テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「5尺様、手放さない。」完結
――ぽぽ。
その音が、胸の奥で鳴るようになったのは、いつからだろう。
夜。
自室の電気を消して、布団に入る。
目を閉じると、必ず聞こえる。
――ぽぽ、ぽぽ。
いふの足音。
もう、怖くはなかった。
怖くないことのほうが、ずっと怖かった。
「……ほとけ」
暗闇の中、声がする。
「起きとる?」
「……起きてる」
答えると、空気が歪む。
視界が、じわりと白に侵食される。
次の瞬間、いふは僕の横にいた。
「今日も一日、お疲れさん」
まるで、普通の恋人みたいな言葉。
でも、影が――
床を這って、天井まで伸びている。
「……最近、出てくる頻度増えてない?」
「せやなぁ」
いふは、悪びれもせず笑った。
「ほとけの中に、住み心地よくなってきたんやろな」
「……それ、冗談に聞こえない」
「冗談ちゃうし」
即答だった。
彼女は、僕の胸に指を当てる。
「ここ。
うちの居場所」
――心臓が、嫌な音を立てた。
「……いふ」
「なに?」
「……僕、このままだと」
言葉を探す。
「人じゃなくなる気がする」
沈黙。
いふは、少しだけ目を伏せた。
「……それ、あかん?」
「……あかんよ」
そう言うと、
いふは小さく笑った。
「ほとけは、優しいなぁ」
そして、静かに言う。
「せやけどな」
――ぽぽ。
「もう、戻れへんで?」
その言葉と同時に、
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
夢か現か、分からない場所。
周囲は白い霧。
地面も、空も、境界がない。
「……ここは?」
「境目」
いふの声。
「人と、怪異の」
振り向くと、
いふはいつもより少し――背が高かった。
5尺より、少し上。
でも、8尺には届かない。
「……成長してる?」
「ほとけに近づいた分、な」
彼女は、自分の手を見つめる。
「人の世界に、長く居すぎた」
「……それって」
「うちが、壊れとる証拠や」
その声は、珍しく弱かった。
「なぁ、ほとけ」
彼女は、まっすぐ僕を見る。
「うち、
最初から分かっとったんよ」
「……何を?」
「人間と恋した怪異の末路」
霧の中に、影が浮かぶ。
無数の人影。
そして、消えていく怪異。
「――消滅か」
影が、崩れる。
「――完全な怪物化」
影が、歪む。
「どっちかしか、ない」
胸が、締めつけられる。
「……じゃあ、いふは」
「今、ちょうど分岐点やな」
彼女は、苦笑した。
「ほとけを離したら、
うちは多分、消える」
「……!」
「離さへんかったら」
影が、巨大に膨らむ。
「ほとけを、
人間側に戻れへんようにする」
沈黙。
霧の中で、足音だけが響く。
――ぽぽ。
――ぽぽ。
「……選ばせたる」
第一話と、同じ言葉。
「今度は、ほんまの選択や」
彼女は、震える声で言った。
「一緒に堕ちるか」
「それとも」
「……うちを、殺すか」
喉が、ひりついた。
「……そんなの、選べない」
「せやろな」
いふは、少し笑った。
「せやから、
うちは脅ししかできへん怪異なんや」
僕は、ゆっくり息を吸って。
「……第三の選択肢は?」
そう言った。
いふは、目を見開く。
「……なに言うとるん」
「僕が、人間をやめるんじゃない」
一歩、近づく。
「いふが、怪異をやめる」
静寂。
霧が、ざわめいた。
「……無茶言わんといて」
「見えなくなるだけだよ」
僕は、彼女の手を取る。
「“八尺様”でも“5尺様”でもない」
「……ただの、いふになる」
いふの目から、
初めて涙が落ちた。
「……ほとけ」
「一緒に生きるって、そういうことだろ」
影が、崩れ始める。
白い霧が、光に変わる。
「……ほんま、ずるい人間やな」
いふは、泣き笑いで言った。
「脅す側やったのに、
最後に脅されるん、うちやん」
彼女の影が、
一つに戻った。
朝。
目を覚ますと、
部屋は、静かだった。
――ぽぽ、という音は、しない。
「……いふ?」
呼ぶと。
「……なに」
少し寝ぼけた声が、横からした。
振り向く。
そこには――
普通の女の子がいた。
影は、一つ。
目も、ちゃんと焦点が合っている。
「……見えへんの?」
「……見えない」
胸の奥が、少しだけ寂しい。
いふは、僕の顔を見て、笑った。
「そっか」
それから、ぎゅっと抱きついてくる。
「でもな」
耳元で、囁く。
「嫉妬深いんは、治ってへんで?」
少しだけ、ぞくっとした。
「……それ、人間として?」
「どっちでも」
笑う彼女は、もう怪異じゃない。
でも。
玄関に向かう途中、
一瞬だけ聞こえた。
――ぽぽ。
気のせいかもしれない。
それでも僕は、
彼女の手を、強く握った。
八尺様は、5尺様でした。
そして――
5尺様は、
ただの“いふ”になりました。
――完。
くっそつまんない展開で申し訳ございませんでした((
次の連載も人外でいきまーす!
コメント
5件
天才か、、
わぁお… 人外ええよな(( なんもつまんないエンディングじゃないって🫵🏻🫵🏻 ちゃんといいエンディングで良かったです!!!!😭