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NARI
47
ただの猫好き
朝日が薄カーテンを透かして部屋を白く染めていた。
重い頭を抱えながら、菊(本田菊)はゆっくりと瞼を開ける。肩が妙に肌寒い。そして、布団ごしに伝わる、自分以外の「温もり」と「重量感」。
違和感を覚えて視線を下に向けると、自分のみぞおちのあたりに、やや筋張った大きな手が無防備に乗せられている。
(…ん?)
恐る恐る目線でその手を辿った先、隣で気持ちよさそうにスースーと息を立てて眠っているのは、間違いなくヨンス(任勇洙)だった。
しかも、その整った顔立ちの先、はだけた布団から覗く彼の肩口は、何ひとつ布を纏っていない。
(……え?)
菊の思考は完全に停止した。
嫌な汗が背中を伝う。
菊は自分の腹の上に置かれているヨンスの手を動かさぬよう、横からそっと自分の方の布団を捲り上げた。
……下着すら、穿いていない。
(……は??? え、あ、あの……っ!?)
菊の頭の中で、パニックのサイレンが鳴り響く。
昨夜の記憶を必死に手繰り寄せた。
確かに仕事終わり、ヨンスに半ば強引に誘われて二人で酒を飲んだ。日頃の疲れもあってか、思いのほか酒が進んでしまい、途中から記憶がひどく曖昧だ。
だが——『そういう』記憶は、逆立ちしても出てこない。
しかし、現実はどうだ。二人揃って生まれたままの姿で、同じベッドに潜り込んでいる。
(これってもしかしてもしかして……あ、過ちを犯しました……っ?!!)
血の気が引き、顔面が蒼白になる。もし記憶のないうちに自分が何か口走ったり、手を出したり、あるいは出されたりしていたとしたら。伝統と礼節を重んじる我が身として、あまりにも不覚、あまりにも破廉恥……!
「ん……きく……?」
ヨンスが身動ぎし、寝返りを打とうとした。
その瞬間、菊の防衛本能が限界突破した。
(——逃げねば!!)
菊は息を殺し、忍者のような素早さでベッドを抜け出すと、床に散らばる自分の服をかき集めた。音を立てないよう震える手で服を身にまとい、ヨンスが目を覚ます前に、逃げるようにその部屋を後にしたのだった。
数日後。
世界会議の控室。
(……生きた心地がしません……)
菊は書類に目を落としながら、内心で冷や汗を流していた。
あの朝以来、ヨンスからの連絡は一切無視している。だが、今日の会議ばかりは同じ空間に居合わせないわけにはいかない。
廊下から聞き覚えのある元気な足音が近づいてくる。菊は咄嗟に持っていた資料で顔を隠し、存在感を消そうと壁際へ縮こまった。
だが、逃げようとする気配ほど、察知されやすいもので。
「あ、菊ー!」
明るい声が聞こえた瞬間、菊は背筋を凍らせた。関わらないようにそっとその場を離れようと踵を返すが——
「……なんで逃げるんだぜ?」
気がつけば、先回りしていたヨンスによって壁際に追いつめられていた。いわゆる壁ドンという体勢で逃げ道を塞がれ、菊は引きつった笑顔を浮かべるしかない。
「べ、別に逃げてませんよ……?」
「ふーん……」
ヨンスはどこか意地悪な笑みを浮かべ、じっと菊の顔を覗き込んできた。
その距離の近さに、あの朝の『裸の二人』の光景が脳裏にフラッシュバックし、菊の耳たぶがカッと熱くなる。
「嘘つけ。あの朝、俺が起きたら菊がいなくなっててびっくりしたんだぜ? ……あんなに激しく『愛し合った』後なのに、冷たいんだぜ!」
「ひっ……! 激、っ、な、何を大きな声で……っ!?」
菊は慌ててヨンスの口を両手で塞いだ。周りに他の国々がいないか、必死で視線を泳がせる。
(やっぱり……やっぱり本当に『何か』あったんだ……!!)
真っ赤になって狼狽する菊を見て、ヨンスの瞳の奥で小さな悪戯心が黒く光った。
——実は、あの夜は本当に何もなかったのだ。
ただ単に酒を飲みすぎて潰れた菊が服に酒をこぼしたため、脱がせて布団に放り込み、自分もそれなりに酔っていたし、暑くなって服を脱いで一緒に寝落ちしただけ。それが真実だった。
だが、あの朝の菊の慌てぶりと、今のこの尋常じゃない動揺。
菊が一切の記憶を失っており、「自分が過ちを犯した」と盛大に勘違いしていることを、ヨンスは見逃すほど甘くはなかった。
「……菊ってば、本当に覚えてないんだぜ?」
ヨンスは菊の手をそっと解くと、指を絡めながら耳元で低く囁いた。
「ひどいんだぜ…。菊から俺に抱きついてきて、『好きだ』って言ってくれたのに。あんなに可愛く鳴いてたくせにさ」
「〜〜〜〜〜っ!??!?」
存在しない記憶をでっち上げられ、菊のキャパシティは完全にオーバーした。恥ずかしさと罪悪感で、今にも消えていなくなりそうだ。自分から抱きついた? 好きと言った? 自分がそんな破廉恥な真似を……!?
(確かに、嫌いではない…けれど……!)
「わ、私……そんな……そんなことを……っ」
「うん。だから菊には、ちゃんと責任を取ってもらわないと困るんだぜ?」
「責任…」
赤面し涙目になって震える菊を引き寄せ、ヨンスは逃がさないようにしっかりと抱きしめた。
腕の中で大人しく固まる菊の反応に、ヨンスは内心で「よっしゃ」とガッツポーズを決める。
(最初はただのからかいのつもりだったけど……こんな可愛い反応されたら、もう引き返せないんだぜ)
一度「既成事実(偽)」を受け入れてしまった菊は、ヨンスからの強引なアプローチを「罪滅ぼし」として拒むことができなくなっていく。
ーーそして数週間後。
逃げ場を失った菊はあえなく陥落し、ヨンスの計算通り、偽りだったはずの「既成事実」は今度こそ本物の「真実」へと上書きされてしまうのだった。
「……菊、今夜はちゃんと覚えておくんだぜ?」
暗がりの中で意地悪く囁くヨンスに、菊はただ赤面して頷くことしかできなかった。
【end.】
コメント
1件
めっちゃ面白かった〜〜!!😭💕 菊のパニック具合とヨンスの計算高さが可愛すぎてやばいっす!!