壁の外へと姿を消した。
※※※※※
【屋根付き回廊】
朝の鍛錬を終えた二人は、執務棟へ戻るため石造りの回廊を歩いていた。
この場所は、かつて匠が襲撃を受けた因縁の地でもあり、匠はその記憶を思い返しながら、重い足取りで華奈の前を歩いていた。
――ヒュンッ、パシィッ!
鋭い風切り音が響いた次の瞬間。華奈は剣を抜くことなく、鞘の一振りだけで空中の飛来物を叩き落とした。
石床に転がったのは一本の吹き矢。先端は紫黒く変色している。それは即死級の毒が塗られた暗器であり、軌道は明らかに匠の後頭部を狙っていた。
「……今、剣を抜いたのか?」
「ううん。鞘を当てただけ」
匠は背後で起きた一瞬の攻防を完全には捉えきれないまま、ただ息を呑む。
(昨日は牽制……でも今日は明確な殺意だ)
華奈は表情を崩さぬまま歩き続けるが、その背に冷たい緊張が走っていた。
ここ数日、王都で囁かれる「匠暗殺」の噂。
それが単なる風聞ではなく、何者かの意志によるものだと確信する。
(このままじゃ駄目だ……私の傍は危険すぎる)
胸の奥で焦燥が膨らむ――そこへ先ほどのウィラードの言葉が重なった。
(匠を遠ざける必要がある――)
【夜・華奈の寝室】
城の客間近くの夜闇に、黒い人影がまばらに見える。
時折、パチパチと赤色の閃光が走り、何かを阻害しているように見えた。
「ふぅ……。みんな、協力ありがとう」
「団長、防御魔法結界の一時無効化は一五分が限界ですからね」
夜間戦用の真っ黒い戦闘服に身を包むのは、近衛騎士団の面々だ。彼らは今まさに、華奈の部屋に侵入すべく水面下で準備を進めていた。
ウィラードは手慣れた動作で鉤縄を石造りの欄干へと投げかけると、縄を伝って静かに上階の回廊へと身を引き上げた。
まるで迎え入れられるかのように音もなく開いた扉から、彼は静かに、華奈の寝室へと足を踏み入れる。
「無音に沈め。静寂の幕──【サイレント・フィールド】」
ウィラードが短く詠唱すると同時に、部屋の気配が歪み、あらゆる音が断ち切られた。
夜陰に沈む密談のための隔絶領域が完成する。
「中々の隠密ぶりですね」
闇の中、皮肉げな声が落ちる。
そこには、刀を右手に下げた華奈が立っていた。
「――ッ」
敵意を見せぬための構えだと分かっていても、ウィラードの背に冷たいものが走る。
余計な間を置かず、彼は本題を突きつけた。
「単刀直入に言う。匠殿を死なせたくない。……華奈殿、彼を手放してくれ」
「はあぁっ!?」
唐突すぎる提案に、華奈の頭は追いつかない。あまりにも意味が分からなかった。
ウィラードとしては、まず最悪の結論を述べることで事態の重さを伝え、その後に経緯を話せば理解してもらえると考えたのだろうが──。
「──ッ、殺す……!」
「いや、待て! 話だけでも聞いてくれ!」
抜刀こそしないものの、柄を左手へと握り変え、仁王立ちになった華奈からは凄まじい怒気が溢れ出ていた。
今彼女が手にしているのは、訓練用ではない本物の刃だ。対するウィラードは完全な丸腰。
流石に話の進め方を間違えたと冷や汗を流したウィラードは、もうどうとでもなれと言わんばかりに、その場で両腕を上げた。
「……さあ、話しなさい」
「あ、あぁ、はい……」
ウィラードは一度言葉を切り、わずかに目を伏せた。
「……王は、華奈殿の存在が魔族に露見すれば均衡は崩れると見ている。その上で、結論を出した――」
喉の奥で何かを飲み込むような沈黙が落ちる。そしてウィラードは言葉を選びかけ、やめた。やがて観念したように口を開く。
「匠殿を魔族へ引き渡す。戦の火種そのものを断つための“要石”としてだ」
「──ッ! それって『人質外交』ってことでしょ!? 絶対に嫌!」
華奈がそう拒絶するのは当然だった。ウィラードもそれを痛いほど理解している。だからこそ、さらに重い現実を突きつけた。
「だが、華奈殿が匠殿を傍に置き続ければ……彼は近いうちに暗殺される恐れがあるんだ」
「ええ。誰の指示かは不明ですが、今朝狙われたばかりです」
「なんだと……! それは本当か? 彼は無事なんだな!?」
ウィラードは息を呑んだ。流石に匠の暗殺計画がすでに実効に移されているという事実に、背筋が凍る思いだった。
もはや、この巨大な政治の流れを止めることはできない。
ならば、王の提案に表向きは乗る形で、匠を遠ざけることこそが、彼の命を救う最良の方法なのだと、ウィラードは痛切に打ち明けた。
「ちょっと待って、理解が追いつかない――」
華奈はしばらく黙り込み、深く、深く考え始めた。
……そして、ゆっくりと顔を上げた。その瞳は、冷たく冴え渡っている。
「……と言うことは、タクちゃんを追放した後に、私の血を残すために適当な婚約者でも当てがう気ね?」
「……正にその通りだよ。……既に俺の息子に縁談が持ち込まれ、事情を知らぬ女房は、英雄を嫁に迎えられると大層乗り気だ……」
華奈という規格外の軍事力を国内に縛り付けるため、はたまた強い子孫を残すためだけの政略結婚。
すべては華奈自身の強すぎる戦闘能力が発端だった。王の狙いを完全に看破した華奈の目には、冷徹な憎悪の火が灯り始めていた。
「腐っているね、この国。……いっそ滅んだ方が、私とタクちゃんは幸せになれるよ」
「……その通りだ。いっそお前の手でそうしてくれと、頼みたくなるよ」
ポツリと漏らした言葉には、ウィラードの本音が、深い哀愁と共に漂っていた。身勝手な愚王に付き従うのは、正直もう疲れ果てていた。
だが、この最悪の状況を打破するための、極めて不確定ながらも唯一の──
「解決策」
要は、狂った軍事バランスを根底からひっくり返すだけの方法が一つだけあり、ウィラードは再び口を開く。
「……匠殿は、本来華奈殿より遥かに強い。覚醒すれば、均衡など簡単に崩れる。だが、この国ではその力は解放できない」
先ほどの手合わせで確信していた。その力は圧倒的だが、何故か封じられている。覚醒の方法も探ったが、魔法士パパ・ヤーガには「人間界の魔術では不可能」と断じられていた。
「……どういう事なの? やっぱり、タクちゃんは強いのよね? そうなのよね!?」
華奈の顔に、一筋の希望の光が戻る。ウィラードは徐に窓の外の深い闇を見つめながら続けた。
「魔族領にある神域ならば、彼の力を解放できる可能性がある」
魔族の地へ向かうことは、離別と苦難を意味する。
だがそれは同時に、匠が真の力を取り戻すための、唯一の道でもあるのだ。
「けど、それじゃ私と一緒に過ごせないよ……ああもう、どうしたらいいのよ」
「簡単なことだ。メアリーがいるメルド村に住め。あそこは国境沿いだ。双方の緩衝地となれば、王国も魔族も迂闊には手を出せなくなる」
ウィラードは以前から匠の異変に気がつき、最良の方法を模索していたのだろう。その答えが、新しくできた国境沿いの村──メルドだ。
境界線に近く、両陣営の緩衝地帯にするにはこれ以上ない打ってつけの場所だった。
「……そこを攻めたら、戦争になる場所ってことね。けどもし、魔界の地に行っても覚醒しなかったら、私は、私は……どうすればいいの」
この残酷な真実を、匠にすべて打ち明けるべきか否か。選ぶべき選択肢の重さに、華奈の前に山積する問題はあまりにも大きすぎた。
「……そろそろ時間だ。妨害が切れる。君が匠殿を送り出すしかない」
ウィラードは静かに立ち上がり、影に溶けるようにして寝室を後にした。
「私はどうすればいいの……嗚呼、タクミ……」
答えの出ない問いを夜の闇に溶かしながら──そして、夜が明けた。
コメント
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みぅ🤍🥀です〜 第37話「告白。」読みました…! ウィラードからのまさかの「匠を手放して」発言、めっちゃ衝撃でした😭 華奈ちゃんの「♡♡♡…!」からの流れ、一瞬で空気変わったのが伝わってきました。 王の思惑や暗殺の危険、そして匠の力を解放する唯一の道…選択肢の重さがすごくて、胸がぎゅっとなりました。 最後の「私はどうすればいいの」が切なすぎて、夜の闇に溶ける感じ、すごく好きです。 続き、ちゃんと追いますね🌙