3.幼い時の記憶
潔の欠けた記憶は俺だった。
潔の担当医がいうには「一番インパクトの強い人」つまり「大切にしたい人」のほうが忘れられる可能性は高いらしい。
嬉しいことだ。それだけ潔が俺を大切に思ってくれていたんだから。
嬉しい…わけがないのに。
「…潔。」
名前を呼ぶたびに重く現実がのしかかる。
エアコンのリモコンに手を伸ばしたその時、インターホンが鳴った。
立ち上がってキッチンの傍にあるインターホンを見るとそこには見覚えのある顔があった。
「…何の用だよ。」
突然の来客はリビングの棚に飾ってある写真立てを手に持ち上げている。
「潔が事故にあったらしいな。やっと意識が目覚めたって聞いた。」
「だからなんだよ。関係ねぇだろ…」
「潔の両親が電話よこした。凛くんには幸せになってもらいたいからだとよ。別れろってことだろ。事故くらいで大袈裟な。リハビリすりゃ直る怪我だろ?」
冴は写真を立てを置き、俺の淹れたコーヒーに手を伸ばした。
「潔の両親がそう言ったんだな…」
「あぁ、言った。…凛?」
冴が俺の顔を覗き込む。
自分でもよくわかってなかった。
でも冴の驚く顔を見て確信に変わった。
「…なんで泣いてんだよ。」
冴が服の袖で俺の目をトントンと抑える。
溢れて止まらない涙が今はたまらなく切ない気持ちにさせてくる。
ほんとに俺は、なんで泣いてんだ。
「…潔がもう俺に笑いかける事も、手を繋いでくれる事も、抱きしめる事も許されなくなる。なら、俺は何の為に生きればいい?」
冴は何も言わなかった。
視線を斜め下の床に落として唇を噛む。
これくらい分かっていた。
もう、潔を愛してはいけないことを。
幼い頃に経験した裏切りはこんな形で復元されて今になって出てきた。
俺は今も昔も、子供のままなんだろうか。