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「君が僕に抗えるとでも思ってた?」
まるで本物のトパーズとサファイアのような瞳は冷たく私を見つめていた。
信じられなかった。今までの全てが…この神の手のひらの上で転がされていたなんて
私は小さい頃から殺しが身近なところで息をしていた。
殺さなければ殺される、それが日常と化していたからか人を殺す方法が身につくのも仕方のないことだった。
私の殺しの技術は年々上がっていった。それに目をつけられて、気がつけばとある貴族の専属暗殺者のうちの一人になっていた。
薄暗い部屋に光の線が入る。
「イベリス仕事だ」
ばさっ、と床に資料が投げられた。
「仕事、ですか」
目の前の貴族は何も言わずに頷く。いつも通り彼らは私との会話を最低限にしてくれる。
貴族が消えたのを確認して、資料に目を通す。
「フリーナ・ドゥ・フォンテーヌ…」
教養のない私でも聞いたことある名前。それはこの国の神の名だ。
神を殺せと言うのか…?
驚きからか近くにあったモノに手が当たる。
「ちっ、資料に血がついた」
ゴロゴロと転がってきたのは、一昨日暗殺をヘマして貴族に殺された男の体の一部だった。
「だいぶ量も増えてるな」
私は近くにあった人間だったモノを見つめる。 手も、足も、首でさえバラバラにされているため邪魔で仕方がない。溜息をひとつ吐いて資料を持ち立ち上がり、近くに来た肉塊を蹴った。
あぁ、最悪だ。ターゲットの顔写真に血がついてしまった。
「……消えない、」
ついた血を乱雑に拭っても血が落ちるどころかさらに広がってしまった。
まぁいいか
「どうせ、近い将来はこうなるんだから」
私の手でこうするのだ。
「フリーナ殿、ブランシェ伯爵家からの献上品だ」
最高審判官様の紹介で私は礼をする。
「全く……人間を献上品だなんて貴族達は相変わらず意味がわからないな。返してきてくれ」
「申し訳ないが一度受け取った物を返すのはいささかどうかと思うが」
「はぁ!?こんなに趣味の悪い献上品を受け取ってしまったのかい!?」
趣味の悪い、と言っては水神は私の首輪に繋がれている鎖を指差す。
「受け取ったのはフリーナ殿だろう」
「うっ……」
目の前で行われる会話に耳を澄ます。
神と言っても、水神はどうやら少し抜けているところが多いらしい。これは好都合だ。
さっさと殺して仕事を終わらせてしまおう。
「こ、こほん!こうなってしまっては仕方がない……君は僕への献上品なんだ、下手な真似はしないでくれよ?」
鎖を引かれ、水神の前に跪くような体制になる。
鋭くこちらへ向けられた二つの宝石に、全てが見透かされたような気がした。
「イベリス〜!!」
水神に献上されて数ヶ月が経った。
いつからだっただろうか、彼女に名前を呼ばれるようになったのは。
いつからだっただろうか、私の仕事に水神と話すことというのが追加されたのは。
いつからだっただろうか……
私の首輪が水神カラーになったのは。
「なんでしょうフリーナ様」
彼女に名を呼ぶことを許可されてから2ヶ月。
ここまで心を開いてもらえたが、抜けているはずの水神を殺す機会は全くと言っていいほど無かった。
「君は本当に可愛らしいね」
「そうでしょうか」
「あぁ、とても可愛らしいよ」
ふわり、と微笑む水神。その微笑みに得体の知れない恐怖を感じた。
ふと、視界に入る鏡に映っている自分の姿を見つめる。
「……」
すっかり見慣れた、水神色の首輪。高い素材を使っているのか付けていても痛みを感じない。
「イベリス、」
首輪に手を伸ばそうとすると、水神は私の名前を呼ぶ。
「フリーナ様…?」
「…………いや、なんでもないよ。さっ、僕の話に戻ろうか!」
人の良い笑みを浮かべた水神に言われるがままに私は彼女の前の席に座りただ静かに彼女の話を聞いていた。
今思えば、この頃からだった。中々水神を殺せなくて、殺せないなんて初めてで、焦りを感じていたのは。
やっと尻尾を出してくれた。
僕の心の中は、幸福感で溢れかえっていた。
気を抜けば口元が緩んでしまいそうになるのを必死に抑え、僕は演じ続けていた。
暗殺者にさえ気付けないバカな水神の役を。
「な、んで…??」
僕を殺そうとやっと動いてくれたイベリスはタイミング良く入ってきたヌヴィレットに押さえつけられている。
おかしい、と言うように目を見開くイベリス。
そんな姿にも愛おしさを感じているのだから僕はもう末期なのだろう。
「……フリーナ殿大丈夫か?」
イベリスを片手で押さえ込んだヌヴィレットは少し焦っているような声色で僕に問いかけた。
あぁ、いくらヌヴィレットだからって僕のイベリスに触るなんて許可をした覚えはないのに…!!
いやいや落ち着け、フリーナ・ドゥ・フォンテーヌ。ここで下手な事をしてしまってはせっかく上手くいっている計画が台無しになってしまう。
僕は極力傷ついたような声で、言葉を紡いだ。
「あ、はは…なぁ、ヌヴィレット。これは何かのドッキリなのかい?それにしてはタチが悪いと思うが」
「……この女は、ブランシェ伯爵家が君によこした暗殺者だ」
そんなことは最初から知っていたさ!だなんて口が裂けても言えないね。
「そう、なのか」
応援に来たメリュジーヌ達にまるで罪人のように手を縛られ床に座らされるイベリス。罪人のように、と言ったが僕を殺そうとした時点で罪人なのには変わりないけど。
「ッ、」
こちらを睨むイベリスに、僕は冷たい視線を向けて近づく。
「フリーナ殿、危険だから離れてくれ」
「ヌヴィレット、僕を誰だと思っているんだい?」
「……はぁ、殺されかけていたのは君自身だろう」
「そ、そうかもだけど!現に彼女は手足を縛られていて動けない、それにヌヴィレットも近くにいる安全は確保されているだろう?」
「はぁ…」
ため息を吐くヌヴィレットを無視して、僕は一歩一歩イベリスに近づいた。
「……ねぇ、イベリス」
こちらを見ようともしない悪戯好きの子猫の首輪を少し強めに引っ張る。
「僕を殺せると思うだなんて馬鹿でかわいいね」
彼女にしか聞こえない声でそう言う。
今の僕はきっと表情管理ができていないだろうな。
「ヌヴィレット」
「フリーナ殿?」
「イベリスを死刑にしてくれ」
「正式な審判もしていないのに、か?」
「水神であるこの僕が殺されかけたとなったら、僕は笑いものにされてしまうだろう?ならば無かったことにするのが一番じゃないかい?」
「それは……」
「ヌヴィレット、君は水神であるこの僕の部下なんだ。それは理解してくれているよね」
「分かった」
ヌヴィレットはいつも通りの声色で、イベリスに死刑を言い渡した。
あぁ…あぁ!!!こんなにも上手くいくだなんて!!!!
「感謝するよヌヴィレット。彼女の処理は僕に任せてくれ」
「しかし、フリーナ殿」
「大丈夫さ。イベリスを殺せばいいだけだろう?僕にだってそれくらいできるさ」
それに…と最もらしい理由を並べてはヌヴィレットの手からイベリスの首輪に繋がっている鎖を奪い取る。
どうしよう、それだけが私の頭を埋めた。水神達に全てばれてしまったのだ。
きっと明日私はただの肉の塊になってしまうのだろう。
悲しいも怖いも何も感じない。ただ、依頼を完了できなかったのは初めてだったのでどうすればいいのか分からないだけだ。
水神に連れてかれるがままについていったが、着いた部屋は窓ひとつない真っ暗な部屋だった。
「あぁ、暗いと雰囲気が悪いね」
ぱちり、そんな音がして部屋の電気がつく。大きなベッドが真ん中に一つ、テーブルや椅子も用意してあり、少し奥に開かれている扉の奥を見てみるとバスルームやトイレなどもある。
キッチンもこの部屋にあるようだし……すこし不気味だ。
「どうだい?気に入ってくれると嬉しいよ!」
どう言うことだ?死場所に気にいるでもあるのか??
「うん?もしかして僕が君を殺すだなんて思っているのかい?……ふふ、その顔は当たりのようだね」
水神はベッドへ腰掛ける。私の首輪から手を離さずに。
「何をそこに突っ立っているんだい?君もこちらへおいでよ」
「……」
「君に拒否権がないのをいい加減学習してくれるかい?」
強い力で鎖を引かれて水神の前に跪く。
この構図はまるで初めて会ったあの時のままだ。
早く殺してくれ、との意を込めてほんの少し抵抗をしてみるが、また鎖を引かれ苦しさから抵抗をやめた。
「君が僕に抗えるとでも思ってた?」
美しく笑う水神。
「ひとつ、君にいい事を教えてあげよう!!君に僕の暗殺を依頼したブランシェ伯爵家だけど…もう無くなったんだ」
「は、、?」
「だから、君が僕を殺し損ねても大丈夫ってわけ!どう?安心してくれた??」
何も、安心できるわけがないだろう。
「ちなみに、君が暗殺者だってことは僕は最初から知っていたんだよ?ブランシェ伯爵家は黒い噂があったからね、君がボロを出してくれたら捜査ができると思って君を迎え入れたのさ。まさかこの僕がここまで君を気にいるとは思ってなかったけどね!」
じゃらりと鎖を引っ張る音が鳴る。
なにも、許されなくなった。死ぬと言う最後の自由さえも。
「だから君はあんな家にもう囚われる必要なんてないんだ。ふふ、君のすべてはこの僕が彩ってやろう!!」
とても楽しそうに、それでいて嬉しそうに水神は声を上げる。
「そうだな…形から入ろうか、例えば…」
青い宝石に酷く見つめられる
「… その名前とか、ね?」
先ほどとはうってかわって今度は神らしい雰囲気になった。
「イベリスにはここで死んでもらおうか。僕が知らない君なんて要らないんだからさ」
しばらく悩んだ水神は何かを思いついたのか酷く美しく笑みを浮かべ
「君の名前は____だ。どうだい?気に入ってくれただろう」
状況を理解しようと必死に足りない脳みそで考える。
ジャラジャラ、と鎖が引きずられる音が耳に届いた。
「うん、君には首輪も似合うが足枷もとても似合うね」
私の足を撫でて、水神は足枷をつけてきた。
「しかし…知ってはいたが君の綺麗な足に傷跡だなんてもったいないね」
あぁ、きっとこの神には全てお見通しだったのだ。初めて会った時からずっと。
そう思わずにはいられない。
「……君は僕への献上品なんだ、下手な真似はしないでくれよ」
私には最初から水神のものになると言う選択肢以外存在しなかったのだ。
それを身をもって理解した、理解してしまった。
あぁ……もう、逃げられない。