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創作百合①

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創作百合①

1 - 月とおしること君の手と

♥

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2025年07月01日

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すり、と指が頬を掠める感覚で目が覚めた。


「あ、おはよう」

「………ずっと撫でてたの?」

「うん。髪、さらさらだなあって」

「気づかなかった……」


いつの間にか眠っていたらしい。むくりと体を起こすと、窓から差し込む月光が少し眩しかった。


「疲れてるね。寝落ちするなんて」

「ん……そう、かも」

「発表会近いもんね」

「まあね」


コンクールまでは、あと1ヶ月。

ただでさえ難しい課題曲を前に、あろう事かバイトのシフトを勝手に増やされる始末。ここ数週間は睡眠時間を削って暗譜することもあったから、どうにも日中に眠くなってしまうことが多かった。


「何弾くんだっけ?ええと、アメンボの……」

「スカルボね、『夜のガスパール』の」

「それだ。調べたよ、すごい難しいんでしょ?」

「まあ、平均よりは」

「そうかあ」


「すごいねえ」なんて言いつつも、彼女は頭を

撫でるのを止めない。猫にでもなった気分だ。悪い気はしなかったので、何も言わないけれど。


「……」


やることもないので、彼女の瞳をぼんやり見つめてみる。

青い絵の具を水に溶かしたような、透き通った瞳。以前彼女が描いていた夏の海の絵によく似た色だ。

見れば見るほど吸い込まれていきそうで、けれどもどこか、心地いい色。


「ねえ」


海がこちらを向いた。……長年付き合っているからわかる。やましいことを考えている時の顔だ。


「お腹空かない?」

「……今?」

「なんか買いに行こうよ、散歩がてら」

「夜の2時だけど」

「他にやることないでしょ」

「……」

「ね」

「…………コート、借りてもいいなら」


そう言うと、彼女はまるで遊園地にでも行く子供みたいに笑ってわたしの手を握った。ひんやりとした指先がはっと目を覚ます。


彼女の手を借りながらなんとか身体を起こして、パジャマが見えないようにロングコートを着込む。少し花柄のフリルが足元からはみ出ていたけど、きっと暗さに紛れるだろう。

ドアを開けるとひゅうっと寒風が部屋に舞い込んで来たので、ふたりで「うおー」と声を上げた。


「さぶい〜」

「冬だね」

「なんか温かいの買おっか」

「うん」


2人で手を繋いで近くの自販機へ向かう。同じポケットに手を入れているとはいえ、やはり寒いものは寒かった。


「どれにする?」

「コーンスープ」

「いいねえ、私もそうするかー」

「綺麗に粒食べ切れた方が勝ちにしよう」

「ふふ、なにそれ」


そんな他愛のないことを呟きながら、赤く灯った『あったか〜い』のボタンを押す。甲高い電子音が鳴って、出てきた缶を取り出す。しかし不思議なことに、その電子音が鳴り止むことはなかった。


「?」

「あ、ね、見て、見て」


慌てて自販機に視線を戻すと、そこには煌々と輝く「7777」の文字。その下の広告部分には「数字が揃えば1本おまけ!」とある。


「初めて見た!」

「ほんとに当たるもんなんだ、これ…」

「ほら、早くしないと終わっちゃうよ」

「あ、え、えっと」


慌ててコーンスープのボタンを押そうと身体を起こす。

……しかし、動揺が転じたのだろうか。気づいた時には既に私の指はひとつ隣のボタンを押してしまっていた。


「「あ」」


ガタン、という金属音とともに出てきた缶には、丸っこいフォントで大きく「おしるこ」と書いてある。


「あちゃあ」

「嘘でしょ……」

「いいじゃん、無料なんだしさ」

「そういう問題じゃない……私のコーンスープ……」


ぶつくさ言いながらベンチに向かう。今さっき手に入れた缶を眺める。陽気なフォントの「おしるこ」と、その隣にいる小豆のにこやかなキャラクターが憎たらしい。

2人並んで缶のプルタブを引く。ぷしゅっと音がして、湯気が顔を覆った。


「……いただきます」

「いただきまあす」


しばらく無言でおしるこを啜る。……まあ、疲れた脳にはちょうどいい糖分かもしれない。わたしは脳内で独りごちた。


「…おいしい」

「しあわせ〜……」


空を見上げると、満天の星空だった。空気が澄んでいるのか、いつもより星が多く見えるような気がした。


「星、綺麗だね」

「うん」

「…」

「…でも、月も綺麗だよ」

「えっ」


彼女が驚いたようにこちらを見る。その顔には、ほんのりと朱色が差していた。


「……ふふ、そうだね。綺麗」

「分かってるんだ?意味」

「そりゃあね」


くすくすと笑い合う。それからまた無言になって、ゆっくりと歩き出した。


「……じゃあさ」


ぽつりと呟いた言葉は、白い息となって夜闇に溶けていった。


「んー?」

「来年も再来年も、一緒に見ようね」


そう言うと、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべて、「もちろん!」と答えた。

◌⑅ ◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅ ◌

「は〜、あったかい」

「暖房つけっぱで正解だったね」

「ほんとにね」


家に戻ると、お互いの冷え切った手足を温めるように身を寄せ合う。布団の中は春みたいにほかほかしていて、睡魔に身を許すには十分な快適さだ。


「…」

「ふふ、おねむちゃんだねえ」

「うるさいよ…」

「今日はもう寝ちゃおうか」

「ん……」


彼女の細い腕が背中に回る。胸にぎゅっと耳を当てると、とく、とく、と心音が聞こえてきた。


「聞こえる?」

「うん」

「ふふ、なんか照れるね」


そのまま心地いいリズムに身を任せていると、おもむろに彼女がわたしの項に顔を埋めてくる。


「あ、こら」

「は〜〜〜〜…」

「吸うな!」

「ロールケーキみたいな香りするねえ」

「聞いてないって!」


べちん、と額を叩くと、彼女は「いでっ」と大袈裟に言って笑った。その振動が伝わってきて、なんだか私までおかしくなる。


「……ほら、もう2時半」

「明日なんかあるっけ?」

「んー、ない」

「じゃあお寝坊だ」

「ふふ」

「おやすみなさい」

「ん、おやすみ」


目を閉じると、すぐに隣からすうすうと寝息が聞こえてくる。それに続いて、私も意識を手放すことにした。

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