テラーノベル
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何日も、何週間も、夢魔とすかーはひたすらに話しかけ続けていた。声がか細くなっても、どんなに静かでも、返事がなくても、彼女の存在を感じていたかったから。
1週間、2週間、3週間……日々が過ぎるごとに、部屋の空気は静まり返り、彼女の声は次第に遠くかすれ、覇気を失っていった。1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月……けれど、夢魔とすかーの声は止まらない。あの日差しのように、いつか彼女の心に届くと信じて。
4ヶ月、5ヶ月……そして6ヶ月目。長く続く沈黙の中、突然、彼女のスマホにメッセージが届いた。
「無理しないで」
その一言は、まるで凍てついた心に灯った小さな光のようだった。夢魔とすかーはその言葉に胸を熱くし、彼女がまだ、ここにいることを確信した。
それから二人は、以前のような笑い声を取り戻し、穏やかな日々の兆しを感じていた。
7ヶ月、8ヶ月が過ぎていく頃、ある深い夜。夢魔とすかーは眠りの中にあった。
その静かな寝息の合間を縫うように、佐藤はそっと部屋を抜け出していた。音を立てずに、財布とスマホ、ICO○○カードをカバンにしまい、玄関の扉を静かに開けて外へ出る。
「ごめん、会いたい」──そうだけをレオンとミイにメッセージで伝え、彼女は二人のもとへと向かった。
久しぶりに会えた三人は、しばらくの間、言葉少なに穏やかに話した。心のざわめきは少し落ち着きを取り戻し、温かな時間が流れていた。
その頃、夢魔とすかーは、いつものように部屋で話し込んでいた。
「……そろそろ起きる時かもしれんな」
すかーの言葉に、夢魔もうなずいた。
ふと、ドアノブがガチャガチャと音を立てる。
「あれ……?」
二人がドアを開けると、そこには誰もいなかった。佐藤の姿は消え、部屋は静まり返っていた。
焦りと不安が一気に二人を包み込む。
「佐藤……!」
慌てて二人は外へ飛び出し、夜の街へと彼女を探しに行く。
冷たい風が頬を撫で、街灯の灯りがぼんやりと揺れる中、夢魔もすかーも必死に声をかけ、足を動かし続けた。
だが、何時間も探しても、彼女の姿は見つからなかった。
二人の心は凍りつき、静かな夜の闇の中に、切実な叫びが響いていた。
「どこにもいない……どこにも……」
それでも諦めることなく、夢魔とすかーは再び歩き出した。
夜の静かな空間、レオンとミイのいるカフェの個室で、佐藤はスマホを弄りながら、ぽつりと言った。
「……最近、あの二人がうるさくて寝れない。」
その一言に、コーヒーを飲んでいたレオンが一瞬手を止め、ミイが目を丸くした。
「……は?」
「それ、どういう……」
佐藤はカップの中の紅茶を一口飲んでから、ふわりと笑って、首を傾けた。
「だから、落ち着く場所に来たの。……楽しみが増えるから、ここがいい。」
レオンとミイは顔を見合わせた後、ほぼ同時に聞き返す。
「楽しみって?」
佐藤はその瞬間、スマホを持つ手をゆっくりと上げ、人差し指を唇に当てた。
「しーっ」
それからスマホの通話画面を開き、夢魔とすかーに電話をかける。ワンコール、ツーコール……すぐに繋がった。
「……佐藤か?」
「どこにいる? なんで部屋から居なくなった……?」
夢魔の落ち着きない声と、すかーの焦った声が重なった。
けれど佐藤は、淡々と静かに、少し冷たく返した。
「2人のことが……嫌いになった。」
その瞬間、通話の向こう側が静まり返る。
「……え?」
「……は?」
佐藤は淡く微笑みながら、さらに追い打ちをかけた。
「他に好きな人ができた。その人と付き合うことになったから。……だから、もう話しかけないで。大丈夫、残りの睡眠期はその人の家で寝るから。」
そう言って、ピッと通話を切る。
そして、音声付きカメラと連動しているアプリを開き、スピーカーから微かに流れる音をレオンとミイに聞かせた。
途端に聞こえてきたのは、いつもの夢魔とすかーとは全く違う、狂気を孕んだ声だった。
──夢魔の声。
「……嫌い? はは、そんなわけ……そんなわけないだろ……俺たちのこと、嫌いなんて……あり得ない……」
「そんな嘘……嘘だよな? 嘘だよな……? ……あぁ、わかってる、佐藤……わかってるから……俺たちが、全部悪いのか……そうだよな……」
「佐藤……俺……いなくなったら……意味ないんだけどな……でも、嫌いって……そんな、そんなこと……」
「……もう、誰も、誰も触れるな……佐藤に……あいつは俺たちだけのもんだから……誰にも……」
ずっと、低くかすれた声でブツブツと何かを呟き続けていた。
──次に、すかーの声。
「……なんで、なんでや……なんで、そんな……佐藤……」
「どこ行ったんや……どこ、どこ……どこやぁ……どこや、なぁ……なんでやねん……」
「俺ら以外、誰が……なんでそんなこと言うん……佐藤……帰ってきてや……帰ってこんと、ほんま、俺……俺、もう……あかん……」
「……好きな人? ……そんなもんおらん、そんなもん……潰したる……潰したる……誰や……誰が、佐藤を……!」
すかーは泣きそうな声で喋り続け、後半は完全にヤンデレのトーンに変わっていった。
レオンとミイはスマホを見つめながら、ため息交じりに言った。
「……うわぁ、完成してるじゃん……」
「ガチやん……」
佐藤は紅茶を置き、レオンたちに向き直って小さく肩をすくめた。
「ふふ、まぁ、こんなもんだよ。あの二人、壊れると面白いから。」
ミイは苦笑しながら、
「いや、悪い性格してるな、ネグ。」
レオンも、手を額に当てて、
「……まじで、わかってたけど性格悪いわ。」
佐藤は、ちょっとだけ恥ずかしそうに唇を噛んだあと、やっぱりクスッと笑った。
──その笑顔の奥に、ほんの少しだけ、本音が隠れていたことを、二人は気づいていたけれど。
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