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「お、大豆生田セクター長じゃねーの」
「なんか死ぬほどムカつくな」
「事実を並べるだけでムカつくなよこの短気野郎」
トイレに立つ暇も与えられず、会議に次ぐ会議。
慣れてはいても、流石にそのスケジュールが4日目ともなると脳は慢性的な疲労を抱え始める。
ちょっと待って、とプロジェクトメンバーに10分だけ時間をもらい、喫煙室に逃げ込めば、会いたくもない男が悠々と休憩していた。
「こんだけ忙しきゃ短気にもなるわ」
「あらやだ。仕事のせいにすんなよ元々短気だろ豆ちゃん」
「なんで喧嘩売ってきてんの」
休憩になんねーからお前ちょっと黙れよ。
我ながら声に芯がなくてダサい。が、相手もその声のおかげでこちらのコンディションを察したようで「うわぁ御愁傷様」と言い始める。いやなんかこれはこれでムカつくな。
「やっぱセクター長忙しい?」
「クソほど忙しいわ。なんつーか対外的な諸々が」
「あーね、偉くなるほど現場仕事は剥がされるからね」
元来、あまり仕事に思い入れはないが、ここまで省庁、業界コンソーシアム、経済界と這いずりまわりルールメイキングに精を出す日々を送れば、かつて主戦場だった、クライアント相手のコンサルワークが懐かしくもなる。
そんな感慨を抱く自分が信じられず、流石に精神がバグったのではと思ったのも1回や2回ではない。
「まーでもね、豆ちゃんは強力な味方がいるから良いじゃない」
「味方?」
一連の社内闘争を終え、相変わらずのらりくらりとした狸のようなジジイ共と協働するようになったが、わかりやすく味方だと思える人間はいない。
「弓家さんに決まってるじゃない」
「はい?1秘書を味方とカウントできるほど俺は落ちぶれ…」
「付き合ってんのバレてるからね」
半ば冷たさを孕む声音を聞いて、声の主を見れば。声だけでなく視線すらも氷のようで、何かお怒りのようだった。
「なんで怒ってんの?」
「怒るでしょうがそりゃ!!!!」
どうやらこいつにとって弓家さんは妹だか娘だかのポジションにいるらしい。そうすると、俺は大事な妹を攫いにきた何処の馬の骨ともしれない男、になるのだろう。
いや間違っちゃいないな。
「責任の取り方がこれ!?これ以上彼女を傷つけたらお前クビにすんぞ」
「いいじゃん両思いだったんだもーん」
「もーんじゃねえのよ、キモいわ」
彼女が幸せなら良いけどさ、そもそも彼女にとっての幸せってなんだろう。弓家さんの幸せの定義と、それを定量的に計る方法を教えて欲しい…。
「それは俺とイチャイチャすることじゃねぇの。定量化するなら回数でいいんじゃね」
「間違ってもあり得ない、信じられない」
少しでも間違えば、私情で俺に処分を下しかねないこの男は「大丈夫かなあ今度面談しようかなあ」と頭を抱えている。
「むしろお前の方がそれセクハラだろが」
「わかってるよ…わかってますよ……」
もう俺にできることはないんだろうか…。
黄昏る男を無視して、肺を煙で満たす。思えば俺は会議の開始を待たせているんだった。こんなしょーもないおしゃべりをしている場合ではない。
吸い切らない吸い殻を灰皿に投げ捨て、ジャケットの埃を払う。
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「豆ちゃん」
気づけば新たな一本に火をつけていた男が眼光鋭くこちらを睨む。
「豆ちゃんが振られるのはどうでも良いけど、彼女を泣かせたら承知しないからね。ちゃんと責任持てよ」
「当たり前だろ。つか俺が振られたら流石に慰めて?」
「おめでとうパーティー開いてやる」
ようやく少しだけ頬を緩めた男に、じゃ、とだけ軽く挨拶をしてフロアに戻る。結局、休憩になったのかならなかったのかよくわからない時間だった。
もう夕方というよりも夜に差し掛かる時間にも関わらず、健気に山積みの仕事を丁寧に片付ける後ろ姿が視界に入り、自然と気持ちが高揚する。あれ、タバコいらないじゃん。
「もう遅いから先帰っておいて。鍵、持ってるでしょ」
後ろを通り過ぎる際、こっそり声をかける。
彼女の反応を見たかったけれど、それをする猶予はなくて。
「帰ってご飯作って待ってますね。お気をつけて」
彼女のそのメッセージに気づいたのは会議の終盤。
「あれ、大豆生田さんなんで笑ってるんです?」
「えー、うーん。こんだけ燃えてると逆に面白いなって気になってきた」
「いやーぁ、まあそうなんですけどね、笑い事じゃないんですって」
「はは、ごめんごめん」
この会議、あと5分で終わらせてやろ。